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国際人権ひろば No.43(2002年05月発行号)

特集:人権委員会を検証する Part 1

日本の人権保障制度のゆくえ -人権擁護法案と人権委員会構想の問題点

山崎 公士 (やまざき こうし)
人権フォーラム21事務局長・新潟大学教授・ヒューライツ大阪評議員

 02年3月8日に人権擁護法案が閣議決定され、国会に上程された。しかし、この法案はいわゆる「メディア規制3法」[解説]の一つとして報道されることが多く、全体像はあまり知られていない。本稿では、人権擁護法案の背景、内容を紹介し、その問題点を明らかにしたい。

人権擁護法案の背景

 日本社会には被差別部落出身者、アイヌ民族、外国人への就職・結婚差別などの社会的差別、児童虐待、DV(ドメスティック・バイオレンス)、障害者差別等々、さまざまな人権侵害が存在する。こうした人権侵害を受けた者は、主に法務省の人権擁護行政とこれを補完する人権擁護委員制度を利用し、これらで救済されない場合には、裁判所に救済を求めてきた。しかし、人権擁護行政や人権擁護委員制度は市民からあまり信頼されず、また裁判は時間と費用がかかり、人権侵害や差別を受けた者は泣き寝入りしがちであった。1996年に成立した人権擁護施策推進法は人権擁護推進審議会を発足させ、99年9月から人権救済のあり方を検討した。昨年5月に出された同審議会の人権救済答申は、人権救済機関として「人権委員会」の新設を提言した。この答申を受けて法務省が立法化をすすめたのが人権擁護法案である。

 不当な人権侵害・差別を受けた者を「安(く)・簡(易に)・早(く)」実効的に救済するため、諸国では政府から独立した人権救済機関を設置しつつある。この意味で、「人権委員会」の新設は歓迎すべきことである。しかし、今回の法案やこれが予定する「人権委員会」は多くの問題を抱えており、抜本的な修正をしない限り、市民が利用しやすい人権救済制度はほとんど期待できない。

人権擁護法案の概要

 人権擁護法案は7章88条からなる。一般に日本の法律は読んでもよくわからないものが多いが、この法案の難解さは群を抜いている。法案の目的は、人権侵害被害の「適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防」と「人権尊重の理念を普及させ、それに関する理解を深めるための啓発に関する措置」によって、人権擁護施策を総合的に推進し、「人権が尊重される社会の実現に寄与」することとされている。このため、法案は第1に人権侵害等を一般的に禁止し、第2に新たな人権救済機関として「人権委員会」の組織体制を定め、第3に人権委員会の救済手続などを規定する。具体的内容については、問題点の中で触れることにする。

人権擁護法案の問題点

(1)画期的な差別禁止規定

 法案第3条は、公務員、物品・サービス提供業者、雇用者などは、「人種等を理由としてする不当な差別的取扱い」などの人権侵害をしてはならないと規定する。これは日本の法律で初めて差別を一般的に禁止するもので、画期的である。なお、ここにいう「人種等」とは、「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向」(差別禁止事由[解説])(第2条5項)とされる。ただし、この規定は今後継続的に整備する必要のある差別禁止法体系の出発点にすぎない。差別禁止事由のなかに「国籍」が含まれていないのは、不十分である。

(2)人権委員会の設置と組織体制

 法案は国家行政組織法第3条にもとづき、法務省の外局として人権委員会を設置し、法務省人権擁護局を改組して事務局に充てることとしている。人権委員会は形式的には独立行政委員会だが、法務事務官が事務局を担うため、同じ法務省が管理する刑務所・拘置所・入管施設内での公権力による人権侵害について、被害者の立場を踏まえた救済活動は到底期待できない。また、学校でのいじめ問題は文部科学省、薬害問題は厚生労働省など、人権問題は多省庁にまたがるので、人権委員会は総合調整機能を持つ内閣府の外局とすべきである。

(3)人権委員会の構成と独立性

 人権委員会は委員長と4名の委員で構成されるが、うち3名は非常勤である。「男女のいずれか一方の数が2名未満とならないよう努める」ものとされる。国連パリ原則[解説]によれば、人権救済機関は政府からの独立性を確保するため、社会の多元性を反映した構成とすべきものとされるが、全国で5名の委員ではこの要請に応えることはできない。委員数は少なくとも7~9名とし、各種マイノリティ出身者/関係者から委員を選出できるようにする必要がある。

(4)人権委員会の全国的組織

 法案は中央に5名からなる人権委員会を置き、地方には人権委員会を置かないという制度設計である。しかし、人権侵害事案は地域社会で生起するので、都道府県と政令市にも地方人権委員会を置き、地域の実情に即した救済を提供できる体制とすべきである。

(5)人権委員会の救済機能 ――― 一般救済手続[解説]、特別救済手続[解説]

