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国際人権ひろば No.30(2000年03月発行号)

国際刑事裁判所規程の批准に向けて

前田 朗(まえだ あきら)
東京造形大学教授

 90年代前半、日本軍「慰安婦」をはじめとするアジア太平洋の戦争被害者が立ち上がり戦争犯罪と戦後補償をめぐる議論が高まった。90年代後半は、戦争犯罪を隠蔽し侵略戦争を正当化し、ナショナリズムを煽る論調が流行した。「日本だけが責任を問われるのはなぜだ」などと幼稚で無知な反論がメディアを席巻した。

 責任を問われているのは日本だけではない。戦争犯罪や権力犯罪の事実を解明し責任を追及する試みは世界各地で粘り強く続けられている。ドイツはユダヤ人に対する補償を続けている。90年代には旧ユーゴスラヴィア国際法廷とルワンダ国際法廷が発足し、ジェノサイドや人道に対する罪や戦争犯罪を捜査し、責任の所在を明らかにしてきた。ピノチェトやポルポト派の責任追及も注目を集めている。カンボジアは国内法廷を主張しているが、国際社会では「ポルポト派による大規模で重大な犯罪については国際法廷で裁くべきだ」との意見が強い。東ティモールについても、インドネシア政府報告書と国連人権委員会報告書とでは、見解が分かれた。人権委報告書は国際的な調査と和解の努力を求めている。その背景には旧ユーゴとルワンダでの経験やICC規程の作成という積み重ねがある。

ICC規程採択

 1998年7月17日、ローマで開かれた全権外交官会議で、戦争犯罪を裁く常設の国際刑事裁判所(ICC)を設置するためのICC規程が採択された。賛成120(日本も含む)、反対7(米国、中国、イスラエル、イラク、リビア、カタール、イエメン)、棄権20である。

 ICC設立は、国連の半世紀に及ぶ課題であった。国連総会は1948年にジェノサイド条約を採択し、50年に「ニュルンベルク原則」を決議し、さらに戦争犯罪の法理を定式化しICCを設立する作業を国際法委員会に委ねた。国際法委員会は50年代に作業を進めたが、冷戦の対立が厳しかったこと、「侵略」の定義について一致が得られなかったことから作業は中断した。

 90年代に状況が大きく変わった。第一に、ソ連・東欧社会主義の崩壊により冷戦の終了を見た。第二に、旧ユーゴとルワンダの悲劇を目の前にした欧州・アフリカ諸国がICCの重要性を痛感した。第三に、NGOが飛躍的に発展し、国際舞台での発言力を得てきた。国際法委員会の作業も急速となり、96年にはICC規程草案と人類の平和と安全に対する罪の法典草案がまとめられた。 さらに、国連は作業を急ぎ、98年6月~7月にかけてローマで全権外交官会議を開催した。

 この間、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウオッチ、ワールド・フェデラリスト・ムーヴメントなどの国際NGOは「ICCを求めるNGO連合(CICC)」を組織し、800のNGOを結集して、より強力で効果的なICCを実現するべくロビー活動を展開した。ローマ会議には「ICCにジェンダー正義を求める女性コーカス」も活動した。

 ローマ会議では、連日、ICCの基本性格、管轄権行使の方法、ICCの構成、手続規定をめぐって激しい論争が闘わされた。 なかでも最後まで紛糾したのが、被告人についてのICCの裁判権に承諾を与える国家はどこか、である。犯行地国が承認すれば裁判できるのか、それとも被告人の国籍国の承認がなければできないかの対立である。世界に展開している自国軍兵士が処罰される事態を恐れる米国等はあくまで国籍国の承認を要求し、冒頭のような投票結果となった。

国際刑事裁判所規程の特徴

 ICC規程は全13部128条からなる。基本原則を紹介すると、第一に、ICCは「国際的な関心の対象となる最も重大な犯罪に関して人について裁判を行う権限」を有する。ジェノサイドや人道に対する罪のような重大犯罪だけを裁く。

 第二に、ICCは、国内刑事裁判所が有効に機能している場合には介入しない。武力紛争が起きた後に、その国で被疑者の訴追・裁判が行われていれば、ICCは手を出さない。これを「補完性の原則」という。

 第三に、ICC規程には罪刑法定原則(法律なければ犯罪なし、法律なければ刑罰なし)や遡及適用禁止、上官の責任(犯罪を知っていたのに止めなかった上官の責任)、時効不適用も確認されている。

 裁判所の構成は、初めての常設裁判所らしく大規模かつ新鮮なものとなっている。特筆されるのは、ジェンダー・バランスへの配慮である。裁判官は国際的に評価された刑事法専門家、国際法専門家等から選ばれる。選挙は締約国の秘密投票による。 世界の主要な法制度や地域を代表し、男女のバランスをとるよう考慮する。女性・子どもに対する暴力について専門知識を有する裁判官を必要とする。被告人の防御権も整備されている。弁護人の弁護を受ける権利、反対尋問権等である。女性証人(被害者)保護プログラムも採用されている。刑罰は30年以下の拘禁刑、例外的に終身刑が認められている。死刑は認められていない。

批准に向けて

 ICC規程は60カ国が批准すると正式に成立することになっており、現在は各国の批准が待たれている。99年末ですでに90カ国が署名したが、批准はまだ5カ国(イタリア、セネガル、サンマリノ、トリニダードトバゴ、フィジー)である。しかし、批准に向けて国内法改正を行っている国(フランス、スウェーデン等)もあり、早期批准が期待されている。

 NGOグループのCICCは、各国の批准を促進するための活動を継続している。「CICC日本支部」*も研究会を開催したり、政府に情報交換を求めてきた。99年11月には「アジアネットワーク(ACICC)」も発足した。

 ICCの現実化については、米国や中国の賛成が得られていないため、楽観することはできない。設立されても現実に効果的なICCとなる保証もまだない。西欧諸国やNGOは米国等にも呼びかけながら、効果的なICCの実現を追及している。

 日本政府の動きも鈍い。日本政府は規程の採択に当たっては一定の役割を果たしたが、その後、批准に向けた動きはこれといってみられない。早期の批准を求める市民の運動が必要である。

* 国際刑事裁判所問題日本ネットワーク

TEL:03-3353-4341
FAX:03-3353-9300
http://member.nifty.ne.jp/uwfj/icc/index.htm