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国際人権ひろば No.46(2002年11月発行号)

現代国際人権考

国際人権条約モニター・システムを活かす

安藤 仁介 (あんどう にすけ)
同志社大学法学部教授・ヒューライツ大阪評議員

国際人権条約の広がり

 第2次世界大戦後における国際人権保障の発展は目覚ましい。1948年に採択された世界人権宣言を基盤として、いわゆる自由権規約と社会権規約の二つの国際人権規約を中核に、拷問禁止条約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約など、国際連合が手がけた国際人権条約の数は優に20を越える。そして、それらの条約は、それぞれの当事国が条約の諸規定を遵守しているかどうか、をチェックするシステムを備えている。

 各条約の当事国数はいくらかのばらつきはあるものの、平均して150前後に達しており、人類の約7割が国際的な人権保障のもとに置かれている勘定になる。しかし、種々の人権侵害がマスコミを賑わし続けている事実は、せっかく国際人権条約の当事国になりながら、その規定を守っていない、または守ることのできない国家が少なくないことを意味する。したがって、当事国が条約の諸規定を遵守しているかどうか、をチェックするシステムが必要なわけである。

監視機関への報告書提出にあえぐ多くの政府

 実は私自身、この中の自由権規約が当事国によって守られているかどうか、をチェックする監視機関、すなわちモニター・システムの担い手である規約人権委員会の委員をここ16年のあいだ務めてきた。しかし最近になって、規約人権委員会を含むモニター・システムの在り方に、いろいろ問題のあることが明らかになってきたように思う。

 それらの問題の中でもっとも顕著なものは、各条約の当事国に課せられた「報告書の提出義務」である。たとえば自由権規約の場合、当事国は条約に入ってから1年以内に最初の、その後は規約人権委員会の求める時期に、その期間中に規約の諸規定を自国においてどのように実施したかの「報告書」を提出する義務を課せられる。委員会はその報告書に基づいて条約の遵守状況をチェックするのだから、当事国がこの義務を果たすことはモニター・システムを活かすために不可欠である。それがなぜ問題なのだろうか。

 日本もそうだが、多くの国家は複数の国際人権条約に入っている。ところが、それらすべての条約について、定められた期間内に報告書を提出することは、当事国にとって相当な負担なのである。

 自由権規約の場合、最初の報告書の提出後、委員会はだいたい5年おきに定期報告書の提出を求めている。自由権規約の規定する権利は、生命・身体の安全から居住・移転・信教・表現・集会結社の自由など多岐にわたるため、国内の関係省庁からの情報を収集・整理・調整して一つの報告書にまとめ、その過程で種々のNGOの意見を聴取したりすると、少なくとも2年くらいはかかる。

 自由権規約に加えて、日本は社会権規約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約などにも入っており、規定している権利の範囲が小さい条約の場合は2、3年おきに報告書の提出を求められるので、これだけの報告書を定められた期間内に準備することは高度の組織的能力を必要とする。

 日本のように、優れた官僚組織を持つ国家は何とか期間内に報告書を準備し提出義務を果たすことができるが、そうでない国家、とくにいわゆる途上国にとってこの義務を果たすことは容易ではない。しかも多くの途上国はほとんどの人権関係条約に入っている。その結果、慢性的に報告書の提出が遅れ、ついには委員会がシビレを切らせて、報告書の提出を待たずにモニターを手がけようと試みるに至ることもある。

政府と条約監視機関の建設的な対話へ向けて

 だが、考えてみれば、当事国が人権条約を守っているかどうかのチェックは、当事国が提出する「報告書」に基づいてなされるべきであって、報告書なしにモニターを手がけることは、当事国が責任を持てない"資料"、たとえばNGOから寄せられた情報や委員会が独自に収集した情報(その中には、国際連合の関連機関の報告書なども含まれるが)に基づいたモニターにならざるをえない。

 そのような資料に信憑性がないわけではない。けれどもモニター・システムの本質は、それが当事国と委員会とのやりとり、つまり「対話」である点に存在する。言い換えれば、当事国が自らの責任において提出した「報告書」に基づいて当事国と委員会とがその国の人権状況に関する意見を交換し、その中から人権状況を改善する手がかりを探り出す共同作業こそが、モニター・システムの目的なのである。

 当事国が責任を持てない資料に基づいたモニターは、その資料がどれほど信憑性に富むものであっても、結局は一方の意見の他方に対する押しつけに過ぎない。私自身の経験に基づく個人的な感想を述べれば、こうした一方の意見の押しつけは他方の反発を招くだけで、長期的にみれば人権状況の改善を遠のかせてしまいかねない。

 国際人権条約の監視機関や条約当事国のあいだでも、報告書なしのモニターを避けるための具体的な方策が話題となっている。たとえば、当事国はあらゆる人権を含む報告書を一つだけ提出し、それぞれの監視機関がその報告書の中の関係条約に関わる部分のみをモニターする案がある。あるいはより抜本的に、人権条約を思い切って整理・統合し、条約数を必要最小限に減らす案もある。ただし、どのような案に落ち着くにせよ、当事国と委員会との"建設的な対話"というモニター・システムの本来の目的にもとるものであってはならない。