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国際人権ひろば No.65(2006年01月発行号)

特集 アジアの子どもの人権 Part3

子ども参加の風土をつちかう~埼玉県鶴ヶ島市のまちづくり

安部 芳絵 (あべ よしえ) 早稲田大学文学部助手

  2004年、国連子どもの権利委員会は日本政府に対する第2回目の締約国報告審査において、国や自治体施策づくりへの子ども参加を勧告した。しかし、これまで国連は、その具体的手法や理論を示していない。一方国内に目を転じると、子どもの権利に関する総合的な条例を世界に先駆けて制定したのは神奈川県川崎市である。ところが、施策の検証機能をもつ川崎市子どもの権利委員会は第1期(01年9月~04年8月)委員会において、施策検証プロセスへの子ども参加を試みたものの、課題は多く残っており、施策評価や策定への子ども参加の手法開発が求められている。そこで本稿では、教育政策づくりへの子ども参加をすすめる埼玉県鶴ヶ島市の事例をてがかりに探っていく。

■子ども参加をひらいたおとなの学び


  埼玉県鶴ヶ島市は、人口約69,000人の自治体であり、都心から45キロ圏内、埼玉県のほぼ中央に位置する。農村地帯が急激に都市化された地域であり、65年以降急激に人口が増加、翌66年に町制、91年には市制が施行された。市民の日常生活圏内に図書館など社会教育施設が設置され、社会教育主事・図書館司書などの専門職員が配置されている。そのため、市民の主体的な学習活動が活発であり、活動を通じて培われてきた意識の高さは、やがて、市民参加を基本とするまちづくりをもたらすこととなった。
  鶴ヶ島市では、公民館運営審議会をはじめとするさまざまなかたちで社会教育における市民参加が制度として保障されているが、学校教育や教育行政全体に関してはこのような制度が存在していなかった。そこで、2000年度、学校と保護者、教育行政全体と市民との橋渡しとしての教育審議会が発足することになり、やがて市民参加のまなざしは、子ども参加へとむけられることになった。

■子どもは小さなまちづくり人


  2001年度より、教育委員会は「子どもは小さなまちづくり人」として、子どもの参加を重点施策に位置づけている。「子どもは小さなまちづくり人」とは、「現在の子ども自身が、まちづくりの主体」であり、「子どもは、まちづくりの協働の担い手」であり、そして「子どもは、将来のまちづくりの担い手」であることを意味しており、02年の国連子ども特別総会で確認された事柄とも相通じている。
  この考えのもと、子どもの意見表明や参加を保障する手段のひとつとして、また、「教育大綱」に関する子どもの意見を求めるため、02年度より毎年度「子どもフリートーク」を開催し、子ども参加の手法を蓄積している。
  「子どもフリートーク」は、教育政策づくりに子どもたちの意見を活かそうと出発した試みである。対象となるのは小学校4年生から中高生世代の子どもたちであり、毎回10~20人が継続的に参加している。「小さなまちづくり人」として子ども自身がまちづくりの担い手となるには、広報や啓発事業だけでは十分ではなく、子ども参加が根づいていくためには、実践という小さな積み重ねが不可欠であることがわかる。

