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国際人権ひろば No.82(2008年11月発行号)

人権の潮流 Part 1

G8サミットで問われた「人権」と「NGO」

伊藤 和子(いとう かずこ) 
弁護士、特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウ事務局長

「北海道洞爺湖サミット」に対するNGOの取り組み


 2008年7月、北海道・洞爺湖で日本を議長国とするG8サミットが開催された。
 近年、G8サミット開催にあわせ、開催国を中心とするNGOが活発な政策提言や抗議行動を展開している。ひとつは、G8サミットの政策決定に市民社会の声を反映させるアドボカシーを展開する動き、もうひとつは世界の重要事をG8諸国が決めることの正当性を問い、G8こそが世界の諸問題の元凶だと告発する活動である。
 日本でも今回、NGO141団体が、サミットに市民社会の声を反映させることを目的として、「G8サミットNGOフォーラム」を結成した。貧困、環境、人権・平和の三つのユニットにわかれ、それぞれ提言書を発表してアドボカシーに取り組み、2008年4月に「CIVIL G8」を開催、首相やシェルパへの申し入れなどを行い、サミット開催時期には、世界からゲストを招いて「市民サミット」を開催した。一方、「G8を問う連絡会」という市民グループも結成され、G8サミット開催時期にあわせて、G8に反対するデモなど様々な抗議行動を展開した。
 私の所属するNGO、ヒューマンライツ・ナウ(以下、HRN)は、上記NGOフォーラムに参加したが、人権・平和ユニットの政策提言活動とは別に、HRNが日ごろより取り上げ、関係各機関に申し入れている課題について、サミット開催の機会をとらえて、G8各国への申し入れ等を行い、様々なアドボカシーを展開した。
 まず、07年9月の民主化運動が弾圧され、その後、軍事政権は自らの体制を延命させる国民投票を強行し、サイクロン被災者にも十分な救援を行わない状況が続いていたビルマに関して、G8諸国に対し、武力弾圧に公式に遺憾の意を表するとともに、軍事政権に対し、民主化勢力との無条件対話による民主化プロセスの即時実施などを求める声明を出すよう要請した。
  スーダン、特に20万人以上が虐殺され、300万人もの難民が発生していると言われるダルフールの状況につき、①世界各国に対し、直接・間接を問わずダルフールへの武器輸送を中止するよう求め、②ダルフールにおける国際人道法違反の責任追及にむけた国際刑事裁判所(ICC)の取り組みに支援表明し、③ 南北の即時停戦と包括的和平合意の遵守を当事者に強力に求める、などの内容を含む声明を発表するよう要請した。スーダンに関しては、同国のNGO やFIDH(国際人権連盟)、ヒューマンライツ・ファーストなど世界各国の約50のNGOと連携して、上記とほぼ同趣旨の連名の公開書簡をG8各国に送付し、G8サミットに向けて各国で署名やアクション、ロビー活動を展開した。
 さらに、G8参加国による「テロ対策」名目の人権侵害を批判し、①国際的に確立された人権基準および国際人道法の遵守を確認するとともに、テロ対策の名のもとに発生した民間人への攻撃・無差別攻撃、拷問などの重大人権侵害行為についての真相究明、責任追及、公式な謝罪等を図ること、②再発防止の措置を確立すること、を自らに課す声明を出すよう求めた。



