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国際人権ひろば No.124(2015年11月発行号)

特集 3.11から4年-復興が不可視化するもの

「復興」による不可視化と、抗う「起民(Upstanders)」の声

藍原 寛子(あいはら ひろこ)
ジャーナリスト・Japan Perspective News

 ふたつの「復興」―福島に共存する「上からの復興」と、「下からの復興」

 

 東京電力福島第一原子力発電所から約10キロに位置する浪江町。かつて東北電力の「浪江・小高原発」計画で町を二分する議論を経て、建設を取りやめに追い込んだこの町の馬場有(たもつ)町長は、震災から丸4年の2015年3月、交流と文化保存活動をする地元町民の会「プロジェクト浪江」の発足にあたり、こうあいさつした。

 「私どもの町に『復興』はない。まずは上下水道などの『復旧』で、それはマイナスからのスタートだ。だが、町に戻らないという町民も年々割合が増えている。だから私は、『復興』ではなく、『創建』を目指したい。『不撓不屈』、『決してあきらめない』、その気持ちでみなさんとともに頑張ってまいりたい」(2015年3月22日)。

 東日本大震災以降、国・復興庁は「創造的復興」を打ち出し、5年間「集中復興期間」を設けて取り組んできた。だが馬場町長は、戻らない町民が増えた町に「『復興』はない」という。

 

 主体なき「復興」が生む「会話の境界」

 

 この4年8か月の間、「復興」の掛け声のもとで、福島ではどのようなことが行われてきただろうか。2013年には大手広告代理店が委託を受けて、第三回の東北六魂祭が福島市で開かれた。経済効果は37億円で大成功だったという報道がなされた。また、福島県はJRとタイアップした観光誘客キャンペーン「デスティネーション・キャンペーン」を2015年4月から6月まで開催。いずれも外から多くの人を招き入れ、非日常的で、華やかで、希望にあふれるイベントだ。

 一方で、浪江町同様に原発事故の放射能汚染にさらされた自治体は、区域指定が解除になった後も、住民は避難先から戻ってこない現実が進行している。帰還困難区域で人が住めない地域が町内に残っている。人もいない、土地もない、コミュニティもなくなっている。

 馬場町長が言う「復興はない」という言葉は、国や県が語る「復興」と、地元の人々が語る「復興」には相当の距離があることを伝えている。その二つの「復興」―国が言う「復興」をここでは「上からの復興」とし、住民や市民生活で考える「復興」を「下からの復興」と考えると、今、その二つの「復興」が屹立(きつりつ)しているのが、福島の現状なのである。

 さらに主体者を明言しないままに「上からの復興」が進んでいる問題が挙げられる。相手の「復興」が、自分にとっての「復興」とは異なることが会話の中で判明したとき―個人と個人の間に会話の境界が現れ、両者を隔て始める。さらに行政やメディアが、人々の日常生活の中にまで「復興」というスローガンを入り込ませるとき、「復興」は、評論家の故鶴見俊輔氏の言う「お守り言葉」 (その言葉を使えば誰もが他人からの批判をかわすことができる言葉)となり、個人個人の会話の境界を深めていく。

 

 過去の復興が生んだ「復興災害」―その光と影

 

 東日本大震災復興基本法で国は、その基本理念の中で「被害を受けた施設を原形に復旧すること等の単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生を視野に入れた抜本的な対策及び一人一人の人間が災害を乗り越えて豊かな人生を送ることができるようにする」ことが復興政策であるとしている。

 ところが、過去の歴史をたどれば、「一人一人が災害を乗り越えて豊かな人生」を送るということよりも、復興という名目で、人々の顔の見えない、全体主義による問題を生んできた。首都大学東京の山下祐介准教授は、「復興は以前の状態よりもよりよい状態になる意を含んでいる。しかしながら(中略)ここでいう「復興」は必ずしも「被災者の復興」を含むものではないように感じられる」 と述べる。

