鄭康子(チョン・カンジャ)
韓国市民団体「参与連帯」共同代表
国家人権委員会・嫌悪差別対応特別推進委員会共同委員長
韓国の国内人権機関である国家人権委員会が、2020年6月30日に国会に対し、いわゆる差別禁止法の制定を求める意見表明を行い、法律の試案を公表した(※今回の法案の略称は「平等法」)。過去に国家人権委員会の常任委員として、包括的な差別禁止法制定に取り組んできた鄭康子(チョン・カンジャ)さんが、国家人権委員会が組織した各界の専門家による「嫌悪差別対応特別推進委員会」の共同委員長としてこの作業に参加した。日本はまだ国内人権機関も包括的な差別禁止法も存在せず、その実現にむけて法曹界、市民団体などが努力をしているところである。今回、鄭康子さんに法案の内容を中心にしながら、韓国での取り組みの現況についてホットな記事を寄稿いただいた。以下、翻訳文である。
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韓国において、差別禁止法制定のための取組みは2006年から始められた。当時、国家人権委員会(以下「人権委」)は、差別禁止法案を作成し、政府(国務総理)に制定するよう勧告した。2007年に政府(法務部主管)は、人権委の勧告案をもとに法案を提出したが、立法に失敗した。国会(第17代~第19代)も6度法案を提出したが、差別禁止法は制定できなかった。
14年が経過した2020年6月に人権委は再び、国会議長に対し、韓国社会の差別問題を解決するベースとなる差別禁止法を制定するよう意見表明をした。この法律名は「平等及び差別禁止に関する法律」(略称「平等法」)である。その数日前、韓国の野党である正義党が中心になって(正義党6名、民主党3名、基本所得党1名)、「包括的差別禁止法」を提出した。2つの法案は2006年に人権委が勧告した差別禁止法をベースにし、それを補完した内容が盛り込まれている。
差別禁止法の存在の有無は、当該国の人権のレベルを評価する一つの指標である。大部分のOECD加盟国(韓国と日本は除く)では差別禁止法が制定されてから久しい。国連の人権基準と各国の憲法は、すべての人/国民は法の前に平等であり、誰もが生活のあらゆる領域において差別されないと宣言している。こうした平等の原則は、各国の国民の基本権保障という憲法の核となる原理である。
韓国の国民の世論もこれを支持している。2020年に国家人権委員会が実施した世論調査では88.5%が、政府系シンクタンクである韓国女性政策研究院の調査では87.7%が、差別禁止法の制定に賛成した(同性愛に反対する運動団体である韓国キリスト教文化研究所は、これに反発し、40%が反対していると主張している)。
人権委が国会議長に、立法に関する意見表明として公表した2020年差別禁止法(平等法)を中心に法案の主な内容を見ていく。
1.平等及び差別禁止に関する法律試案は総5章39条で構成
(1)第1章 総則 1 目的、2 用語の定義、3 差別の概念、4 差別に該当しない場合、5 差別禁止、6 他の法律等との関係、7 適用範囲
(2)第2章 国家及び地方自治体等の差別是正義務、8 国家及び地方自治体の責務、9 差別是正基本計画の策定、10 中央行政機関等の詳細な施行計画の策定等
(3)第3章 差別禁止及び予防措置
1)第1節 雇用 11 募集・採用における差別禁止、12 賃金等における差別禁止、13 教育・研修における差別禁止、14 配置における差別禁止、15 昇進における差別禁止、16 労働時間等における差別禁止、17 解雇等の不利益な処分の禁止、18 使用者の便宜供与(合理的配慮)義務
2)第2節 財・サービスの供給や利用、19 金融商品及びサービスの提供・利用における差別禁止、20 交通手段及びサービスの提供・利用における差別禁止、21 商業・公共施設の供給・利用における差別禁止、22 土地・住居施設の供給・利用における差別禁止、23 保健医療サービス提供における差別禁止、24 放送等のサービス提供・利用における差別禁止、25 文化等の提供・利用における差別禁止
3)第3節 教育機関の教育、職業訓練 26 教育機会における差別禁止、27 教育内容における差別禁止、28 教育機関の長の便宜供与義務
4)第4節 29 参政権の行使及び行政手続、サービスの利用における同等待遇、30 捜査、裁判手続、サービスにおける同等待遇
(4)第4章 差別の救済 31 救済の申立て、32 訴訟支援、33 法院(裁判所)の救済措置、34 損害賠償、35 立証責任の配分、36 情報公開の義務、37 不利益措置の禁止
(5) 第5章 罰則 38 罰則、39 両罰規定
附則(施行日)
2. 注目すべき条文
(1) 第3条 差別事由として例示される規定として、①性別 ②障害 ③病歴 ④年齢 ⑤出身国 ⑥出身民族 ⑦人種 ⑧皮膚の色 ⑨出身地域 ⑩容姿・遺伝情報等の身体条件 ⑪婚姻の有無 ⑫妊娠または出産 ⑬家族形態及び家族状況 ⑭宗教 ⑮思想または政治的意見 ⑯前科 ⑰性的指向 ⑱性自認 ⑲学歴 ⑳雇用形態 ㉑社会的身分等である。
(2) 第3条 差別の概念には直接差別、間接差別、ハラスメント、セクシャルハラスメント、差別表示・助長の広告をもりこんだ。
(3) 第4条 差別に該当しない場合には、真正な職業資格と積極的措置をもりこんだ。
(4) 第8条 国家及び地方自治体の責務には、条例や規定、制度、政策に差別是正の責務を規範とし、社会的マイノリティ及び弱者に対する排除・嫌悪・差別を予防し、是正できるよう特別な規定をおいた。
(5) 第2章には国家レベルでの差別是正政策の策定と手続をもりこんだ。
(6) 第3章には雇用、財・サービス、教育・職業訓練、行政・司法手続等において代表的な差別行為を例示的に規定した。
(7) 第4章 差別の救済においては、非司法的救済(人権委)と司法的救済(法院(裁判所))の民事的救済)を基本にした。
(8) 第34条 損害賠償においては、懲罰的賠償制度の導入はできなかったが、損害賠償責任の賦課、損害の推定、加重的損害額の認定をすることにより、差別の故意性、持続性、被害者に対する報復性を考慮し、悪意のある差別を判断できるようにした。
(9) 第35条 立証責任の配分は、差別の被害者が被害の立証おいて経験する困難な現実を考慮し、救済における実効性を高めるために導入した。
(10) 第37条 不利益な措置の禁止条項には、差別被害者の申立、陳述等を理由にした不利益の禁止、無効、責任を課すること等の規定をおいて、被害者に対する追加の被害の予防と救済の手はずを整えた。
3. 争点になっている法案内容についての疑問に答える
(質問1)差別事由が21もあるが?
