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国際人権ひろば No.121(2015年05月発行号)

特集 女性差別撤廃条約と日本のマイノリティ女性

マイノリティ女性らによる実態調査の声を政策の実現に向けて

李 月順(リ ウォルスン)
アプロ代表・関西大学非常勤講師

在日コリアン女性の実態調査の取り組み

 
 日本社会でマイノリティグループであるアイヌ女性、部落女性、在日コリアン女性は、民族的出身、世系、国籍などに基づく差別と女性差別の複合した差別の問題に直面してきた。また、それぞれのマイノリティグループの女性たちは、複合した差別の問題に直面してきただけでなく、日本社会で周縁化され、不可視化された存在でもあり、それぞれが分断された状況にあった。アイヌ女性、部落女性、在日コリアン女性は、生きにくさの根底にある差別の問題に取り組む中で出会った。これまで周縁化され、不可視化され、分断されてきた存在であったマイノリティ女性たちは、反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)の呼びかけによって集まり、1999年複合差別研究会を発足した。その研究会のメンバーが中心となって、女性差別撤廃委員会の2003年第4・5次日本政府審査に合わせて、事前にレポートを提出しただけでなく、アイヌ女性と部落女性のメンバーがニューヨークに行き、国連の委員たちに実情を訴えた。こうした活動を通じて痛切に感じたことは、マイノリティ女性自らの問題を提示し、訴える客観的データの必要性であった。
 このようなマイノリティ女性のニューヨークでの活動は、日本政府に送られた統括所見に反映され、マイノリティ女性に関する具体的な情報が日本政府のレポートに欠落していることと包括的な情報を次回のレポートに求めるといった内容が勧告に盛り込まれた。その後、日本政府のマイノリティ女性の実態調査に向けた進展が見られない状況が続く中、複合差別研究会でともに活動していたマイノリティ女性たちは、自らの手でマイノリティグループの女性の実態調査に取り組むことを決めた。
 在日コリアン女性に関しては、在日外国人の治安・管理を目的とする統計の対象であっても、人権の主体としての公的な実態調査の必要性にもとづく対象として扱われてこなかった。また、在日コリアンの調査の中の一部として扱われた調査はあるとしても在日コリアン女性を主体とした調査はなかった。ニューヨークでのマイノリティ女性の活動に同行し、客観的データの必要性を感じた一人の在日コリアン女性の呼びかに呼応して、在日コリアン女性の実態調査プロジェクトである「アプロ」(朝鮮語「前へ」)が結成された。関西を中心とする37名の在日コリアン女性と、このプロジェクトに賛同した多くの人たちによって調査が取り組まれた。有効回答818名(1,350部回収)のデータをもとに分析し、2007年『在日朝鮮人女性実態調査』報告書にまとめた。
 

 マイノリティ女性・協働のネットワーク

 
 アイヌ女性・部落女性・在日コリアン女性、三者のマイノリティ女性は、それぞれの問題意識に沿って調査表を作成したが、共通する設問分野として「教育、仕事、社会福祉、健康、暴力」を設定した。それは、女性差別撤廃委員会から日本政府に送られた「総括所見」の中で強調されていた分野でもあったからである。共通する設問分野について三者が話し合いを続けていく過程で、「アイヌ・部落・在日朝鮮人をはじめとする多様な主体を、マイノリティ女性という一言で表現する危うさ、安易な「連帯」はない」(※注)という問題意識を共有しながら、具体的な共通の課題に共に取り組むことでゆるやかなネットワークと協働関係が創られていき、マイノリティ女性フォーラム開催へとつながっていった。
 2007年に第1回マイノリティ女性フォーラムが北海道で開催され、2009年に第2回大阪、2012年に第3回沖縄、2014年に第4回が東京で開催された。第3回のフォーラムでは、沖縄の女性たちと共同でフォーラムを開催することによってマイノリティ女性のネットワークが拡がった。このフォーラムは、沖縄の女性が置かれてきた/置かれている現状と活動や運動の一端を知り、考える機会ともなった。沖縄の過去と現在を学ぶプログラムに参加することで多くを学んだ。6月にフォーラムが開催されたことから、沖縄「復帰」や沖縄戦での犠牲者を弔う「慰霊の日」(6月23日)について考えさせられた。何よりも沖縄で活動している女性たちと出会ったことが大きかった。そして、第4回では、「DPI女性障害者ネットワーク」と共同で開催したことによって、さらにマイノリティ女性のネットワークが拡がった。フォーラムでは、「DPI女性障害者ネットワーク」自らの実態調査を通して、明らかになった障害のある女性の生きにくさや複合差別の実態が報告された。また、「DPI女性障害者ネットワーク」が障害者差別解消法制定(2013年6月)の過程で、障害を持つ女性の視点が含まれるように尽力した経験からは多くの示唆を得た。三者で始まったマイノリティ女性フォーラムは、フォーラム開催を重ねるなかで三者以外のマイノリティ女性とつながり、ともに学び合い、協働のネットワークが創られてきた。
李月順さん1.jpg
女性差別撤廃委員会第6次日本審査に先立って日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク主催によるランチブリーフィングで委員に訴える(2009年)
提供:反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)
 

