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国際人権ひろば No.91(2010年05月発行号)

特集:問われる日本の人種差別 Part 1

国際社会から見た日本の人種差別問題―国連人種差別撤廃委員会における日本政府報告書審査より―

前田 朗(まえだ あきら)
東京造形大学教授

 2010年2月24~25日、国連人種差別撤廃委員会は第2回目日本政府報告書審査(名目上は第3~6回報告書)を行い、3月16日に多くの勧告を含む最終見解(総括所見)を公表した。
 「人種差別撤廃NGOネットワーク」に集まった多くのNGOは、日本政府報告書に対する批判・補充のNGOレポートを作成して、事前に人種差別撤廃委員会に提出するとともに、12名のメンバーがジュネーブに飛んで、委員会でロビー活動を行った。

今会期の特徴

 今回、開始前から気になっていたのは、前回2001年と比較して、あまり新味がないのではないかということだった。状況には様々な変化があったが、大枠で言えば「日本政府は変わっていない」。基本的に前回と同じようなものという印象になりかねない。前回は直前に石原慎太郎都知事の「第三国人」発言があり、内外で注目された。石原発言が公務員による差別発言であり、条約に従った対処が必要であることが、委員会によって明言された。今回は、委員会に日本の状況をどのように理解してもらうべきか、NGOの悩みの一つであった。
 他方で、日本政府はアイヌを先住民族と認めて新たな政策を打ち出している。委員会にとっても、その点は当然、評価すべき点である。先住民族と認めたと言っても、実は「先住民族の権利」を認めていないから、半分は虚偽説明だが、それまで認めていなかったことを認めた点では前進である。NGOとしても、言いたいことはたくさんあるが、どこに焦点を絞っていいのか悩むところでもあった。
 ごく最近の状況としては、在特会(在日特権を許さない市民の会)のようなヘイト・クライム(人種差別などに基づく憎悪犯罪)の激化があるので、委員会に対する直前のNGOブリーフィングでは、これを一つの柱にした。前年12月に起きた、在特会による京都朝鮮学校襲撃事件は、最近におけるヘイト・クライムの典型例であり、しかも小学校児童に対する差別と暴力という異常な事態である。在特会のような集団を放置している日本政府の責任も明瞭であり、訴えやすい。NGO主催のブリーフィング冒頭で、被害者である朝鮮学校側から撮影した映像を上映した。ブリーフィングには18人の委員のうち12人が参加して、NGOに対して次々と質問をした。この時の質疑応答が、実際の日本政府報告書審査に反映することになった。
 ところが、委員会審査直前に高校無償化から朝鮮学校を除外するとの中井大臣発言が飛び出して、状況が変化した。日本の新聞もみな委員会における中井発言批判を報道したように、「ほらみろ、日本政府はこんなに差別的だ」という証拠が、海を越えて飛び込んできたからだ。

勧告の概要

 委員会勧告は35項目に及ぶ長さであり、到底全部を紹介しきれない。まずは主要な項目の内容を列挙してみよう。
・日本政府は、人種差別禁止法は必要ないと主張しているが、それでは差別された個人や集団が補償を受けることができない。
・国内人権委員会を設置する人権擁護法案が廃案になったのは残念である。
・日本には包括的で効果のある救済機関がない。
・朝鮮学校に通う生徒らに対する有害な、人種主義的表現などに関心を有する。
・インターネットにおける部落民攻撃に関心を有する。
・日本政府は人種差別撤廃条約第4条(a)(b)の留保を再検討するよう、留保の範囲を限定するか、留保を撤回するよう促す。
・人種主義思想の流布に対して敏感になり、意識を高めるキャンペーンをするべきである。
・インターネット上のヘイト・スピーチや人種主義宣伝などの犯罪を予防するべきである。
・公務員による差別発言がなされているのに、これに対する措置が何ら取られていない。
・公務員、法執行官、一般公衆に、人種差別に関する人権教育をするよう勧告する。
・部落差別を取り扱う担当官庁がないので、部落問題を扱う機関を設置するべきである。
・アイヌ対策についてアイヌの代表が十分選出されていない。
・アイヌ民族の権利についての国家調査がなされていない。
・前進があるといっても国連先住民族権利宣言には遠く及ばない。
・沖縄の人々が被っている差別にも関心を有する。
・公的援助や免税措置について朝鮮学校などへの差異的処遇など教育に差別的影響がある。
・公衆浴場その他、人種や国籍を理由としたアクセスの権利の拒否が見られる。

