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国際人権ひろば No.84(2009年03月発行号)

人権の潮流

日本の女性はなぜ子どもを産ま(め)ないのか? - リプロダクティヴ・セキュリティ概念の必要性 -

谷口 真由美(たにぐち まゆみ)
大阪国際大学教員

「産まない」と「産めない」の境い目


 女性が子どもを「産まなくなった」から、日本は少子化になっているのである、とはよく聞かれる言説である。「産まなくなった」理由を分析したものとしてよく挙げられるのは、女性の高学歴化、女性の社会進出等により晩婚化が進み、結果として子どもを持たなくなったというものである。また、根本的な問題として、少子化が良い、悪いという議論はあるが、本稿ではそれは扱わない。
 女性が子どもを産まない理由は、女性自身、そしてカップルの間で、1.「子どもを産みたくないから産まない」か、2.「子どもを産みたいけれど産めない」事情がある、であろう。
 1.の「産みたくないから産まない」理由として考えられるのは、以下のものであろう。
 ①産むこと自体、考えられない、②子どもが好きではない、③子どもが欲しいと思えない、④いまの世界に生まれてきた子どもがかわいそう、⑤自分に子どもは育てられないと思う、⑥夫婦(カップル)と二人の生活が楽しい、⑦心配ごとが増えるのが嫌だ、⑧面倒くさい、⑨その他。
 また、2.の「産みたいけれど産めない」理由として考えられるのは、以下のものであろう。
 ①不妊(気味)である、②病気である、③経済的不安がある、④女性がキャリアを諦めざるを得なくなる、⑤夫が家事・育児に協力的とは思えない、⑥夫が子どもを欲しがらない、⑦ワークライフバランスなんて無理に決まっている、⑧高齢出産のリスクが高い、⑨その他の出産リスクがあるが、産科医不足などで諦めざるを得ない、⑩世界の将来を考えるととてもじゃないが産めない、⑪その他。

「性と生殖に関する安全保障」という考え方


 「産みたくないから産まない」理由は、ほとんどが自由意思によるものだ。しかし、「産みたくない」という気持ちに至るには、「産めない」理由もあると思うが、本稿で私が問題として捉えたいのは、「子どもを産みたいのに産めない」場合である。それには、どんな事情があるのか、何故そのような状況になるのか、を若干考察してみたいと思う。
 すべてのカップルと個人が、自分たちの子どもの数、出産間隔、出産する時期を自由にかつ責任をもって決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという基本的権利と、最高水準の性に関する健康およびリプロダクティヴ・ヘルスを享受する権利のことを「リプロダクティヴ・ライツ(Reproductive Rights)」という。これは、1994年にカイロで開催された世界人口・開発会議で提唱された概念で、日本では「性と生殖に関する権利」と訳されている。この権利がきちんと保障されていれば、「産みたいのに産めない」事情は無いはずである。しかし、実際は現在の日本においても、「産みたいのに産めない」事情は存在する。これは、権利が保障される基盤がないからだと考える。
 そこで、リプロダクティヴ・ライツのレンズを通して「人間の安全保障(Human Security)」を考えてみたいと思う。現在のグローバリゼーションが進む世界では、国家の安全保障という概念が、国を中心とする安全保障の概念を超えて、人間を中心とする安全保障という概念に変化し始めている。2003年に、国連の「人間の安全保障委員会」が出した最終報告書1によると、人間の安全保障とは、「人間の中枢にある自由を守ることであり、生存、生活及び尊厳を確保するための基本的な条件を人々が得られるようなシステムを構築することでもある」と述べられている。もっと端的にいえば、「欠乏からの解放、恐怖からの解放、自分自身のために行動する自由」と定義されている。
 世界の多くの女性は、就学、就職、結婚、子ども、選挙についての決断を自分以外の人が行ってしまうため、自分で行動する自由を完全に享受できていない。妊娠の調節、妊娠・出産に関わるリスクを発見・予防・管理する手段等、妊娠・出産に関する安全保障を考えられない人々が大勢いる。また、意図しない妊娠、HIV感染、妊娠・出産中に起こる重い障害による死亡や苦痛といった恐怖から逃れられない人も多い。そこで必要となってくるのは、「リプロダクティヴ・セキュリティ(Reproductive Security):性と生殖に関する安全保障」という概念である。当初は、いわゆる開発途上国で必要な概念と考えられていたが、現在の日本にとっては、これは非常に大切な概念である。

安心して産める社会とは


 日本では、未曾有の不況の中、「妊娠リストラ」が問題となっている。2006年7月27日の日経新聞によれば、女性が妊娠・出産を理由に退職させられるなど不利益扱いを受け、労使間トラブルになっているケースが、著しく増加傾向にあるという。結婚を理由にした労使間トラブルは減少傾向にあるが、妊娠・出産によるものは増加を続けている。仮に産休・育児休業を取得できたとしても、復職後に退職を迫られたり、退職せざるを得なくなるケースが後を絶たない。男女雇用機会均等法の改正により、妊娠・出産を理由にした自宅待機や身分の変更などを強要することを禁じられているが、特にこの不況下では中小零細企業では、妊産婦を雇っている余裕は無いと言われている。それが影響しているのか、日本における2007年度の年齢階級別にみた人工妊娠中絶率2を見ると、20~24歳の女性が全中絶の17.8%を占めて最も多く、次いで20~29歳の14.3%、30~34歳の11.4%、30~39歳の9.5%と続く。まさに、労働力人口としても多い年齢層に中絶率が高いこととなる。参考までに、20歳未満は7.8%である。
 また、もう一つの例は、妊婦たらいまわし事件から見えてくる、周産期救急搬送問題、出産施設の減少、医療体制の不備の問題である。妊婦たらいまわし事件は、2006年、2007年と奈良県で、2008年9月、10月には東京で起こった。これらは、妊婦の救急での搬送拒否であるが、理由の多くは「医師不足」、「NICU(新生児特定集中治療室)の満床」である。その背景には、ハイリスク妊婦の増加、不妊治療や高齢出産による低体重児の増加、医療従事者の絶対数の不足(産科医の減少及び高齢化、小児科医の不足、助産師・看護師数の不足)が挙げられる。これらの事件を見る限り、安心・安全な妊娠・出産経過をたどれる医療サービスにアクセスできるのだろうか、という不安が広がっている。
 とはいえ、母子保健の各種統計をみてみると、日本は依然としてトップレベルである。つまり、世界でも最も安心して妊娠・出産できる国なのである。例えば、周産期死亡率(1,000出産に対する周産期死亡の比率)は、2004年には3.3で先進14か国中第1位である。妊産婦死亡率(出産数10万に対する年間の妊産婦死亡数)は4.4(実数は54人)で、先進12か国中第6位である。しかし、死に至る可能性のある状態で治療を受けた妊婦は存在しており、250人に1人は死に至る可能性があった。しかし、このうちの98.6%が救命されている。そこで問題となるのは、妊産婦の約8割は生理的でかつ正常な経過を経るが、異常への転機をたどる又は危険性の高い2割の人たちに対してどのように医療的対応をするかである。しかし、現在の産科医療の現状からは、これら2割の人たちが救済されない可能性が高い。
 以上のことから、女性が子どもを産めない事情を、リプロダクティヴ・セキュリティの観点から捉えなおす必要に迫られているのではないだろうか。

1.人間の安全保障委員会最終報告書
  http://www.humansecurity-chs.org/finalreport/index.html
2.厚生労働省 平成19年度保健衛生業務報告
  http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/07/kekka5.html

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