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国際人権ひろば No.55(2004年05月発行号)

現代国際人権考

21世紀における人権の解釈

中井 伊都子 (なかい いつこ) 甲南大学法学部教授・ヒューライツ大阪企画運営委員

欧州で進む性に関する自己決定の権利


 2002年7月、ヨーロッパ人権裁判所は先例を変更する興味深い判決を行った。性転換者の出生届の訂正を認めないイギリス法は、私生活の保護及び婚姻の自由を定めたヨーロッパ人権条約の規定に違反していると判断したのである。
 1986年に初めてこの問題が持ち込まれて以来、ヨーロッパ人権裁判所は一貫して、出生届の制度は国家の裁量の範囲内の問題であるとしてきたが、今回の判決では、条約の今日的解釈を求めて医学の発展を考察し、ヨーロッパ審議会諸国とその他の国家の実行を分析した結果、この21世紀において、誰もが享受すべき自己決定と身体及び精神の安全に対する権利を性転換者に認めない論理は維持できないと述べたのである。
 これまでヨーロッパ人権裁判所が道徳や倫理に関わる社会制度を検討する際には、締約国の一致した慣行と同意があるかどうかを基準としてきたが、本件でも性転換者を完全に法的に承認する明らかな傾向がヨーロッパ審議会諸国に見られることと、性転換手術への保険適用を認めながら転換後の性別を法的に認めないのはイギリスとアイルランドだけという国際的環境が重視された。また婚姻についても出生届の訂正ほど多くの国家が新たな性別での婚姻を法的に承認しているわけではないにしても、締約国の裁量の範囲は婚姻を申請する者に関する条件の規定までで、性転換者の婚姻を全く認めないことは正当化できないと判断したのである。
 性に関する自己決定の権利に関しては、2000年に採択されたEU基本権憲章に差別禁止事由のひとつとして性的指向性が規定され、ヨーロッパ司法裁判所では雇用における性転換者の差別を違法とする判決に続いて、2004年1月には男性へと性転換した後婚姻した者に寡夫年金の支払いを認めないイギリスはEU法違反であるとの判決が出されている。
 また家族関係の多様化に対応してオランダが同性婚を完全に承認して以来、ヨーロッパ諸国やアメリカのいくつかの州で同性婚を何らかの形で認める流れも生じている。さらに性の選択と同じく機微な問題として安楽死が挙げられる。すでに安楽死を合法化している国家もあるが、今のところヨーロッパ人権裁判所は、たとえはっきりとした末期患者の意思があっても、自殺幇助を刑事免責とする国家の義務はないとの立場をとっている。
 国家が社会変化に柔軟に対応して法制度を改め、その傾向を地域的な人権条約機関が汲み取って新たな解釈とし、締約国にその実施を義務付けるという流れが、これらの分野でも近い将来実現されるのだろうか。

地域的な人権解釈からさらに普遍的な解釈へ


 2004年3月に国連の自由権規約委員会は一般的意見第31を採択して、締約国は規約上の権利を侵害しないだけでなく、その法的義務を果たすためにあらゆる分野で積極的措置をとらなければならないと述べた。そしてたとえ私人によって引き起された侵害でも、国家が適切な措置や相当な注意、処罰、捜査、補償などを怠った場合は国家の義務違反が発生するとの解釈を展開したのである。
 これはまさに1980年代に入ってから、とくに私生活の保護に関してヨーロッパ人権条約の解釈として繰り返されてきた考え方で、今では定着した解釈になっている。米州人権裁判所においてもこの考え方が示されている。これらの解釈が時間をかけて普遍的な人権条約の解釈に浸透したことは注目に値する。同質性の高い国家が多い地域的人権条約と違って、普遍的な人権条約の解釈には多様な国家が一致できる水準を追求しなければならないという困難が伴うが、このような解釈の導入は多層的な人権保障の実現を押し進めるものとして、大いに期待されるところである。
 日本は、「国連パリ原則」に沿った三権から独立した国内人権機関の設置が各国で進んでいることに目を向け、新しい時代の人権に対応すべく、社会のニーズを汲み取る機関の設置に改めて取り組まなければならない。
 また日本の裁判所には、日本が締約国でもない条約機関の解釈など全く無関係という態度を返上して、人権保障の進むべき方向性を示すものとして十分に考慮に入れる柔軟性が必要であろう。もちろんその前に自らが締約国となった人権条約の適用に関する認識を改めることが急務ではあるけれども。