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国際人権ひろば No.76(2007年11月発行号)

特集 インドの多様性 -人権の視角から

Part3 インド・留保制度のいま

浅野 宜之 (あさの のりゆき) 聖母女学院短期大学・准教授

■留保制度の概要


 インドは、多様性の国であるといわれる。民族は言うにおよばず、言語は憲法の附則に定められた公用語のみでも22あり、宗教的にも様々な信仰を持つ人々で構成されている。そして、いわゆるカーストと呼ばれる階層(と職業別集団とが結びついたもの)の存在が、インド社会をさらに多様で複雑なものにしている。
 留保制度とは、特定のグループに対して、議席、公務への就職あるいは高等教育機関などへの入学に当たって枠を設けるものである。インドでは、1950年の憲法制定において、連邦下院ならびに州下院議員の議席および公務への就職について、人口比に応じた優先枠を、指定カースト(以下SC)および指定部族(以下ST)に対して設けることを定めた。SCとは、いわゆるアウトカーストとして、カーストの枠外におかれたコミュニティを指し、STとはいわゆる少数民族として指定されたものを指す。現在、SCとSTに属する人は、それぞれ人口の16.2%および8.2%を占めている。また、1992年の憲法第73次、第74次改正では、地方議会の議員や首長の一部について、議席等を留保することが定められた。この改正で注目すべきは、SCやSTのみならず、女性に対しても留保を行う(女性については、議席等の3分の1を留保しなければならない)ことが定められていることである。連邦議会議員選挙等でも、同様に女性に対する留保を行おうとする主張が見られるが、こちらについては実現に至っていない。なお、憲法では当初議席留保等の制度を10年間の時限的なものと定めていたが、後に数回にわたる憲法改正が行われ、その都度期限が延長されてきている(もっとも最近に行われた期限延長のための憲法改正は2000年の第79次改正で、これにより留保規定は2010年まで延長されることとなった)。
 このような留保制度は、歴史的背景に基づいて経済的、社会的に後進な人々に対して、いわゆる「補償的」に行われるものとして認められてきた。しかし、その対象はSCやSTにとどまらず、1951年の憲法第1次改正によって、憲法に第15条4項が追加され、「社会的・教育的後進階層」への留保が認められることになった。しかし、この「社会的・教育的後進階層」という文言の基準が問題となった。すなわち、カーストが基準となるのか、あるいは経済状況などが基準となるのか、ということである。1955年提出の第一次後進階層委員会は、2399のカーストを「その他の後進諸階層(Other Backward Classes ; 以下OBCと略)」とし、人口の32%を占めているとした。しかし、その後も後進階層の定義については議論が分かれたことから、改めてその基準を確定すること等を目的として、第二次後進階層委員会(通称マンダル委員会)が設置された。

■マンダル委員会とその後の動き


 マンダル委員会報告によれば、3743のカーストが後進階層に含まれるとされ、全人口の52%を占めるとしていた。そして、公務に関しては12.5%しか占めていないことを元に、27%の留保をOBCに設けることを勧告した。この27%という数字は、1963年のバラージ判決において、留保枠は50%を下回るべき、と判示されたことによる。このようにカーストを後進性と関連づける考え方が明示された同委員会の報告であるが、政府がOBCに対して公務の27%を留保することを示した覚書に対して、提起された令状訴訟の判決(マンダル事件判決)でも、この考え方が支持されている。
 マンダル事件判決以後、さまざまな訴えが留保に関して提起され、またそれらの判決に対応するように幾度もの憲法改正がなされた。たとえば、マンダル事件判決において、SCおよびSTに対する公職での昇進は留保の対象外とされたことから、これを可能とするように新たな規定を設けた(第77次改正、1995年)のはその一例である。しかし、この他にも検討されるべき課題は多く、たとえば後進的とされるグループの中の「富裕層」の扱い、あるいは高等教育機関への留保の問題などが議論の対象となっていた。このうち、後者に関わって議論が引き起こされたのが、2006年1月施行の憲法第93次改正である。

■憲法第93次改正とその影響


 憲法第93次改正は、憲法第15条に第5項を追加するもので、これは「国が社会的及び教育的に後進的な市民又はSC若しくはSTの発展のため、憲法第30条に定めるマイノリティによる教育機関を除き、私立の教育機関を含む教育機関への入学に関して、当該教育機関が国からの援助を受けているか否かにかかわらず、特別な規定を設けることを妨げない」という内容の規定である。この改正により、従来はOBCの留保がなされていなかった、世界的にもトップクラスの教育レベルを誇るインド工科大学(IIT)やインド経営大学(IIM)などでも留保が行われうることになったのである。こうした憲法改正が行われた背景には、2006年4、5月に実施予定の数州の州議会選挙をにらんだ選挙戦略があるとも言われている。
 憲法改正後、新たに導入される高等教育機関への留保制度に対しては、とくに医師などの専門的な職業に就く者や学生などから、SC、STへの留保に加えてOBCに対し27%もの枠を設けるのは、教育機関の質の低下や、留保対象外の学生に対する差別となるという理由により反対運動が起こされた。その広がりの中で、政府は2007年から高等教育機関での留保を実施すること、この問題に関する監視委員会を設置することなどを示した。反対運動はその後も続いたが、1990年代に起きた反対運動ほどの激化は見られず、この点から、OBCへの留保制度が根付いてきた表れとみる意見もある。
 2006年10月には監視委員会の報告書が提出され、これに基づいて提出されたのが「2006年連邦教育機関(入学の留保)法」である。この法律は、政府の主張通り、2007年度の学期からSCに15%、STに7.5%、OBCに27%の留保を、一部の例外を除き行うというものである。また、一般枠の数は減らさないように、入学者総数を増やすこともまた定められている。この法律に対してもその違憲性を問う訴訟が提起され、インドの大学関係者はこれに注視しているとのことであった。

■おわりに


 インドにおける留保制度の現状について概観したが、歴史的背景も含めた複雑さにより、明確にこれを描ききることは難しい。しかも、留保をめぐる動きはさらに多様化を増しており、それはたとえば公務のみならず民間への就職についてSC・STに対する留保枠を設けることの要望であるとか、ムスリムに対する留保の要請などが挙げられる。また、自らのカーストの後進性を訴えることで留保の恩恵に与ろうとする動きも見られるなど、課題も多い。これまで、留保制度がSC・STの経済的・社会的状況の改善に役立ってきた側面は否定できないが、同時に、これを拡大しようとする政府と、ときにその拡大に慎重な意見を呈する司法との綱引きも見られるなど、国家機関各部を巻き込んでの問題の種ともなっている。「世界最大の民主主義国家」を支えるシステムでもある留保制度が、今後いかなる形で運用されていくか、注目される。

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