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国際人権ひろば No.47(2003年01月発行号)

現代国際人権考

人間不安から人間安全へ -人間安全保障の道

武者小路 公秀 (むしゃこうじ きんひで) 中部大学教授・ヒューライツ大阪会長

世界を覆う人間不安


 反テロ戦争とグローバル経済危機とによって、世界諸民族は今日未曾有の恐怖と欠乏に晒されている。とくに、前者の巻き添えになるアラブ諸民族、イスラーム信仰者や、後者の金融危機などに巻き込まれたマイノリティの人間不安は、深刻の度を日ごとに増している。彼等、彼女等は、21世紀を平和の世紀に、という国際社会のカケゴエの空虚さを実感しており、人間安全を保障してくれるような新しいグローバル・ガヴァナンスを無言のうちに強く要求している。
 もちろん、反テロということで強大な覇権をさらに強化する国家や、経済競争に勝ち続ける大企業も存在しており、世界の政治と経済は、これらの強大国や多国籍企業中心に動いている。ブッシュ米国大統領が主張していることは、はたして正しいのだろうか。彼によれば、今日ほど国際平和が確立した時代は人類の歴史を通じて存在しなかった。なぜなら、従来互いに軍事競争をして対立していた世界の諸大国はみな米国の指導下で、テロと闘うために一致団結しているからである。
 問題は、この団結から仲間はずれにされたり、逆に望みもしない基地設置の要求を飲まされる諸国民がいること、諸国家の安全保障努力によって恒常的な不安全の状態に置かれる人びと、たとえば沖縄のような地域住民の人間不安が絶えないことである。

慢性化する不安状況


 こうしてブッシュ大統領の主張にかかわらず、今日ほど、一部の国家や企業の安全と利害とを守ることで、大多数の世界民衆の人間不安が高まっている時代はない。人間安全保障には、このような人間不安に対処する場合に、うっかりすると忘れられてしまって、グローバルな不安状況を慢性化させている問題が三つある。
 まず第一に、先進工業諸国のなかに存在している開発途上諸国からの得体の知れない不安・不安全について漠然とした恐怖が存在しており、これが開発途上諸国の弱い立場にある人々の欠乏を恒常化しているということがある。
 反テロ戦争が起こる前から、米国はじめ先進工業諸国では、国際社会が取り組むべき新しい脅威として、国際犯罪組織による麻薬や武器の密貿易、「非合法」移住労働者の密貿易、女性や子どもの人身売買とこれにともなうHIV-AIDS、そして国際テロリズムがG8の諸会議で注目を引いていた。これらは、先進工業諸国の富を目当てに南の貧困地域から押し寄せてくる人びとが、先進市民社会の人間不安全の原因とみなされている例である。人間安全保障は、そんな現実的な金持ちの恐怖感をよりどころにしてきた面がある。
 その結果、南からの移住者のえり分け、その仕送りを制限する諸措置が講じられて、その結果、南の欠乏が増えている。たとえば、伝統的なイスラーム信用システムがテロの送金に利用されることを恐れて全面的に禁止された結果、ソマリア経済があてにしていた先進工業諸国で働く「非合法」移住労働者からの送金が断たれて、その貧困状況が深刻化している。
 第二に、この恐怖をもとにして、民主主義と自己決定権を中心とする人権を犠牲にしてもやむをえない、という市民のあきらめがでてきている。これが、一部のマイノリティの人間不安全状況に対して反対の声をあげさせない、という現実がある。たとえば、キューバ・グアンタナモ基地に移送されて檻の中の動物のような生活を強いられているいわゆるタリバーン兵たちの人権問題は全く無視されており、イスラーム信者だというだけで不審尋問されたり、空港で入国を拒否される無数の無辜の人々の人間不安も完全に無視されている。
 第三には、人間安全保障という考え方が、以上のような傾向の影響を受けて、国際社会が本当にその安全を保障する責任を持つ人々を無視した、誤った解釈を受ける恐れがある。
 人間安全保障は、もっとも弱い不安な立場にある人々が、強い立場にある企業や国家からその人間としての安全を保障してもらう権利があることに基づいて実施されるべき施策の基準である。彼等、彼女等自身によって規定された、自分たちの不安全を除去するべきである。
 これが、国家であれ、企業であれ、国連であれ、強いものによって一方的に推進される慈善事業的な活動になってはいけない。しかし、上記の強いものの恐怖心や、国家・企業などの安全対策中心の発想によって、ともすれば忘れられる傾向がある。このことにとくに注目した人間安全保障政策を立てる必要がある。

弱い立場の人々の不安を除去する人間安全保障を


 第二次大戦中に、ユダヤ系のフランス思想家であるシモンヌ・ヴェイルが、「不幸の普遍性」と「不幸の不均等な分布」のなかで、より不幸の少ないものが、よりおおきな不幸にめぐり合っている人々の不幸を背負いこむ必要があると主張して、ナチスのキャンプの同朋に与えられる以上のカロリーを摂取しないで栄養不良死した。
 われわれも、「不安全の普遍性」と「不均等な分布」を認めて、より安全に生活している世界の部分が、より不安全な部分の不安を背負い込んで、これを除去する責任があることを自覚すべきである。そう考えることによって、はじめて以上の三点の危険を克服して、正しい人間安全保障の政策規準を確立する必要がある。

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