定義問題

 「人種差別撤廃条約」第1条は人種差別の定義を定めている。1965年の条約であり、やがて半世紀になろうという歴史があり、解釈の歴史がある。多くの締約国が何度も何度も報告書を提出して委員会の審査を受けてきた。そこでの議論を踏まえているから、条約第1条の定義の解釈はすでにかなり固まっている。人種、皮膚の色、民族的出身、種族的出身と併記された「世系」について、委員会の解釈では、例えばインド、ネパールなどの諸国におけるカースト制、ダリットが「世系」に当たるとされている。近年の国連人権理事会(旧・人権委員会)や人種差別撤廃委員会では職業や社会的身分に基づく差別が取り上げられている。
 ところが、日本政府は委員会とは異なる独特の解釈を唱え始めた。日本政府によると、「世系」は条約第1条に明示されているので、人種や民族的出身と同じ趣旨で理解されるべきであるという。「部落差別は人種差別ではないから条約の適用がない」という結論のために作り出された解釈である。
 しかし、委員会は、日本政府の解釈を否定している。
 「8.委員会は、条約第1条1項の『世系』という用語は、単に『人種』に関するものではなく、世系に基づく差別は条約第1条に完全に含まれることを確認する。それゆえ、委員会は、日本政府に、条約に従って人種差別の包括的定義を採用するよう促す。」
 これは当然のことである。日本政府の主張が正しいなら、条約第1条にはもともと「世系」という言葉を書く必要がなかった。人種や民族的出身に加えて、わざわざ世系という言葉が挿入されている意義を否定するべきではない。
 他方、前回審査の際に「先住民族の国際法上の定義はないから、アイヌが先住民族に当たるか否かは判断できない」と、アイヌの先住民族性を否定した日本政府が、今回は、アイヌの先住民族性を認めた。2007年に国連総会で「先住民族権利宣言」が採択され、日本政府も支持した。そのことを委員会は評価した。
 しかし、ここでも問題を指摘しなければならない。第1に、先住民族と認めたと言いながら、先住民族権利宣言において承認された「先住民族の権利」を日本政府は認めていない。第2に、アイヌ政策を進めるための懇談会や各種委員会が発足して審議を進めているが、アイヌ代表が少数しか参加できない。第3に、委員会審議の席上で、日本政府の人権人道大使は「先住民族の定義はない」と断言した。政府方針として先住民族権利宣言を支持し、アイヌを先住民族と認めたはずの現在でも、大使が国際舞台で平然と「先住民族の定義はない」と言い放っている。
 このように、日本政府は国際文書の基本的な用語の定義についてさえ、国際社会と異なる解釈を持ち出し、国際文書の定義を否定している。

人種差別禁止法

 人種差別禁止法の制定も、前回勧告においてすでに明確に指摘されていた。2006年には、国連人権理事会のドゥドゥ・ディエン「人種差別問題特別報告者」報告書が人種差別禁止法の制定を勧告した(詳しくは前田朗『ヘイト・クライム――憎悪犯罪が日本を壊す』三一書房労組、2010年)。今回も同様の指摘がなされた。
 「7.委員会は、前回の最終所見(2001年)の実施のための具体的措置に関する情報が、日本政府から十分提供されなかったことに留意し、勧告の実施も条約全体の実施も非常に制約されていることは残念である。」
 「9.委員会は、国内の差別禁止法は必要ないという日本政府の見解に留意し、その結果として個人及び団体が差別について法的救済を求めることができないことに関心を有する。/委員会は前回の最終所見の勧告を強調し、日本政府に対して、条約第1条にしたがって、条約によって保護されたすべての権利を含んだ、直接及び間接の人種差別を違法化する特別立法を制定することを検討するように促す。また、日本政府に、人種差別の告発を取り扱う法執行機関に、差別の実行者を取り扱い、被害者を保護するために適切な専門家・当局を置くことも促す。」
 「13.日本政府による説明には留意するが、委員会は、条約第4条(a)(b)の留保に関心を有する。委員会は、朝鮮学校に通う子どもなどの集団に対するあからさまな、粗野な言動の事件が続いていることや、特に部落民に対してインターネットを通じて有害な人種主義的表現・攻撃にも関心を有する。/委員会は、人種的優越性や憎悪に基づく思想の流布を禁止することは、意見・表現の自由と合致するという委員会の見解を強調する。そしてこの点で、日本政府に条約第4条(a)(b)の留保を維持する必要について検討し、留保の範囲を限定し、むしろ留保を撤回するよう促す。委員会は、表現の自由の行使は、特別な任務と責任、とりわけ人種主義思想を流布させない義務に対応するものであることを想起し、日本政府に対して、委員会の一般的勧告第7(1985年)と第15(1993年)を考慮に入れるよう再び呼びかける。これらの勧告は、第4条は自動執行力がないとしても、命令的性格を有するとしている。委員会は日本政府に次のように勧告する。
(a)第4条のもとで差別を禁止する規定に十分な効力を持たせる立法がないことを改正すること。
(b)関連する憲法、民法、刑法規定が、憎悪や人種主義的現象に対処する追加措置を通じるなど、とりわけ、それらの捜査および関与者の処罰の努力を強化することにより、効果的に実施すること。
(c)人種主義思想の流布に対して敏感になり、自覚するキャンペーンを行い、インターネット上のヘイト・スピーチや人種主義的宣伝など人種的に動機付けられた犯罪を予防すること。」

