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国際人権ひろば No.108(2013年03月発行号)

特集 人権指標

人権を測るということ -LGBTIに関する人権指標-

則武 立樹(のりたけ りつき)
大阪大学大学院法学研究科博士後期課程

 

日本におけるLGBTIを取り巻く状況

 
 近年、国際・国内裁判を通じて、LGBTI1に関する権利保護は一定程度進みつつあるが、そうした裁判の場で法的救済を得られるケースは非常に限定的であるために、種々の問題が山積したままである。
 例えば、性同一性障害者の戸籍上の性別変更に関して、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が2003年に成立し、翌年施行されたものの、ホルモン拡充療法や性別適合手術は国民健康保険適用外であることから、実際に身体的性別と性自認の間の同一性に不安を抱えている人にとって治療の第一歩が踏み出しにくいという問題が残っている。また、法務省は、刑事収容施設におけるホルモン拡充療法は、「極めて専門的な領域に属するものであること、また、これらの治療を実施しなくても、収容生活上直ちに回復困難な損害が生じるものと考えられないことから、特に必要な事情が認められない限り、法第56条2に基づき国の責務として行うべき医療上の措置の範囲外にある3」として原則不要との見解を示しているが、ホルモン療法の中断から生じる様々な身体的・精神的負担をなんら考慮しておらず、性同一性障害者への政策的サポートが十分に徹底されていないことがわかる。
 また、同性愛者に関しては、同性間パートナーシップの法的保障が一向に進まないことに問題があり、日本では、依然として同性婚もパートナーシップ制度4も創設されていないために、婚姻の代替に養子縁組を流用するか、あるいは、公正証書を事前に作成して遺産相続等の取り決めを当事者双方で行うほかない状況である。
 このように、LGBTIの権利保護の促進を考えた際には、裁判による事後的な法的救済のみでは対処に限界がある。では、こうした状況の中で、いかに彼らの権利保護を促進すべきか。その方法として着目すべきは、国際レベルでは既に開発及び利用が行われている「人権指標」の存在である。
 
 

国際レベルでの人権指標の実践とその問題点

 
 人権指標の先駆的な取り組みとしては、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の指標がある。OHCHRは人権指標を「①人権規範や人権基準5と関連し、②人権に関する事柄や原則を取扱い、またはそれらを反映しうる、③人権の促進と保護を評価し、監視するために使われうる、出来事、活動、あるいは結果の状態に関する特定の情報」と定義し6、抽象度の高い人権規範や人権基準を政府に実効的に履行させるため、より明確で具体的な定量的な統計データを用いた指標を提示している7
 しかし、残念ながら、OHCHR作成の人権指標を使用したとしても、LGBTIの権利保護の促進が今まで以上に図られるとは考えにくい。なぜならば、当該指標はそもそも「権利ベース」、つまり、指標が「健康権」や「生命の権利」などの個々の権利ごとに項目立てられているために、その中身は極めて包括的であり、その対象として、マイノリティであるLGBTIが浮かび上がりづらいからである。この点は、人権指標の生みの親である元国連特別報告者のポール・ハント氏が、ミレニアム開発目標(MDGs)を「脆弱な個人及び諸集団(vulnerable individuals and groups)に配慮していない8」と批判し、人権の観点を含めた指標を新たに作成することを提唱したことからOHCHRの人権指標が発展してきたという経緯があるにもかかわらず、結局のところ、MDGsで批判された点を克服できていないと言わざるを得ない。確かに、OHCHRは幾度となく人権指標の改良を行い、2012年の最新版の指標においては、「Disaggregation(細分化)」の項目を新たに作成し、指標の使用段階でLGBTIに注意を払うべき旨が明記されてはいるが、該当する項目は幾分限定的であり、彼らが実際に抱える問題に全て対応する指標であるとは言い切れないであろう。
 それゆえ、人権指標というツールを用いてLGBTIの権利保護の促進を推し進めるには、彼らに特化した「主体ベース」の指標の開発が急務であり、OHCHR作成の「権利ベース」の人権指標と共に、相互補完的に使用されるべきなのである。
 
 

