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国際人権ひろば No.119(2015年01月発行号)

人権の潮流

精神・知的障がい者と死刑―死刑執行停止の必要性と課題―

山口 薫(やまぐち かおる)
アムネスティ・インターナショナル日本 キャンペーン担当

 2014年3月27日、静岡地方裁判所は極めて画期的な再審決定を下した。48年間、えん罪の可能性が極めて高いとされる袴田事件の袴田巖さんの再審開始を認め、釈放した。証拠のねつ造等を指摘し、無罪の可能性を示唆し、釈放しなければ「耐え難いほど正義に反する」とまで決定で述べた。再審開始決定の段階で死刑囚として釈放されたのは初めてのことであった。
 袴田さんは、80年代当時は無実を強く訴えるなどしていたにもかかわらず、長年の拘束により拘禁反応を発症した。何かをつぶやき、神や天皇と交信をするなど述べ、コミュニケーションを図ることが困難な状況に陥った。死刑囚は長年の拘束により、精神的に追い込まれていく。精神・知的障がい者に対し、死刑を執行することが適切といえるのか、死刑執行停止の必要性について検討する。
 
 

 世界の死刑廃止の潮流

 
 死刑制度を維持する先進国は、今ではアメリカと日本のみである。アムネスティ・インターナショナルの調べによると、2013年に法律上・事実上(10年以上死刑の執行停止をしている国)の死刑廃止国は140カ国に上る1。日本においては死刑廃止の動きは停滞しており、2014年は11月末現在で3件の執行が行われている。
 しかし、死刑制度をかたくなに維持するアメリカですら、18州が死刑廃止、存置する州においても執行数は減少傾向にある。2009年に52件の処刑が行われたが、2013年は39件に減っている。一方で、EU加盟国では死刑廃止がその加盟条件とされている。死刑は基本的人権の侵害であって、生きる権利を侵害する残酷で非人道的な刑罰であるとする「死刑廃止条約」(自由権規約第2選択議定書)は1989年12月に国連で採択され国際基準になっているが、日本は加盟していない。
 そして、死刑存置国であっても、死刑の適用と執行に関し人権保障のため最低基準を設け、尊重するよう国際社会は変容しつつある。未成年や、妊婦、高齢者や精神障がい者などに対し、死刑の適用および執行を制限する国連決議が行われている(国連経済社会理事会決議第1984/50号「死刑に直面する者の権利の保護の保障に関する決議、国連経済社会理事会決議第1989/64号「死刑に直面する者の権利の保護の保障の履行に関する決議」、国連人権委員会決議第2005/59号」)。
 
 

 精神障がい・知的障がいを有する死刑囚の処遇

 
 精神障がい者等に対する死刑の適用および執行は除外すべきだとされる理由は、刑罰を理解する能力に欠けるというものである。
 まず、訴訟が提起された時点では、被告人に刑事責任能力がなければならない。実行行為時に心神喪失の状態にあった者は、責任能力が認められず、刑が減免される(刑法39条1項)。また、心神耗弱の場合は、刑が減刑される(同条2項)。この責任能力については、裁判官(裁判員含む)が能力の有無を判断するのであって、精神科医の専門的知識は補充的なものとされている。したがって、精神科医による精神鑑定が行われ、責任能力に欠けるという意見が付されたとしても、最終的には裁判官が判断することになる。
 次に、死刑判決が確定すると、死刑執行を待つことになる。2014年11月現在、128人の死刑確定囚が存在しており、彼らは長期間に渡り厳重な隔離状態に置かれることになる。しかし、死刑執行が停止される例外的な規定として、「心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によって執行を停止する」ことが定められている(同法479条1項)。死刑執行時に心神喪失状態であれば、執行は停止されなければならない。この執行停止が求められる理由は、受刑能力を喪失しているためと考えられる。犯罪の実行行為時の能力だけでなく、刑の目的を達するためには受刑能力が必要となる。
 そもそも刑罰の目的は、懲罰、矯正および抑止効果である。刑罰を科そうとする場合に、懲罰にならず、矯正もできない、また抑止効果も表れないとすると、刑罰として機能しない。精神障がい等を有する死刑囚の場合、刑罰の目的を達することが不可能であるから、適切な治療を施すことが必要である。米国最高裁は、精神障がい者等の死刑執行に反対する判決を下している(フォード対ウェインライト事件、1986年)。その理由の中で、ルイス・パウエル判事は、死刑の懲罰機能として、自分が受けようとする刑罰とそれを受けなければならない理由を理解しない者に対しては死刑執行を除外することを述べている。したがって、受刑能力を回復させ、懲罰、矯正の意味を理解できる状態にしなければならない。
 
