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国際人権ひろば No.41(2002年01月発行号)

特集

インドのスポーツ産業にみる児童労働防止の取り組み

岩附 由香(いわつき ゆか)
ACE(エース)代表

 世界で5歳から14歳の子ども2億5千万人が働いている現状を打開しようと国際機関やNGOなどが取り組みを行っているのはよく知られているが、産業側が主体となって取り組むケースはほとんど知られていない。インドのパンジャーブ州ジャランダールでSGFI(Sports Goods Foundation of India:インドスポーツ用品財団)が取り組むChild Protection Project(児童保護事業)はそのひとつである。2001年9月に現地を訪れ、プロジェクトを視察した。このレポートは、現地の取材とそこで入手した資料をベースにしているが、入手可能な関連参考文献を最後にあげている。

産業側の取り組み開始の背景

 サッカーボール産業の取り組みの背景にはメディアの存在がある。1995年~97年にかけて欧米でこの産業の児童労働の実態が幾度もテレビ、雑誌で報道され、関係機関および消費者の関心が高まり、企業側へのプレッシャーとなった。「夢を売るはずのスポーツ産業が子どもを搾取してはならない」と産業側も乗り出したのである。

 1997年、まずILO(国際労働機関)、ユニセフ、パキスタンのサッカーボール産業が、子どもたちを就労から解放し、教育の機会を提供するとともに、内部および外部のモニタリング(児童労働が起きていないかを監視する)システムを設置することを明文化したアトランタ協定を結んだ。これを受けて、同年、パキスタンのシアルコットにおいて、関係団体の協力を得ながら、産業側が主体となって取り組む児童労働防止のプロジェクトがスタートした。それに次いで、インドのジャランダール(人口100万人)でも2000年1月より取り組みが開始されたのである。

SGFIとモニタリング

 SGFIはサッカーボールの生産・輸出企業25社(現32社)が児童労働防止のプロジェクトを始めるために設立した財団で、運営資金はメンバー企業からの出資のほかWFSGI(世界スポーツ用品産業連盟)やFIFA(国際サッカー連盟)などからの資金援助でまかなっている。 

 一般的にボールは各家庭で手縫いされ、仲介業者を通じて企業へ渡る。このため製造・輸出業者は誰が実際に縫っているのかを把握するのは容易ではない。そこで重要になってくるのがこのプロジェクトの2本柱のひとつとなるモニタリングである。

 モニタリングのために、下請けの家庭やスティッチングセンター(8人以上が集合してボールを縫う場所)にいる縫い手をすべて登録するデータベースが作成されている。データは、企業が下請けに出している各家庭のひとりひとりの名前や性別、学歴などを記した名簿を集めたもので、SGFIに提出されている。こうして登録された場所には赤いSGFIのプレートが掲げられる。

 つまり、この赤いプレートが掲げられているところは、モニタリングの対象であり、その場所でもし児童労働が行われていたり、また登録されていない場所でSGFI加盟企業のボールが縫製されていたりした場合は24時間以内にSGFIに連絡が行くようになっている。SGFI加盟企業のボールは内側にスタンプが押してあり、どの企業のボールか判別できるようになっている。

 企業それぞれが内部モニタリングの担当者をおいていることに加えて、FIFAが出資して民間の監査会社による外部モニタリングも実施している。この会社はSGFIから随時登録データを受け取り、データベースをアップデートし、6週間に一回、出発直前にデータベースから無作為に抽出した場所を抜き打ち調査する。2000年1年間に70人、2001年1月から9月までに125人の児童労働が確認されている。実際に事務所を訪れたが、この外部モニタリングはかなりしっかりと実施されているという印象を受けた。

子どもに教育を

 プロジェクトのもう一つの柱は子どもの教育である。SGFIは24の学校を運営している。私が訪ねた2ヶ所はいずれも、政府の学校の授業が終わったあと校舎を借りて、2時間の授業を行っていた。通っている子どもたちは、その学校近辺に住んでいるものの貧しくて就学できない子どもたちで、親が月100ルピーを受け取れるほか、子どもたちに制服や教科書も支給され、毎日おやつも配られている。人気が高く順番待ちまであるほどだ。

 2000年には、地元のNGOに委託し劇などを通じて子どもの教育の大切さや児童労働の弊害を訴えるなどの意識向上キャンペーンを実施している。

家庭の反応

 実際にいくつかの家庭を訪れ質問する機会を得た。ある家庭では夫婦で売店を経営する傍らボールを縫って生計を立てている。10年の経験があり、1個あたり20ルピー(約60円)受け取れるラグビーボールを1日10個縫うという。ボールの種類と数はその日によってまちまちで、ボールも高級なものは皮が厚く縫いにくい分値段も高くなる。「子どもたちに将来、サッカーボールを縫う仕事を継いでほしいか」という筆者の質問に対し、答えはNOで、オフィスで働く仕事についてほしいという。「SGFIのプロジェクトで何か変化があったか」との問いには、怪我をしたときに救急セットがもらえたこと(登録されたどの場所でも支給される)、また仕事が来るようになったことをあげた。一方、別の家庭では「何も変わらない」との返答もあった。

SGFIがもたらした変化

 当初輸出をしている企業だけで始まったSGFIだが、国内向けのボールを製造している地元の会社も加わり、企業の地域の児童労働への関心が高まっている。また、インドのその他の産業からも視察に来るなど、インドにおける産業界の取り組みの先駆例となっている。とくにインドでは、家庭内での労働が支える産業が多いことから、モニタリングシステムなどが他の産業にも適用できるのではなかろうか。

ワールドカップキャンペーン

 世界の約3分の2の人口が注目するという2002年ワールドカップサッカー。その影にある児童労働問題にはどれぐらいの人が注目するのだろう。児童労働を考えるNGOである私たちACEでは現在、サッカーボールなどの産業に携わる児童労働の廃止を訴える「グローバルマーチ・ワールドカップキャンペーン」を実施している。キャンペーンの詳細や写真は、ACEのホームページ参照(http://www.jca.apc.org/ACE)。

参考文献:

・平井肇編『スポーツで読むアジア』(世界思想社発行、2000年)の深沢宏「サッカーボールは誰が作るのか-搾取されるアジアの子どもたち」
・U.S. Department of Labor, By the Sweat & Toil of Children, 1997
(http://www.dol.gov/dol/ilab/public/media/reports/iclp/sweat4/soccer.htm)