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国際人権ひろば No.101(2012年01月発行号)

人権の潮流

欧州評議会の人種差別に関するセミナーに参加して~欧州における人種差別禁止に関する共通基準の現段階

師岡 康子(もろおか やすこ)
外国人人権法連絡会運営委員

 2011年1月10日から11日にかけて、トルコの首都アンカラにて、欧州評議会(Council of Europe) の「人種主義と不寛容に反対するヨーロッパ委員会」(European Commission against Racism and Intolerance、略称ECRI)主催のセミナー「人種的、民族的、宗教的もしくは他の偏見に基づく差別に反対するたたかい」に参加した。欧州では、各国で差別禁止法の制定、改正が進む一方で、イスラム教徒への暴言・暴行などの差別(イスラモフォビア)の進行、反移民を掲げる政党の伸張が共通の問題となっている。150人近くの国際機関、欧州の機関、NGO、研究者らが集まり、最新の理論的問題や実践について問題意識を共有した。

ECRIのセミナーとは

 欧州評議会は1949年、法の支配、民主主義などを共通の理念とする欧州の統合を目的として設立され、翌年、欧州人権条約を締結した。政府間組織であり、執行部は各国外相から成る閣僚委員会である(2011年12月1日現在、47カ国加盟)。他方、欧州連合(EU)は、同じく欧州の統合を目的とするが、経済協力体を原点とする超国家的組織であり、別組織である(同、27カ国加盟)。
 ECRIは、1993年に設立され、加盟国における人種、民族、宗教などの差別や外国人嫌悪等の状況をチェックして国別のレポートを作成するとともに、加盟国が人種差別などに関する政策決定する際のガイドラインとして「一般的政策提言」を作成している。2010年のフランス政府によるロマ追放に対する批判など、具体的な問題について声明を出す活動も行う。さらに1~2年に一度、 共通の問題を検討する場として公開のセミナーを開催している。今回のセミナーにおけるプログラムの構成は下記のとおりであった。
 
<セッション1>「委員会とその国際的パートナー~協力と相乗作用」
パート1「人種主義と人種差別とのたたかいにおける協力と共通のアプローチおよび向上のための示唆」
パート2「ヨーロッパの共通基準を適用する~ECRI一般的政策勧告No.7、欧州連合平等指令と枠組決定」

<セッション2>「表現の自由と人種主義・人種差別との闘い―前進する方法」
<セッション3>「特別の機関と人種主義・人種差別との闘い」
<セッション4>「差別と闘う―新たな挑戦」
  「ヨーロッパにおける反ジプシー(ロマ)の動きの新たな再興か?」
  「同性愛者に対する差別との闘い」
  「宗教的差別との闘い」
  「統合された社会」

