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国際人権ひろば No.42(2002年03月発行号)

特集・商業的性的搾取の撤廃をめざして

日本への人身売買の実態と法的課題

吉田 容子(よしだ ようこ)
京都YWCA・APT、弁護士

人身売買の受け入れ大国ニッポン

 国境を越えて人を移動させ大きな利益を貪る犯罪者集団があとをたたない。犠牲者の多くは性関連産業に送り込まれる女性や子どもであり、アジアでは過去30年足らずの間に3000万人もの女性や子どもが犠牲となったと言われている。

 2000年末に国際組織犯罪禁止条約及び同条約を補完する「人身売買、特に女性と子どもの人身売買の防止・禁止・処罰に関する議定書」が採択された(日本は未署名)。同議定書は、「人身売買とは力の行使又はその威嚇、その他の形態の強制、誘拐、詐欺、欺瞞、権力濫用、弱みにつけ込むこと、またはある者に対して支配力を持つ人物の同意を得るための金銭や利益の授受などを手段として、搾取を目的として、人の募集、搬送、移送、住居提供、受け取りを行うことを意味する。搾取には、少なくとも他人の売春からの搾取、その他の形態の性的搾取...が含まれる」と定義する。対等でない力関係を利用した搾取であり、問題の根底には国家間の経済格差、送出国・受入国双方における女性差別、民族差別等とともに、この差別構造を支える立法・司法・行政のあり方がある。

 日本は人身売買で売られる女性達の主要な受け入れ国の1つである。1980年代の前半にフィリピン、台湾、韓国等から多くの女性が日本に送り込まれ、後半からはタイ人女性が増加した。10兆円産業と言われる日本の性関連産業は「買い手」がいるからこそ成立するが、多くの日本人男性が女性達を買い、周囲の人間は(女性も含め)、見て見ぬ振りをする。たまに女性達の悲惨な状況が報道されても、「金儲けのために承知で来ているのだから、多少過酷であっても自業自得」としか考えない。

処罰の実効性に乏しい日本の法制度

 そうした事態に対処すべき日本の法律(国内法)はどうなっているのか?

(1)まずは、目的や被害者の年齢を問わずおよそすべての人身売買を禁止し処罰する規定はない。例外的に、国外に移送する目的で人を売買すること(刑法266条)、淫行をさせる目的で18歳未満の児童を他人に引き渡すこと(児童福祉法34条)、買春やポルノ製造目的で18歳未満の児童を売買すること(児童買春等禁止法8条)は禁止され、処罰対処とされている。これらに該当しない場合は「人身売買」としては処罰できない。

 ただ、人身売買の過程で行われる個々の行為が国内法の刑罰規定に該当する場合は、理論的には処罰可能である。例えば「日本の性産業に売り飛ばす目的で日本人がタイの農村から女性を騙して連れ出した」場合は営利誘拐罪の適用が可能であるし(国民の国外犯)、日本国内で行動の自由を奪えば監禁罪の適用が可能である。しかし、実際に処罰された例はほとんど無い。

(2)女性の性的搾取に関する国内法については、まず「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」がある。同法はソープランド・ストリップ劇場・個室ビデオ・ラブホテル等を「性風俗特殊営業」と名付け所定の届出を条件に営業を認めるが、この事に象徴される様に、性関連産業やその中における性的搾取を禁止するのではなく、一定の条件を付けて公安委員会(実際は警察)の統制下におくことにより「規制」し「適正化」するのが目的である。罰則も最高で「1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金」にすぎず、莫大な利益を生み出す風俗営業の抑制には程遠い。まさに性的搾取公認法である。

 次に「売春防止法」がある。同法では、単純売買春(性交)はともに禁止するものの処罰対象とせず、その代わり公然勧誘・周旋・場所・資金の提供・他人の売春からの搾取などの「売春助長行為」を禁止し処罰対象とする。「悪いのは売春する女性とこれを助長する者であり、売春をなくせば買春もなくなる」という考えの下に、「買春」は不問に付し、「売春」助長行為を禁止する。罰則も最高で「10年以下の懲役及び30万円以下の罰金」であり、抑止効果は無い。「公然勧誘罪」は女性だけに適用され、人身売買の被害者である女性達が同罪によって逮捕・起訴されている。結局、同法は、性的自己決定権について「二重の基準」を公認し、女性への性的搾取を事実上不問に付している。

 さらに「刑法」も問題である。「嫌がる女性に客との性交や性交類似行為をさせた」という行為は(その為に女性達は売買される)、理論的には強姦罪・強制猥褻罪に該当するはずだが、実際にはこれを強要した業者も客も何ら処罰されていない。同罪の成立には解釈上「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度」の暴行又は脅迫を手段としたことが必要とされ(従って通常、暴行脅迫は行為の直前になされることが必要とされる)、女性達は「商品」であるし、既に十分威迫されており直前に改めて暴行脅迫を加える必要はなく、従って同罪は成立しないというのである。現に「当該性交が被害者の意志に反する」ことを認めつつ暴行脅迫の程度が軽いとして強姦罪の成立を否定した判例が複数存在する。

(3)被害者の女性が外国人であるため、入管法の問題もある。外国人が日本に適法に入国し在留するためには在留資格の取得が必要であるが、性産業で働くことを内容とする在留資格はなく、加害者達は女性に偽造パスポートや偽造査証を持たせ「短期滞在」「興行」「日本人の配偶者等」の在留資格を取得させる。しかしこれらの事実が日本の入管や警察に発覚すると、女性達は入管法違反の犯罪者として処罰され、退去強制される。加害者達は仮に検挙されるとしてもせいぜい罰金刑である。女性達は加害者処罰を求めたり、損害賠償を請求する権利を理論的には持つが、入管法違反であるとの一事によってその権利は無視される(退去強制されたら権利行使は事実上不可能)。

(4)被害者救済制度についても、安心して相談し一時避難もできる公的機関は、どこにもない。医療保険や生活保護を含む社会保障制度は、適法な在留資格を持たない外国人には一切適用されない。

(5)結局、日本政府は女性達を退去強制すれば一件落着で、他は何もしない。

女性に対する性的搾取の撤廃をめざして

 「第2回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」の場において、「児童」の性的搾取が恥ずべき大問題だとされたことは、ともかくも前進である。しかし「大人の女性」の性的搾取は未だに人権侵害とさえ考えられていない。女性差別と外国人(特にアジア系外国人)差別が相乗的に働き、女性達を搾取している。この事態を放置したままで、真の人権の確立はあり得ない。

 なお、以上の詳細は『人身売買と受入大国ニッポン~その実態と法的課題』(京都YWCA・APT編、明石書店刊、2001年12月)を参照されたい。


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