 人権侵害の申出や通報その他の情報によって、人権委員会が人権侵害事案を認知した場合、人権委員会は、一般の人権侵害については「一般救済手続」を、また不特定多数の者に対する差別助長行為、公務員による差別などの特別人権侵害事案については「特別救済手続」を開始する。特別救済手続の対象として予定されるのは、(1)公務員による差別、(2)物品・サービス提供における顧客に対する差別、(3)事業主による労働者に対する差別、(4)特定の者に対する悪質な差別的言動、(5)特定の者に対する悪質なセクハラ、(6)公務員による虐待、(7)福祉施設・医療施設等の職員による虐待、(8)学校職員による虐待、(9)児童虐待、(10)DV、(11)高齢者に対する虐待、(12)マスメディアによるプライバシー侵害・名誉権侵害・過剰取材、(13)その他被害者自らでは排除できない深刻な人権侵害である。このうち、、(12)と(13)を除く人権侵害に関しては、罰則の裏付けがある「特別調査」[解説]の対象とされる。

(6)公権力による人権侵害と人権救済

 公権力による人権侵害が特別救済手続の対象とされるのは、当然である。ただし、法案は、私人間の人権侵害と公権力による人権侵害を同列に置き、調査や救済の面で両者を分けず、同じ手続で解決を図ることとしている。しかし、権力性や密室性が強い公権力による人権侵害を、私人間のそれと同列に扱うと、公権力による人権侵害を相対的に軽視することになる。公権力による人権侵害の被害者を実効的に救済し、またそのような人権侵害を事前に防止するため、私人間の人権侵害に用いられる調査・救済手続とは別に、拘禁施設への無条件立入調査権限など、行政機関や公務員に対して用いる特別の調査・救済手続を整備すべきである。法律の構成上も、両者の手続を明確に分けて規定すべきである。

(7)メディアによる人権侵害と人権救済

 法案では、マスメディアの報道によってプライバシー侵害や名誉毀損を被った者、あるいは過剰な取材を受けた者は人権救済の申出を行うことが認められており、人権委員会はその申出を受けて、勧告・公表などの特別救済手続をとることができることになっている。しかし、プライバシー侵害・過剰取材の要件や判断基準が明確でなく、人権委員会の恣意的な判断で、マスメディアに圧力が加えられる危険がある。表現の自由や報道の自由は、民主主義社会を支える支柱であり、これが不当に侵されるような余地を残してはならない。人権委員会も行政機関であり、その一方的な判断でマスメディアの報道内容や取材方法を人権侵害と決めつけ、報道や取材の中止などを勧告することがあれば、国家権力による言論弾圧と言える。こうした事態を防止するためにも、メディアによる人権侵害については、メディア側の自主的な救済策にゆだね、人権委員会による特別救済手続の対象から全面的に除外すべきである。

(8)人権政策提言機能

 法案では、人権委員会の権能の一つとして、内閣総理大臣や関係行政機関の長、または国会に対する意見提出権を規定している。しかし、人権委員会が政府から真に独立した存在となるためには、意見の提出にとどまらず、政策提言の機能を持たせるべきである。同時に、人権委員会が意見提出や提言を行った場合には、その名宛人である行政機関の長や国会は、意見または提言に対する応答義務と説明責任があることを明記すべきである。

用語解説

【メディア規制3法】[本文に戻る]

 個人情報保護法案、人権擁護法案、青少年有害社会環境対策基本法案の総称。前二者が2002年の通常国会に政府から提出され、審議されている。これら法案はメディア規制を目的とするものではないが、個人情報保護や人権擁護を名目として、報道の自由を不当に制約し、報道機関を監督する主務大臣を置き、取材・報道活動を独立行政委員会の裁量にゆだねるなど、報道機関の死活にかかわるとして、メディアや各種NGOはこれら法案に強く反発している。

【差別禁止事由・差別禁止分野】[本文に戻る]

 諸外国の差別禁止法では、差別禁止事由と差別禁止分野を明示し、差別行為の予防・規制、および差別を受けた者の救済を図っている。主な差別禁止事由と差別禁止分野には以下のものが含まれる。

〔差別禁止事由〕人種、皮膚の色、性別、性的指向・性的自己認識、婚姻上の地位、家族構成、言語、宗教、政治的意見、国籍、社会的出身、民族的又は国民的出身、年齢、身体的・知的障害、精神的疾患、病原体の存在、等。

〔差別禁止分野〕雇用・職場、教育、居住、医療、物品及びサービス提供、施設利用、等。

【パリ原則】[本文に戻る]

 1993年12月に国連総会で採択された、「国内人権機関の地位に関する原則」。人権委員会やオンブズパーソンなど国内人権機関の組織・機能のガイドラインを示す。国内人権機関は政府から独立した存在であるべきで、そのため機関はジェンダーバランスを保ち、多元的社会構成を反映した構成とすべきことなどを提示する。構造的な人権問題を解決するため、機関の人権政策提言機能を重視している。

【一般救済手続】[本文に戻る]

 助言、加害者への説示・啓発・指導などゆるやかな救済手法で、あらゆる人権侵害がこの対象となる。

【特別救済手続】[本文に戻る]

 調停・仲裁、勧告・公表、訴訟援助・訴訟参加、差別助長行為停止勧告という踏み込んだ、より強力な救済手法。従来の人権擁護委員制度には強い救済権限がなかったため、実効的な救済が行えなかった。

【特別調査】[本文に戻る]

 人権委員会が行う出頭命令・質問、文書・資料提出命令、立入調査。拒否した者には30万円以下の過料を課すことができる。