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国際人権ひろば No.85(2009年05月発行号)

人権の潮流

健康への権利とは―元国連特別報告者に聞く

藤田 早苗 (ふじた さなえ)
エセックス大学人権センター

 到達可能な最高水準の身体および精神の健康を享受する権利(健康への権利)に関する初代国連特別報告者、ポール・ハントさん(2002年 8 月-2008年 7 月、現在エセックス大学ロースクール教授)へのインタビューをもとに構成したもの。
 

健康への権利とは


 健康への権利は世界人権宣言に掲げられ、また国家が起草し加盟している法的拘束力のある国際人権条約にも含まれている。よってこの権利は国際人権章典として知られているものの一部である。また、多くの憲法や国内法にも含まれている。
 2000年まで「健康への権利」の内容は不明確だったが、その年、独立専門家のグループである社会権規約委員会が、世界保健機関(WHO)やNGOなどの協力を得て、この権利をわかりやすく説明する「一般的意見14番1」というものを作成した。
 では、「健康への権利」とはどういう内容を含むのだろうか。この権利は単に健康である権利ではなく、医療、安全な水へのアクセス、適切な衛生設備、安全な労働環境、健康に関する情報と教育、またその他の健康に不可欠な条件となるものへのアクセスを含む。さらに政府に対して、差別や不公平を是正する義務を課す。
 この権利は不利な立場にある個人やコミュニティが、前述のようなこの権利に不可欠な条件となるものに確実にアクセスできるように政府に要求する。つまり、社会正義の要素ももつ。またこの権利は健康に関する政策や計画によって影響を受ける人が、それらの立案や実施に関して情報を与えられて積極的に参加できるように政府に要求する。
 また、この権利は「漸進的実現」の対象であり、政府は例えば一夜にしてこの権利を実現するようには要求されないが、実現のための漸進的な努力を要求する。
 したがって、この権利の漸進的実現を計るために、指標と目標値が必要である。しかし、この権利は資源の利用可能性に影響されるものでもある。言い換えれば、例えばジャマイカよりも日本のほうがより高度な要求をされる。モニタリングとアカウンタビリティは健康への権利の重要な要素である。また、全ての人がアクセスでき、良質で公平で、迅速に対応できる医療システムはこの権利の中核である。
 この人権は国際人権法だけでなく、世界保健機関協定、アルマアタ宣言、オタワ憲章など、医療従事者によって同意された重要な文書にも含まれる。
 

貧しい国、豊かな国いずれにも重要な健康への権利


 健康への権利は豊かな国、貧困国、中所得国すべてに適用され、またそれらの国にいる富裕層と貧困層両方に適用される。前述の様に、この権利は資源の利用可能性と漸進的実現の対象である。つまり、日本には例えばジャマイカよりもはるかによい医療システム―はるかによい診療所や水の供給サービス―が期待される。なぜだろうか?それは日本がジャマイカよりも豊かな国だからである。これが「資源の利用可能性」の意味するところである。では、「漸進的実現」とはどういうことなのだろうか。それは、すべての国は着実に医療システムを改善し、その質を向上させていかなければならないということである。日本もジャマイカも現在の医療システムは5年前のものよりもよいものでなければならない。もしそうでなければ、政府は国民にどうして医療システムが改善されていないのか説明する責任がある。
 したがって、健康への権利は政府がこの権利の漸進的実現に必要なすべてを行っているかをチェックするために、モニタリング制度やアカウンタビリティ制度を要求する。これらの制度は政府から独立したもので、また、一般の人々がアクセスしやすいものでなければならない。

「ハント元特別報告者、筆者とともに」 写真:筆者提供
「ハント元特別報告者、筆者とともに」 写真:筆者提供

これらの制度は政府が実際に健康への権利を漸進的に実現するために必要なものである。また、政府が行っていることについて、その理由を説明する機会を与えるものでもある。もし政府がよいことを行っているなら、もちろん評価されるべきだ。国によってアカウンタビリティ制度は、オンブズマン、患者団体、医療専門家による組織など、と異なる。これらのモニタリングとアカウンタビリティ制度は豊かな国と貧しい国の両方にとってきわめて重要な役割をもつ。
 健康への権利に関する国連特別報告者として私は、スウェーデン政府に招待され、同国における健康への権利に関する報告書を作成した。もちろん、スウェーデンは世界で最も優れた医療制度をもつ国の一つで、私も報告書でそのことを言及している。しかし、私はこの権利に関する問題にもいくつか気づいた。私が訪問したとき、スウェーデンの精神医療は悪化していた。医療制度は非正規外国人(彼らは同国で最も弱い立場にある人たちに含まれる)に対して差別的だった。またスウェーデンの先住民族であるサミは医療制度でしかるべき待遇を受けていなかった。さらに同国の医療従事者は人権に関するふさわしい訓練を受けていない、などという問題があった。
 私は米国政府から招待を受けたことはないが、もし招待されたら、ぜひ次のようなことを知りたいと思う。4千万人以上もの、健康保険で全くまたは十分にカバーされていない人が、どのようにヘルスケアへのアクセスを確保しているのか。なぜ、経済協力開発機構(OECD)諸国の中で米国の幼児死亡率は一番高いのか。また、アフリカ系アメリカ人の幼児死亡率は白人の幼児死亡率の2倍なのか。なぜ南ダコタ州では白人の女性が産前のケアを受ける率がネイティブ・アメリカンの女性の2倍なのか。なぜ、アフリカ系アメリカ人の女性の妊産婦死亡率は、白人女性の 4 倍以上で、またヒスパニック系女性の3倍以上なのか。米国の刑務所では何人くらいの男女が精神障害に苦しんでいるのか。どうして、1980年から1999年の間に成人の肥満率がおよそ 2 倍に増加したのか。HIV/AIDS 患者の何パーセントがふさわしいケアと治療を受けているのか。HIV/AIDS のための国家の包括的な戦略計画があるのか。
 これらは健康への権利に基づく質問で、健康に関する深刻な問題を浮き彫りにする。健康への権利は魔法のようなすばらしい解決方法は提供しないが、政府がこれらの問題を認識し、客観的根拠に基づいた政策とプログラムを作成し、実施することを要求する。それはモニタリングとアカウンタビリティを必要とする。
 

健康への権利に関する義務


 健康への権利は中央政府に法的義務を課すが、地方政府のようなほかの主体にも義務を課す。地方政府はその財源のなかで、すべての人がアクセスできる包括的な医療システムを設立するために役割を果たす必要がある。また今日、製薬会社を含む企業もこの権利に関する義務を負うということが理解されるようになってきた。もちろん製薬会社の義務は、政府の義務と同様ではない。しかし、製薬会社には、その会社の株の価値を高める義務だけでなく、すべての人の薬品へのアクセスを強化するためにできるすべてを行う健康への権利義務がある。
 また、この権利は医療従事者の働きなしには実現しない。医療システムは医療専門家にかかっている。彼らは人権に従事する人たちであり、この権利を道具として使うことができる。英国での最近の研究で、健康への人権アプローチは医療サービスとケアを向上させるのに役立つということが明らかにされた。また、医療専門家にも適切な労働条件への権利があり、安全な環境で働く権利がある。もちろん、彼らにはこの権利に関する責任があり、例えば、常に敬意をもって患者に対応する必要がある。
 健康への権利は、中央政府、地方政府、医療従事者、製薬会社などの多くに、すべての人がアクセスできる、公平で効果的な医療制度を確立するためになすべきことを行う義務を課す。

1http://www.nichibenren.or.jp/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/data/CESCR_GC_13-14j.pdf


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