人権問題の解決姿勢に乏しかった成果


 G8の発表した成果文書は、形式的には、これらの要請の一部を盛り込んだものとなった。すなわち、スーダンの事態について①全当事者に和平プロセス再開を呼びかけ、②2005年の包括和平合意の誠実な履行を求め、③自ら「ダルフール国連AU(アフリカ連合)合同ミッション」(UNAMID)支援を表明し、④すべての国に安保理決議の遵守を求める議長声明が出されている。なお、首脳会合に先立つ外相声明では、上記のほか、①スーダン政府及び関係者全員に対する国際刑事裁判所への完全な協力の要請、②人道・復興支援へのG8としてのコミットメントを盛り込んでいたが、議長声明ではこれらの点が盛り込まれず、武器禁輸も明確に表明されなかった点が遺憾であった。
 議長声明はまた、ビルマ軍政に、民主化への平和的な移行の促進とアウンサンスーチー女史を含むすべての政治犯の即時解放を求め、すべての関係者を包括的な政治プロセスに参加させるよう呼びかけた。さらに首脳会合では、急浮上した人権・人道危機であるジンバブエ情勢に焦点があてられ、ジンバブエの人権状況に関する共同声明が出されている。
 しかし、声明のこうした強い文言とは異なり、G8の人権問題解決のための現実の努力はジンバブエ問題以外、ほとんど感じられなかった。G8首脳は、2時間足らずのディナー・タイムだけで世界の人権・安全保障・軍縮問題の全ての議論を終わらせており、議論の時間の欠如は明らかであった。スーダン、ビルマ両国に影響力を有する中国や、アフリカ諸国、インド、インドネシアなどの人権問題解決のためのキーアクターが集まっていながら、開発と気候変動とは別に人権問題解決のための十分な話し合いの機会をなぜ持たなかったのか、と疑問に思う。
 一方、テロ対策に関するG8首脳声明は、法の支配、人権および国際法の尊重を確保する、と言及したものの、アフガン、イラク、グアンタナモ基地はじめ世界中の収容施設における人権・人道法違反に対する調査とアカウンタビリティ確保に関しては、何ら言及しなかった。そもそも、驚いたことにはG8主要国が侵略したイラクに関しては一言の言及もなく、「自らが無傷でいられる人権問題だけ声高」という印象を強くした。
 しかし、曲がりなりにもG8が公式に表明したことについては、責任を果たさせるよう求めていくことが重要である。たとえば、G8サミット直後、ICC検察局は、ジェノサイド等への関与が疑われるスーダン現職大統領に対する逮捕状請求をするという英断を下した。ところが、このプロセスは、スーダン政府等の圧力により難航している。外相会合議長声明でスーダン政府にICCへの完全な協力を要請したG8各国、特に議長国日本は、人権と真実究明を尊重した和平への貢献に努力する責務を果たすべきである。また、テロ対策における人権・法の支配の尊重は今後(米政権交代後)も、突きつけていかなければならない課題である。


市民活動の今後の課題


 サミット期間中は、G8に批判的な立場に立つグループも様々な活動を展開したが、警察はG8に批判的なグループの動きを「反グローバリゼーションの暴動に発展する可能性」があるととらえ、テロ対策と位置付けて過剰警備を行い、逮捕者も出る事態となった。また、G8に反対する海外の活動家や論者に対する入国チェックが厳しく、約53名が入国審査の段階で拘束あるいは国外退去となったと言われる(サミット人権監視弁護士ネットワークの調べ)。サミット会場の洞爺湖は市内から遠く離れ、会場周辺は全国動員された警察に厳重に警備され、反対派が近づくことは許されない。G8に反対する正当な言論についても「テロ対策」を口実に抑え込もうとする、日本の足元の「人権状況」が問われたと言っていい。
 NGO側をみると、G8の存在を前提する政策提言NGOとG8に批判的な市民の間に十分な連携があったとは言えない状況であった。「G8サミットNGOフォーラム」の中には、G8批判に共感する人々もいたが、全く連関を持とうとしない人々もいた。同フォーラムに所属する政策提言NGOのうち政府の許可を得た者は、メディア・センター内に設けられたNGOデスク使用が認められ、記者会見を随時開催でき、コンピューター、コピーなどが使い放題、食事も無料で提供された。これをもって「NGOが存在感を増した」という評価もあるが、その一方ではG8を批判する正当な主張を掲げる人々が、警備対象となり、メディア・センターはおろか周辺へのアクセスも許されず、時には逮捕され、ビザが発給されなかったのである。この分断と差別は深刻である。
 また、NGOの活動が成果主義に陥り、成果の出る可能性のある貧困、環境の問題が交渉や報道の中心となり、成果に結び付きそうもない人権・平和に関わる数々の問題提起は、残念ながらG8のプロセスを通じて真剣に検討されなかったように思われる。
 とはいえ、成果が期待された貧困、環境NGOもG8サミット最終日には、口ぐちに「失望」を表明するステートメントを発表し、サミットは成果に乏しく終了した。世界の強者と言われる国々の駆け引きのなかで、整然としたロビー活動だけでは限界があったのではないか、との感想を持った。また、貧困・環境・人権など、どの分野でも、中国、インドをはじめG8以外のアクターなしに世界の問題が決められないことも明らかになった。G8への鋭い批判も含めた広範な市民のパワーと連携しながら、世界的諸課題への対応を迫っていく、という市民活動のあるべき方向性が改めて明らかになったように思う。


※注:首脳の個人代表で、G8サミットのプロセスにおいて、首脳の指示を受けて緊密に連絡を取り合いながら成果文書の準備を行う人たち。