 実態調査の声を政策の実現に向けて

 
 2009年8月7日女性差別撤廃委員会の日本政府報告に対する総括所見では、マイノリティ女性に言及する勧告が出された。その勧告には、「マイノリティ女性の政治及び公的活動への参加に関する統計資料の欠如に留意する」「マイノリティ女性を含む女性の代表に関するデータ及び情報を次回の定期報告で提供するよう要請する」といった実態調査を促す内容となっている。また、「複合差別を受けているマイノリティ女性の状況に関する情報および統計データがないことを遺憾に思う」「マイノリティ女性に対する差別撤廃のために、政策的枠組みの設置や暫定的特別措置の採択を含む効果的な措置をとるよう促す…先住民族・アイヌ・部落・在日コリアン及び沖縄の女性を含むマイノリティ女性の状況に関する包括的な調査を実施するよう求める」(傍線筆者)といった「複合差別」の視点が入った勧告となっている。日本政府にマイノリティ女性の実態調査を促すだけでなく、アイヌ女性・部落女性・在日コリアン女性といった具体的なマイノリティ女性を併記し、実態調査の実施に言及していることは、三者が自らの手でおこなってきた実態調査やそれをもとに活動してきた成果といえる。
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参議院議員会館で開催されたマイノリティ女性フォーラム(2014年11月19日政府交渉)
提供:反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)

 これまで、アイヌ女性、部落女性、在日コリアン女性は、日本政府に対し、勧告を誠実に実行することを求めてきただけでなく、三者が行った実態調査をもとに、マイノリティ女性に関する具体的な取り組みや政策実現に向けた提言や働きかけをしてきた。成果のひとつに内閣府男女共同参画局と初めて意見交換会の場を持つことができたことがある。しかし、マイノリティ女性に関する政策実現に向けて、まだまだ壁は厚く、三者が行った実態調査をもとにしたヒヤリングの要望さえ受け入れられていない(2014年11月19日政府交渉)。
 このような活動に関連して、日本社会に蔓延する民族的排外主義にもとづくヘイトスピーチやヘイトクライムが、在日コリアン女性に対する社会的暴力であることを看過してはならない。ヘイト街宣が活発化する前から、朝鮮学校の女子生徒は、身体的暴力のターゲットにされてきただけでなく(「チマチョゴリ事件」)、ヘイトスピーチによって精神的暴力にさらされてきた。この背景には、このような社会的暴力に対し公的な取り組みや対策が行われず、放置されてきたことがある。2007年アプロの実態調査報告書での在日コリアン女性の声は生かされず、差別の状況は変わらない。ヘイトスピーチやヘイトクライムによる暴力は社会に蔓延し、一層深刻化している。
 マイノリティ女性が人間として尊厳ある存在として生きるためには、女性差別撤廃条約の具現化を図ることと政策実現にむけたより一層の協働が求められる。
 
『立ち上がりつながるマイノリティ女性』反差別国際運動日本委員会、2007年。この調査時は、表記を「在日朝鮮人」とすることにした。