 神戸松蔭女子学院大学の池田清教授によれば、過去の関東大震災や戦後、阪神淡路大震災という災害・人災ののち、我が国は「開発・成長型復興」を進めたが、同時に言論弾圧や軍閥増長、企業倒産・失業増による恐慌やファシズムという「復興災害」を引き起こした。このため、戦後の復興でうたわれた「人間復興」や沖縄の「本土との格差是正」「自立的経済発展」は達成されず、「捨て石」や「犠牲」となってきた。また、阪神淡路大震災の復興は、ゼネコンの大型プロジェクトにより、住民の貧困化が進み、被災自治体の財政危機を招いた。

 また、愛知大学大学院の宮入興一教授は、日本のグローバル化と市場原理主義の下で東日本大震災が起きたあとは、軍事、政治、経済で「災害資本主義(ショックドクトリン )」化が始まっており、それらは「災害ミリタリズム」、「災害ファシズム」、

「災害ネオリベラリズム(災害新自由主義)」が起きていると批判している 。

藍原さん1.jpg

除染が進む福島県飯舘村

 

 変換装置としての「復興」

 

 他の大震災や戦争に比べ、東日本大震災で大きく異なるのは、原発事故に伴い、半減期が長い放射能の拡散があったという点である。問題解決が一世代にとどまらない放射能の問題。住民の不安と「復興」はどのように結びついているのだろうか。そこには別のものへの変換装置としての「復興」の存在がある。

 放射能汚染や拡散による健康影響への不安を「復興」で変換しようとした例がある。原発事故を受けて急きょ、福島県放射線リスクアドバイザーに任命された長崎大学の山下俊一教授である。まだ原発事故から10日の2011年3月21日、山下氏は講演会の中でこう話している。

 「福島、福島、福島、何でも福島。これはすごいですよ。広島・長崎は負けた。福島の名前の方が世界に冠たる響きを持ちます。ピンチはチャンス。最大のチャンスです。何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です。まず。震災、津波で亡くなられた方々。本当に心からお悔やみを申し上げますし、この方々に対する対応と同時に、いち早く原子力災害から復興する必要があります。国の根幹をなすエネルギー政策の原子力がどうなるか、私には分かりません。しかし、健康影響は微々たるものだと言えます」。

 核の国際的な取引を分析する歴史学者のガブリエル・ヘクトは「核には排除の理論がある」と述べる。核被災後の「復興」は、こうした核の作用も加わって、被害や困惑を見えなくし、問題の所在をあいまいにする便利なフィルターにもなり得る。前述の「災害ネオリベラリズム」にも通じるところだろう。

 

 被災の不可視化に抗う「起民(Upstanders)」 の声

 

 米ニューヘブン大学でホロコーストのレジスタンス運動研究者のローレン・ケンプトンは、抗う人々は「Upstanders」で、「生命や尊厳を奪おうとするものに対して恐れずに立ち向かった人たち」だという。Upstandersについては、ジャーナリストのサマンサ・パワーの著作に詳しい。傍観者(Bystanders)から、問題の主体者として立ち上がった(Upstanders)人々。その形は、文学、芸術、武装、日常生活など多岐に現れる。福島の原発事故にも「Upstanders」が存在している。筆者はそれを「起民(Upstanders)」と訳した。打ち捨てられ、存在を見えなくされる「棄民」への抵抗として、自主避難をしたり、問題を指摘する人々である。

 福島県や国が自主避難者に対する住宅支援の打ち切りを決めた2015年5月、参議院議員会館で院内集会が開かれ、福島市から京都に避難している宇野朗子さんはこう言った。「避難は国が決めるのではありません。私たちが決めるのです」。被災の主体者としての「起民」の言葉だ。冒頭に紹介した浪江町の馬場町長の訴えにも通じる。ジャーナリストのレベッカ・ソルニットが『災害ユートピア』で述べる大災害という「地獄の中に作られたパラダイス」、かすかな希望を原発事故後の福島で見ようとするのなら、生命や尊厳に対して抗う起民たちの声に耳を傾けることだ。それが不可視化されようとする存在を可視化していくことにほかならない。