 

 日本の現状

 
 日本では、死刑制度についての情報は、法務省・検察によって秘密とされている。処刑がいつ、どこで、誰に対して行われるのか、事前に知らされることはない。執行後、その日の午前中に法務省が発表するだけである。死刑囚に対しても、執行の1~2時間前に知らされるだけである。
 法務省は、死刑囚の心情の安定を理由に、情報を事前に伝えないと主張している。アメリカでは情報を公開し、処刑を家族や被害者遺族・マスコミが見守る場合もある。国家が人の命を奪うという死刑を誰もチェックできないという日本の死刑制度の在り方は、それだけでも大きな問題である。
 前述の袴田さんは、最高裁で死刑が確定した後の1991年ごろから、拘禁反応がひどくなっていった。拘禁反応とは、刑務所などの拘束された状態で起こる精神障がいであって、幻覚や妄想などの症状がおきる。特に日本の死刑囚については、独居房で過ごすうちに、孤独の中、死の恐怖に日々おびえ、精神がさいなまれていく。毎朝次は自分が処刑される番だという恐怖にさらされることになる。死刑囚と接してきた精神科医の加賀乙彦氏によると、この拘禁反応は、環境を変えればかなり改善される病気であるという。定期的な医師による診察によって、精神状態を確認することが必要である。
 2014年7月に行われた国連自由権規約委員会による日本政府報告審査では、その総括所見において、「死刑執行に直面する人が『心神喪失状態』にあるか否かに関する精神状態の検査が独立していないこと」ことに留意すると述べ、さらに、「(b)…死刑確定者に対して非常に例外的な事情がある場合であり、かつ、厳格に制限された期間を除き、昼夜独居処遇を科さないことにより、死刑確定者の収容体制が残虐、非人道的あるいは品位を傷つける取扱いまたは刑罰とならないように確保すること、(e)死刑確定者の精神状態の健康に関する独立した審査の制度を確立すること」を勧告した2。日本の現在の死刑囚に対する処遇は、国際的にみて最低基準を満たしていないといえる。日本政府は、この勧告を真摯に受け止め、改善を図らなければならない。
 2014年4月21日に行われた参議院決算委員会において、ある議員が谷垣法務大臣(当時)に対して、袴田さんは心神喪失の状態にあり、死刑の執行停止を本当はやるべきだったのではないかと質問した。それに対して谷垣大臣は、「個別の死刑確定者の精神状況がどうであるかというようなことはコメントはしないことにしております」と答弁、日本では第三者機関のチェックも、国会議員ですらも死刑囚がおかれている状況を確認することが保障されていない。
 
 

 おわりに

 
 2014年11月のある集会にて、上京した袴田さんとお会いすることができた。体調はどうですか、の問いに、「ええ、すこぶる元気です」と答え、散歩が日課だという話をしたときには、「歩くことは幸せの道につながるんだな」、と楽しそうに話していた。まだ拘禁反応から回復したとは言えないが、釈放から8カ月経過し着実な変化が認められる。国際基準から大きく逸脱している死刑囚の処遇は、直ちに改善されなければならない。さらに、死刑という刑罰自体が犯罪者の生命を奪うという点において、その運用においては第三者機関の厳格な監視が重要となる。その上で、死刑制度の廃止を前提にした真摯な議論が求められる。
 
 
 
 
1:アムネスティ・インターナショナル 2013年の死刑判決と死刑執行 http://www.amnesty.or.jp/library/report/pdf/statistics_death_penalty_20140327.pdf
 
2:自由権規約日本審査の総括所見2014(日本語版:NGOによる仮訳) http://www.amnesty.or.jp/library/report/pdf/CCPR2014_concluding_observations.pdf

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