LGBTIに関する人権指標案

 
 そこで、上記の問題意識から、試案として今回LGBTIに関する人権指標を作成した。
 LGBTIに関する人権指標は、横軸を、現在、国内外の裁判等で問題となっている事象を基に、①性同一性障害者及びインターセックスの法的性別の承認、②性的指向に基づく刑罰の廃止、③LGBTIの健康、④刑事収容施設における処遇、⑤教育現場におけるLGBTIの処遇、⑥住宅供給におけるLGBTIへの配慮、⑦LGBTIに対する社会保障の適用、⑧雇用におけるLGBTIの処遇、⑨性的指向および性自認に関する表現、⑩LGBTIの政治への参画、⑪LGBTIの家族形成、⑫同性愛者の難民該当性の計12項目の構成とし、縦軸はOHCHR作成の人権指標で用いられている形式を借用し、「構造指標―過程指標―成果指標」の3段階の構成とした。
 まず、構造指標とは、人権の実現・促進のために必要となる国家の基本的な制度的メカニズムの有無に関連するものを指しており、その指標項目として、上記①の「性同一性障害者やインターセックスの法的性別の承認」の例を挙げれば、欧州人権裁判所判決等で参照されるように、「私生活を尊重される権利」が同問題の鍵となる権利であるために、「日本が批准した私生活を尊重される権利に関する国際的人権文書の有無」や「当該権利に関する憲法上、国内法規上の保障の有無」、そして、「性同一性障害者の身分証明書の性別記載変更に関する国内法の有無」などが設定できる。
 次に、過程指標は、人権の実現・促進のために国家が採るより具体的な政策手段に関連するものを扱い、その指標項目としては、「法的性別の承認に関する国内人権機関/人権オンブズパーソン/その他のメカニズムにより調査され、裁定された申立の割合と、当該申立で政府による効果的な対応がなされた割合」や、「性同一性障害者の法的性別の承認に関する広報の媒体数」などを設定しうる。
 そして、成果指標は、人権の実現状況・達成度に関連するものであり、例えば、「性同一性障害者の戸籍/出生登録簿訂正数」や「性別無記載の保険証等の公的文書の発行数」などを指標項目として設定する。
 つまり、権利保障の前提となる「私生活を尊重される権利を規定する国内法」に基づき(構造指標段階)、「戸籍訂正に関する広報」などのより具体的な政策手段が採られ(過程指標段階)、その結果、「戸籍訂正数」の数値が増減する(成果指標段階)という仕組みである。そして、人権規範や理念が反映された人権指標の示す基準と政府の実施する政策とを照らし合わせて評価を行うことで現在のLGBTIを取り巻く人権状況が可視化でき、未達成の部分については、当該基準に則すよう政策の改善を政府に促すことで事前的な人権保障が可能となるのである。
 繰り返しになるが、LGBTIの権利保護の促進に関しては事後的な法的救済のみでなく、事前的な人権保障が同時に必要である。それゆえ、事前的な人権保障に資する当該指標の更なる改良について、今後も引き続き検討したい。
 
 
 
 
 
1: LGBTIとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックスのそれぞれ頭文字を合わせた総称である。同性愛者はその性的指向(同性へと性的関心が向かうこと)ゆえに、トランスジェンダーは生来的な身体的性別と性自認(自らが認識する性別)の差異ゆえに、法的にも社会的にも差別されている。
2:「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」を指す。
3:2011年6月1日法務省矯成第3212号「性同一性障害等を有する被収容者の処遇指針について(通知)」2頁引用。
4:パートナーに配偶者と同じような権利を認める制度。
5:指標に反映されるべき「人権規範や人権基準」としては、世界人権宣言、自由権規約、社会権規約などの国際的人権文書の条文や各委員会の一般的意見や国際・国内裁判判例で示された問題点等がある。
6:The Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights Human Rights Indicators: A Guide to Measurement and Implementation” 2012, p.16.
7:Ibid., pp.88-101.
8:The Economic and Social Council The right of everyone to the enjoyment of the highest attainable standard of physical and mental health” E/CN.4/2003/58, para.51

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