欧州における差別的表現への刑事規制に関する共通基準の進展

  本稿では、諸テーマのうち、欧州における人種差別禁止についての基準の進展状況(セッション1・パート2)について紹介したい。欧州における人種差別撤廃に関する現在の基準の中核は、2000年に採択された欧州連合の民族・人種平等指令(Directives implementing the principle of equal treatment between persons irrespective of ethnic or racial origin)である。雇用、教育、労働条件、職業関係の団体への参加、社会保障、物品・サービス等広範囲に及び、民間部門のみでなく公務部門も規制対象とする。指令には法的拘束力があり、加盟国はこの指令に合致した国内法の整備を行う義務がある。ドイツ、フランスなどは、2000年代に、この指令等に見合うよう、包括的な差別禁止法を新設した。
 他方、ECRIは2002年、一般的政策勧告No.7「人種主義と人種差別と闘うための国内法」を採択した。憲法から民事・行政法、刑事法に及ぶ28項目の全般的ガイドラインであり、かつ12ページの解説が添えられている。法的拘束力はないが、ECRIが加盟国の審査をする場合の基準となっており、改善を促す圧力となっている。
 たとえば、同勧告は、差別的表現につき下記の行為が意図的に行われた場合に、刑事法で処罰するべきと規定している。
①人種、皮膚の色、言語、宗教、国籍又は国民的あるいは民族的出身を理由とする個人または集団に対する
 a)暴力、憎悪または差別の公然たる煽動、
 b)公然たる侮辱・名誉毀損、
 c)脅迫
②人種主義的意図をもった、人種、皮膚の色、言語、宗教、国籍又は国民的あるいは民族的出身を理由とするある集団の優越性を主張するイデオロギーの、または、軽視あるいは中傷する、公然たる表現。
 さらに、2008年には、欧州連合は差別的表現につき刑事罰規制を求める「刑事法による人種主義と外国人嫌悪のある形態と表現と闘う評議会枠組み決定」を採択した。第1条第1項aは「意図的に、あるグループの人々もしくは人種、皮膚の色、宗教、社会的身分又は国民的若しくは民族的出身により規定されるグループのメンバーもしくはグループに対する暴力や憎悪を公然と煽動することにつき、各締約国は、刑事罰をもって規制しなければならない」と定め、同条第2項は、「締約国は、公共の秩序を害する方法で行われた場合若しくは威嚇的、罵倒的あるいは侮辱的な場合にのみ罰することを選択することができる」としている。この決定は法的拘束力があり、加盟国は2010年11月までに、この決定に沿う法改正を行わなければならない。
 欧州でも、長年、差別的表現規制と表現の自由の関係について議論されてきており、差別的表現につき最も広範囲で厳しい規制を求めている国連人種差別撤廃条約第4条a項について、日本と同様、保留若しくは解釈宣言している国もあり、2000年の上記指令の際は、差別的表現につき刑事罰を課す条項は入らなかった。しかし、2002年の上記勧告では同条項の規定内容をかなりカバーし、さらに、本決定では数年間に及ぶ検討の末に、悪質な差別的表現については刑罰で規制すべきとの法的拘束力ある合意に達したものである。
 なお、ECRIの上記勧告には「国籍」が事由として入っているが、2008年の『枠組み決定』でははずされており、国籍差別については根強い反対があり、合意に達しなかったことがうかがえる。
 本セミナーでは、これらの人権基準について、それぞれ別組織の基準も活用すべきだとの議論が行われ、たとえば、ECRIの各国審査において、欧州連合の指令や決定も基準として活用するのが有用だとの意見がだされた。
 日本政府は、国連人権差別撤廃委員会への報告書等において「表現の自由」の名の下に、差別的表現についての刑事規制につき、具体的検討の努力を一切放棄している。政府は、このような欧州諸国の共同の取り組みについて、表現の自由の侵害と批判するのだろうか?ビラまきやデモなどの表現の自由に対する弾圧の横行する日本が、差別的表現に関しては「表現の自由」を主張するのは、言訳でしかあるまい。差別的表現を容認する日本の「常識」が、世界からかけ離れていることを知るべきだろう。

トルコでも差別禁止法制定へ

 差別禁止法制定問題に関連して、興味深かったのは、このセミナーを委員会とともに共催した、開催国トルコの状況である。トルコは欧州評議会の加盟国だが、欧州連合については、未だ正式加盟は認められていない。その障害となっているものの一つが、欧州連合の求める人権基準の未到達である。セミナー開催時、政府は、性、人種などを事由とする差別的取り扱いについて、罰金をもって禁止し、また、差別を監視する機関を設置する差別禁止法案を策定し、広く大学などに意見を求めはじめた最中であった。参加者の1人であるイスタンブールビルギ大学人権法研究センターの研究者によれば、トルコで最も深刻な差別はクルド人差別であり、差別禁止法は必要だが、未だ社会的な認識が不十分であり、法成立まで1年以上かかるだろう、との見通しだった。現時点(2011年12月初め)でもまだ差別禁止法は成立には至っていないが、欧州連合加盟という強い動機があるため、いずれ成立するだろう。
 トルコでは以前より刑法上、人種などを理由とする差別的表現のうち憎悪の煽動を犯罪として禁止する刑法上の規定は有していたが、近く一般的な差別禁止法も有することになるだろう。世界の中でも、また、トルコも日本も参加する経済開発協力機構(OECD)34カ国の中でも、差別的表現への刑事規制もなく、差別禁止法ももたない日本は、ますます極少数派となっていることを実感した。

1 概要は反差別国際運動のウェブサイトを参照されたい。(http://www.imadr.org/japan/minority/roma/
2 詳しくは、ECRIのウェブサイトを参照。(www.coe.int/ecri
3 同条約第4条の内容及び議論については、「日本の民族差別 人種差別撤廃条約から見た課題」岡本雅享編著(明石書店、2005年)参照。
4 国連加盟国193カ国のうち、2011年12月1日現在175カ国が同条約を批准しており、うち第4条a項につき留保若しくは解釈宣言を行っているのは20カ国である。
5 政府の政策を批判するビラをマンションなどに入れただけで、住居侵入罪として逮捕、起訴され有罪となり(2004年イラク反戦ビラ入れ、同年共産党によるビラ入れなど)、また、近時の反原発デモでも逮捕が相次いでいる(2011年8月6日、9月11日など)。