(回答) もちろん、世界人権宣言や国連の人権基準に明示された差別事由は10に満たない。差別事由の明示を多くすることで、差別の現実を明らかにする側面もあり、また差別の解釈が広がっており、差別事由に適切な対応ができると考えている。
(質問2)韓国の人権委員会法には無い雇用形態、性自認、遺伝情報が明示された理由は?
(回答)今後の立法過程において、大きな争点になるだろう。雇用形態による差別において、合理的な理由がない場合は、差別と判断し、不利な待遇等の行為が、特定の職務や事業の遂行の性質上不可避な場合には差別とはしないのである。韓国社会の非正規職差別の現実を考慮し、すでに制定されている非正規職関連の法律も考慮して含めた。性自認は国際人権基準が保護されるべき差別事由として認めており、ドイツの一般平等待遇法(AGG)、米国の公民権法第7編等、差別事由に含んでいる国が多数ある。韓国の人権委員会法の制定当時、差別事由に性的指向は明示されていたが、性自認は、落ちていたいくつかの事由の一つである。遺伝情報の場合、科学技術の発展と共に提起されている事由であり、すでに韓国には遺伝情報による差別を禁止する立法例があり、外国においても新設している推移がある。
(質問3)差別概念に含まれているハラスメントの定義において、蔑視、侮蔑、脅し等ネガティブな考えを表したり、扇動する等の嫌悪的表現をし、身体的・精神的苦痛を与える行為としているが、これは表現の自由と衝突したり、表現の自由を制限するものではないのか?
(回答)法案はハラスメントを差別の一類型としている。嫌悪表現は対象となる集団の尊厳を侵害し、歪曲し、差別を固定化するという不平等な効果をもたらす。嫌悪表現が、精神的・身体的に差別的なハラスメントである場合、差別行為であり、是正の対象である。
(質問4)差別禁止法は、個人の表現の自由や宗教の自由を侵害しないか?
(回答)表現の自由や宗教の自由は、憲法が保障する重要な基本権である。一方、国民のすべての自由と権利は、公共の福祉のために必要な場合、法律で制限されうる。個人の表現の自由や宗教の自由も他人の自由と権利を侵害しない範囲において保障される。憲法上、平等は、同じものは同じように扱い、異なる扱いをする理念に合理性がある場合には差別としない。宗教等の理由で異なる扱いをする行為が無条件に差別であると判断されるのではない。
(質問5)差別禁止法は、女性・難民・移住民・同性愛者に特権を与える法なのか?逆差別を招く
のではないか?女性・難民・移住民・同性愛者のために、誰かの権利を放棄させ、その人たちの権利を保障するのか?
(回答)差別を是正し平等を実現することは、すべての人の権利を拡げていくプロセスある。最近の新型コロナウイルスの感染拡大の過程において特定の集団・個人に対して生じている嫌悪と差別の現象は、差別は誰に対しても起こりうるということを示唆した。
(質問6)差別行為をすれば刑事処罰をされるのか?
(回答)そうではない。刑事罰規定をおいていない。差別が発生すれば、委員会が差別の是正を勧告することができ、法院(裁判所)は臨時措置命令や損害賠償責任を課する判決を出すことができる。
4. 現在、出現している対立など
人権委の意見表明と正義党の法案の発議以降、人権・市民団体、仏教界、カトリック(一部)、プロテスタント(一部)、研究者たちの差別禁止法制定を賛成する声明、記者会見が続いている。反対する側の動きも軽視できない。7月24日には「真の平等を願い、悪の差別禁止法に反対する全国連合」という団体が設立されるとともに反対の宣言に乗り出している。その翌日には「大韓民国愛国守護オモニ会」が、正義党のシム・サンジョン議員の事務所に無断侵入し、部屋の備品に悪意に満ちた落書きをした。「性的指向、性自認」「思想政治的意見」「宗教的見解」に関する条項を削除すべきということと、ひいては差別禁止法は制定してはならないという主張である。
これ以上引き伸ばすことができない韓国社会の喫緊の課題になった差別禁止法!14年間待ってきた私たちはその制定に向かってこつこつと歩みを進めている最中である。
(2020年7月27日原稿受領、翻訳 ヒューライツ大阪)
参考:
(2020年08月12日 掲載)