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国際人権ひろば No.65(2006年01月発行号)

現代国際人権考

「裁判官・検察官・弁護士のための国連人権マニュアル」日本語版刊行によせて

安藤 仁介 (あんどう にすけ) 同志社大学教授・ヒューライツ大阪評議員

  『司法運営における人権:裁判官・検察官・弁護士のための国連人権マニュアル』は、国際連合人権高等弁務官事務所(Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights)と国際法曹協会(International Bar Association)とが共同で編集したHuman Rights in the Administration of Justiceを邦訳したものである。原書には、副題として A Manual on Human Rights for Judges, Prosecutors and Lawyers が付されている。本書は、Professional Training Series 9として刊行されたものであって、刊行の目的が「法曹のために、国際人権基準に関する包括的な必須カリキュラムを提示する」ことにある旨を明らかにしている(序文)。いうまでもなく、人権高等弁務官事務所は国連のあらゆる人権活動を支えてきた機関であり、国際法曹協会は日本弁護士連合会を含む全世界180余の法曹集団が参加する国際組織であって、両者の共同作業は上述の目的を実現する上で、文字通り理想的なものであるといえよう。
  顧みれば、第二次世界大戦終結以前の国際社会には、全世界に適用可能な包括的人権基準は存在しなかった。たとえば、私の専攻する国際法の分野で、いわゆる近代国際法の出発点ともいわれるウエストファリア条約は「カソリック教の支配地域で新教徒が、新教の支配地域でカソリック教徒が、それぞれの信教を奉じることを保障」した点で、宗教的少数者の権利を国際的に認めた、その意味で、国際人権保障の嚆矢とされる。 19世紀にはまた、奴隷貿易の廃止を規定する条約が数多く締結された。さらに国際連盟と同時期に発足した国際労働機構は、国際人権保障の対象を社会権にまで拡げた。しかし、それらはいずれも、特定の権利または特定の人間集団の人権を保障するものであって、すべての人のあらゆる人権の保障は、国際連合期をまたなければならなかったのである。
  すなわち国連の下では、1948年の世界人権宣言や1966年の国際人権規約の採択に象徴されるように、すべての人のあらゆる人権に関する"国際的な基準"が明らかにされるとともに、それらの基準の各国内法に基づく実施措置を"国際的に監視する仕組"が不十分ながら設置されるようになった。加うるに地域的なレヴェルでは、共通の人権基準の明確化と並んで、より進んだ国際的監視の仕組が設けられるようになった。1951年の欧州人権条約、1969年の米州人権条約は、ともにその典型例であり、1981年のアフリカ人権憲章も監視の仕組の強化に取り組んでいる。
  さて、本書は、序文のほか、16章から成り立っており、第1章で国際人権法と法曹の役割、第2章で普遍的(全世界的)な人権文書と実施の仕組、第3章で地域的な人権文書と実施の仕組を概説する。そして第4章で、裁判官・検察官・弁護士の独立と不偏性(公正)一般について論じてのち、第5章以下で身柄拘束と行政拘禁、公正な裁判を受ける権利、身体的自由とその制限、拘禁刑以外の代替的処罰、年少者の人権、女性の人権、精神的自由にかかわる人権、無差別・平等の原則、社会権と裁判所の役割、被害者の保護と救済、緊急事態と人権の11項目について、それぞれを扱う章のねらい・具体的な問題点・関連する国際文書の3点に分けて検討している。たとえば、女性の人権をあつかう第11章を見ると、この章では「人生のさまざまな側面で、女性が直面する人権問題の理解を深める」ことなどの3点がねらいであり、そのため「あなたが仕事をしている国家において、女性の人権は国内法によりどのように保護されているのか」、「あなたは当該国内法の保護が十分である、と考えるか」、「保護が不十分な原因は、国内法の不備によるのか、それとも国内法の不遵守によるのか」、「女性が直面している人権問題の原因は、国内法以外にあるか」、「あるとすれば、それは何か」など、10の具体的問題点を掲げている。そして関連する国際文書として、国際連合憲章、市民的及び政治的権利に関する国際規約、女性差別撤廃条約と議定書など21の普遍的国際文書と、欧州人権条約など4つの地域的文書とを掲げている。このように本書は、国際人権保障に関連して、法曹が理解すべき諸問題をほぼ網羅的にかつ平易な表現でカヴァーしている、ということができよう。
  したがって本書は、日本の法曹がつねに身近に置き、普遍的な国際人権基準実施のために大いに活用していただきたい。だが、日本の法曹は、それに留まらず、法曹以外の日本人一般が国際人権保障を身近なものとするためにも、活用していだだきたい。周知のとおり、日本でも間もなく"裁判員"制度が実施される。この制度は、これまで法曹のみに委ねられていた「司法」作用を、一般国民にも開放することを目指している。およそ民主主義国家における国民主権を生かす方策として、参政権を通じた「立法」作用に国民が参加することは不可欠である。また議員内閣制を通じて国民は「行政」にも参加することができる。同様に、裁判員ないし陪審員制度を通じて、国民は「司法」作用にも参加すべきであり、そのためには、司法を国民にとって理解しやすいものとすることが必須である。本書はそのためにもきわめて有用なものであることを、最後に強調しておきたい。

書名:『裁判官・検察官・弁護士のための国連人権マニュアル』
  著者:国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)・国際法曹協会(IBA)
  翻訳:平野裕二  企画・編集:(財)アジア・太平洋人権情報センター
  編集協力:日本弁護士連合会国際問題人権研究会  発行:現代人文社

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