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国際人権ひろば No.58(2004年11月発行号)

現代国際人権考

社会環境の整備と差別禁止法の制定

山崎 公士(やまざき こうし) 新潟大学法科大学院教授

  日本でも差別禁止法の制定や差別禁止規定をめぐる議論が活発になりつつある。これにはさまざまな背景がある。
  第1は、ここ数年さまざまな人権分野で、差別禁止法の制定を求める動きが活性化してきたことである。1999年10月に静岡地裁浜松支部は、ブラジル人であることを理由に入店を拒否した宝石店主の行為について人種差別撤廃条約を間接適用し、これを不法行為とする判決を下した。被告が控訴しなかったためこの判決は確定し、日本の裁判所が人種差別撤廃条約を適用した最初の裁判例となった。1990年代後半から北海道など各地で公衆浴場や居酒屋による「外国人お断り」の動きがあり、これに市民団体が反発し、人種差別撤廃条例の制定を求める運動が活発化した。2002年11月の小樽入浴拒否事件に関する札幌地裁判決では、公衆浴場による外国人の入浴拒否は人種差別撤廃条約の趣旨からして私人間でも撤廃されるべき人種差別にあたるとして、これを不法行為と認定した。
  こうした一連の出来事をきっかけとして、人種差別禁止法や外国人差別禁止法を制定する具体的な動きも登場しつつある。本年11月8日に宮崎市で開催された日本弁護士連合会・人権擁護大会で、「多民族・多文化の共生する社会の構築と外国人・民族的少数者の人権基本法の制定を求める宣言」が採択され、外国人・民族的少数者の人権基本法を制定し、外国人などに対する差別禁止を徹底すべきことが提唱された。また、日弁連は2001年11月の奈良市での人権擁護大会で、「障害のある人に対する差別を禁止する法律の制定を求める宣言 」を採択し、障害者差別禁止法の制定を提唱した。さらに最近では、年齢差別禁止法を求める動きも見られる。これらの動向は、社会的差別やジェンダー差別の禁止を法制化しようとする長年の運動とも連動している。
  第2は、日本が批准または加入した人権諸条約の実施機関が日本政府に差別禁止法の制定を勧告したことである。人種差別撤廃委員会は2001年の日本政府報告書に対する最終所見で、「締約国(日本)の法制度において、この条約に関連する唯一の規定が憲法第14条であることを懸念する。(中略)委員会は、とくに条約第4条および第5条の規定に従い、人種差別を禁止する特別法の制定が必要であると信ずる。」と述べた。また社会権規約委員会は同年、第2回日本政府報告書に対する最終所見で、「締約国(日本)に対し、規約第2条2項が定める差別禁止の原則は絶対的な原則であり、(中略)締約国が差別禁止立法を強化するよう強く勧告する。」との見解を示した。
  第3は、人権救済のため政府から独立した人権救済機関(人権委員会)の設置を主な目的とする人権擁護法案が2002年に国会上程されことに由来する。同法には日本の法制度で初めての差別禁止規定が盛り込まれたが、「人権委員会」の権限を明確化するため、この規定を一層緻密なものとすべきことが議論された。しかし、同法案は2003年の衆議院解散で廃案となった。
  以上のように、各種の差別禁止法をめぐる議論は始まっているが、日本社会の中ではまだまだ小さな動きにすぎない。大規模な社会運動が存在するか、衝撃的な社会事象が生起しない限り、新たな分野で法律を制定するのは困難である。しかし、背後に大きな利益集団がなくても、法整備を進める必要のある分野は多々ある。日本社会で生活するすべての人びとに深い関わりのある人権分野の立法もその一つといえる。
  1970年代前後から諸国では、人権侵害や差別は社会悪であるとの認識から、各種の差別禁止法を制定し、同時に政府から独立した人権救済機関(人権委員会やオンブズパーソンなど)を設置してきた。社会的に不当な障壁となる人権侵害や差別事象を未然に防ぎ、また人権救済制度を確立することによって、一人ひとりの市民が安心して幸福を追求できる状況を創り出すためである。こうした制度づくりは、社会環境整備の一環とみなされている。
  日本では国レベルでの差別禁止法や政府から独立した人権救済機関はまだ整備されていない。しかし自治体レベルでは、人権尊重の社会づくり条例など760を超える人権条例が制定されている。これらの条例では、人権尊重の社会づくりに向けた自治体の責務が明記され、あるいは「女性差別、部落差別、障害者差別、在日外国人差別その他のあらゆる差別をなくし、差別のない明るく住みよい町づくり」を目指すことなどが謳われている。「いわゆるまちづくり条例」では、権限の関係から、差別禁止的な規定は見られないが、人権侵害や差別のない「人権尊重の社会づくり」が社会環境整備の一環として明確に打ち出されている。
  日本は自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、拷問等禁止条約などの人権諸条約の締約国であり、すべての人びとが人種、皮膚の色、性、言語、宗教などを理由に差別されず、人権を享受できる社会を実現する法的責務が日本政府にはある。国も自治体レベルでの実践を踏まえ、人権が尊重される社会づくりのため、差別禁止法の制定を検討すべき時期にさしかかっている。

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