 条約第4条(a)(b)は、人種主義思想の流布や人種差別の煽動を犯罪として処罰する法律、人種差別助長煽動団体を禁止する法律(ヘイト・クライム法)を制定することを求めている。日本政府は条約を批准した際に、条約第4条(a)(b)の適用を留保した。理由は、表現の自由と抵触すること、罪刑法定原則と抵触することなどである。
 国際機関からの勧告だけではなく、日本社会の現実からも人種差別禁止法が必要である。
 第1に、ヘイト・クライムの現状である。日本政府は、日本にはそのような犯罪がないから法規制も必要ないという。しかし、日本政府は実態調査を行っていない。調査もせずに「ない」と断言してきた。チマ・チョゴリ事件や、在特会のような犯罪集団には目を閉ざす。
 第2に、表現の自由との関係である。日本政府は、人種差別の刑事規制は表現の自由に反すると主張している。委員会は、人種差別の規制と表現の自由は矛盾しない、それどころか、表現の自由を守るためにこそ人種差別の刑事規制が必要だと指摘している。
 第3に、罪刑法定原則との関係である。日本政府は、人種差別の刑事規制が罪刑法定原則に反すると一般的に述べている。世界では多数の諸国がヘイト・クライム法を有している。アメリカの過半数の州が同法を有して、長年運用している。これら諸国の法律はみな罪刑法定原則に反しているのだろうか。
 第4に、日本政府は、ヘイト・クライム法が表現の自由や罪刑法定原則に抵触すると述べながら、同法だけではなく、あらゆる人種差別禁止法の制定を拒否している。ヘイト・クライム法は、一定の人種差別言動を犯罪化したり、刑罰を加重する刑事法である。他方、人種差別禁止法は刑事法だけではない。憲法、民法、行政法、労働法など多方面の法分野における各種の規制法である。仮にヘイト・クライム法についての日本政府の懸念に根拠があったとしても、それを理由に包括的な人種差別禁止法を拒否するのは不当である。

今後の課題

 高校無償化から朝鮮学校を除外するという中井発言があったため、委員会審議と勧告は多くの新聞に報道され、日本社会に伝わった。とはいえ、伝わったのは審議や勧告のごく一部にすぎない。NGOは、東京や大阪での報告集会を開催して、勧告を活かしていくために活動している。より具体的に日本社会に伝えて、日本政府の後ろ向きの姿勢を改めさせる必要がある。
 とりわけメディアが人種差別問題について敏感になり、人権擁護の立場で報道することが重要だ。国会その他の政治の場で事実を伝え、委員会勧告の意義を理解してもらうこと。個別分野において、人種主義の克服、人種差別の抑止のためになされてきた努力をいっそう活性化させること。ヘイト・クライム法を含む人種差別禁止法の制定に向けて調査・研究と宣伝の努力。人種差別犯罪調査のための措置や立法の提案。国内人権機関創設のための立法再提案。こうした努力を社会的に広げていく必要がある。
 人種主義と人種差別の被害者は少数者であることが多い。この社会の圧倒的多数派である日本国籍日本人は人種差別被害にあうこともなく、人種差別対策の必要性を理解しないことが多い。しかし、人種差別を放置しておくと、社会が壊れていく。社会から自由や平等や信頼や尊重が失われていく。他の各種差別も増えていく。被害を受けない日本人こそが、自らこの社会の人種主義と人種差別について真剣に考えるべきである。

 


編注:最終見解(総括所見)の日本語仮訳は、「人種差別撤廃NGOネットワーク」による訳が反差別国際運動のサイト(http://www.imadr.org/japan/multi/erd/post_13/)に、日本政府の訳が外務省のサイト(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/)に掲載されています。