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国際人権ひろば No.120(2015年03月発行号)

人権さまざま

絆(きずな)

白石 理(しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪 所長

世界人権宣言
第1条
.....人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。

第28条
すべて人は、この宣言に掲げる権利及び自由が完全に実現される社会的及び国際的秩序に対する権利を有する。

第29条
1 すべて人は、その人格の自由かつ完全な発展がその中にあってのみ可能である社会に対して義務を負う。
2 (略)
3 (略)
 
 
 2015年1月フランスで風刺週刊誌の本社が二人組に襲撃され、編集長を含む12人が死亡、8人が負傷した。時を同じくして別の場所で、3人目の犯人が警察官を射殺し、その後ユダヤ系の食料品店に立てこもった。ここでも4人が犠牲になった。犯人はいずれも過激なイスラム教グループと関係するフランス人。彼らの行動は、預言者ムハンマドを冒涜(ぼうとく)したことへの報復であり、イラクとシリアで勢力を広げる「イスラム国」に対する攻撃に加わるフランスに対する反撃であったという。この一連の事件は3人の犯人が射殺されて一応の終息をみたが、3人の警察官を含む17人の犠牲者が出たことに世界中が衝撃を受けた。これは言論の自由に対するテロ攻撃だとしてフランスをはじめ、ヨーロッパそして世界各地から抗議の声が上がった。
 
 この事件では、犯人がイスラム教徒であることのほかに、アフリカからの移民を親に持つ若者であるという点に注目が集まった。フランスは、多民族、多宗教、多文化からなる社会である。かつての植民地からの移民とその子孫は、苦境を克服する人もいる反面、多くの場合、社会の主流から外れ、失業、貧困のうちに治安も生活環境も劣悪な地域で、悲惨から抜け出せず、将来への希望も持てない。そんな世界に生きる意味を見いだすことはできないと、麻薬と犯罪に染まっていく者、社会に対する憎しみと怒りを過激な行動でぶちまける者もいる。「フランスの伝統を護ろう」とするグループの移民排斥、異文化に対する不寛容、人種主義を唱える運動はさらに勢いづく。「自由、平等、博愛」を18世紀の革命以来掲げてきたフランスの現実である。
 
 いかなる場合にも、無防備な市民を標的にするテロ、残虐な殺戮を正当化することはできない。しかしこのような行動をイスラム教過激グループのテロ、宗教の問題という説明は表面的すぎる。社会のあり方に複雑に絡んだ原因がある。
 
 社会的不平等が「頑張って成功を手に入れる」可能性をつぶし、対立や格差が人々の絆(きずな)を断ち切る。世界人権宣言が求める「同胞 (フランス語では『博愛』と同じfraternite) の精神をもって行動」する基盤が崩れ、社会の一体性を破壊していく。社会的に弱い立場に置かれた人びとの排除、異質なものに対する拒否、理不尽な格差と全人口の数パーセントの人に集約された力と富。同じ人間として生きながら、社会的基盤も価値も共有しない。敵対する相手ではあっても、協力者ではありえない。この事件の背景にある、社会の底辺で生きる者の反逆という要素を忘れるわけにはいかない。
 
 このような社会からの疎外(そがい)と絶望感から極端な行動に走る者は、マイノリティグループに限らない。排外主義を標榜してヘイトクライム、ヘイトスピーチを繰り返す極右集団にも、そのような人たちがいる。社会から疎外された人たちが自分たちの疎外の原因を求めて攻撃の的を社会の「異質分子」に絞る。
 
 止まることのない格差の拡大が、社会の一体性を崩し、民主社会を機能不全に陥れるという経済学者の著書が評判になった。フランスの経済学者、トマ・ピケティの『21世紀の資本』。先進国で進む格差を減らすために富の再配分を求めているという。日本も例外ではない。統計を見てもかつて国民の大多数が「中産階級」と考えていたという日本社会に、貧富の格差が広がっている。所得分配の不平等を示すジニ係数は上がり、相対的貧困率も上昇している。先進国の中でも高い貧困率である。
 
 日本社会が今のところ免れている社会不安がある。自然災害や暴動が起きるたびに襲撃される商店やマーケット。治安に不安を抱き、邸宅を高い塀で囲み、警報設備と、銃を持った警備員を配置する特権層。名ばかりの民主主義と途方もない格差。社会の一体性など期待すべくもない。これは開発途上国ばかりではない。先進国でも見られる現象である。
 
 一体性が保たれている社会では、人と人とが何らかの形でつながっている。互いに知り合った仲ばかりではない。知らない人びとが制度でつながり、支えあう。人が人として大切にされるための絆である。国が支える社会保障制度はそのようなものであるはず。人は、人権と自由が保障される社会、人としての成長と可能性を追求することができる社会に生きる権利を持つ。このような社会、そこに生きるだれにも安心と安全が約束される社会を崩してしまわないために、人権の保障が不可欠。世界人権宣言のメッセージである。
 
 テロ攻撃危機への対処は、警備と監視の強化や軍事力の強化ばかりではない。社会の一体性を保つため、社会的そして経済的公平、公正を確保するため、人と人の絆を取り戻し、すべての人が一人の例外もなく大切にされる社会に向けての行動を、手遅れになる前に起こしたい。