■おとなに求められる新しい力


  子どもの権利条約に基づき、子ども参加を世界的に提唱してきたユニセフは、子ども参加を推進するためには「おとな自身が新しい力を伸ばしていかなければならない」としている。ユニセフによると、おとなは「子どもや若者の意見を効果的に引き出す方法、彼らの多様な声やさまざまな自己表現のしかたを認識する方法、そして彼らのメッセージを、それが言葉によるものであるかそうでないかを問わず、解釈する方法」を学ばなければならず、さらに「子どもと若者の意見に耳が傾けられ、正当に考慮される機会と、時間と、安心できる空間」を確保しなければならないとされている。加えて子どもたちの声に「適切な形で応える能力」を伸ばしていくことが、子どもにかかわるおとなに求められている(ユニセフ『世界子供白書2003』)。
  「子どもフリートーク」の特徴のひとつは、子ども参加に関して専門的知識と技術を有するファシリテーターの存在を重視したことである。Facilitateとは「~を促進する、~を容易にする」という意味であり、ファシリテーターは子どもの意見をひきだし、参加を促進する人を指す。鶴ヶ島市では、ファシリテーターを「参加者一人ひとりが思っていることを引き出し、表現しやすいような環境づくりや、さまざまな意見を、参加者の合意を得ながら整理したり、新たなアイディアを生み出せるように支援する役割」と位置づけ、どんな場面でも「場の当事者の主体性を尊重」しながら関わる存在、としている。そのため、子どもが意見を表明する場においては、「ファシリテーターの存在は大きく、子ども参加の試みの成否がかかわっているといっても過言ではない」、という(「つるがしまの教育」No.107、6頁)。このように、ファシリテーターの重要性を認めるのは、教育の専門性を大切にしてきた風土が鶴ヶ島にあるからこそである。
  一方で、外部から招いたファシリテーターに依存してばかりいたわけではなく、「子どもフリートーク」に参加していた教育委員会の職員らの手によって「鶴ヶ島市 大人の子どもとの関わり方?子ども参加をすすめるために」がまとめられた。そこには、子どもが自ら気づき、動き出すまで、おとなは手や口をださずに待つことが重要であり、失敗からもまた子どもは学ぶことができるなど11項目が列挙されている。

■「もっと、話したい」子どもの声がまちをつくる


  「子どもフリートーク」では、子どもの力を引き出しつつ、おとなが「待って支える」ことで、子どもが自らすすんで動き出し、自主的に話し合いをすすめることができるようになってきた。障害のある子もいる。教育審議委員や自治体職員が継続して子どもと向き合い、信頼関係が築けたことで、子どもたちからは「もっと話したい」「月1回では足りない」という声も多く聞かれる。「子ども参加の事業を行っても肝心の子どもが集まらない」「時間がたつにつれて減ってしまう」など、多くの自治体では子どもの不在が大きな課題となっているが、「子どもフリートーク」では、子どもがいなくなるどころか、「次はいつ?」という声さえ聞こえてくる。
  楽しい雰囲気の中で進められる話し合いから、直接教育大綱に盛り込まれた項目も少なくない。楽しく生き生きとした学校生活のための「掃除の回数を減らし、まとまった遊びの時間を生み出す工夫」(4-5頁)、わかりやすく楽しい授業のための「子どもの評価を位置付けた授業づくり、学校づくりの検討」(6-8頁)、学校協議会への子ども参加の推進のための「子ども参加の意義を子ども自身が自覚する工夫」、「正式メンバーとして子ども参加を促進」する(29-30頁)、学校づくりの視点に立った学校評価・説明責任のための「子どもによる他の学校訪問調査の検討」(31頁)などは、フリートークで子どもから出された意見である。
  鶴ヶ島市内の小学校では、掃除の回数を減らしまとまった遊びの時間を生み出すこころみがすでにはじまっている。子どもたちからは「おもいっきり遊べていい」「先生がおはなししてくれるようになった!」などの声がきこえ、学校が「楽しい場所」になった。児童会が中心になってお祭りがリニューアルするなど、学校全体での子ども参加もはじまりつつある。
  条例によらない子ども参加に挑む鶴ヶ島市の事例は、どんな自治体でも子ども参加が可能であることを示唆している。少子化とはいえ、子どもたちはどこのまちにだって存在するからだ。いよいよ、子ども参加を支えることができるよう、おとなが変わる番がきた。

※ 教育政策への子ども参加や「鶴ヶ島市おとなと子どもの関わり方」の詳細に関しては、鶴ヶ島市教育委員会 社会教育課 教育政策担当(Tel:049-271-1111内線517)までお問い合わせください。

編集注:関連文献として、『子どもの参加』(編集・発行:ヒューライツ大阪、発売:解放出版社、05年3月)に所収の平野裕二「子どもの権利としての『子ども参加』」「子ども参加の新たな局面」、安部芳絵「子ども参加をめざすNGOの現在」などがあります。