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性的指向・性自認に関する交差性について ―EU(欧州連合)のジェンダー平等と反差別法における交差的差別

 2016年5月にEC(欧州委員会)が発表した『EU(欧州連合)のジェンダー平等と反差別法における交差的差別』は、欧州のジェンダー平等と反差別に関心をもつ法律専門家たちのために、サンドラ・フレッドマン(Sandra Fredman)が作成した報告書です。サンドラ・フレッドマンは、オックスフォード大学法学部の教授であり、反差別法、人権法、労働法、女性と法などについて研究しています。この文書は、近年注目されている交差的差別をテーマとしており、その中でも特にジェンダーに焦点を当てています。
 今回、報告書の第3章の「文脈における交差性 (5)性的指向と性自認」を抜粋し、翻訳しました[訳注1]

性的指向と性自認
 性的指向と性自認については非常にわずかな調査しかなされていない。このことは、性的指向と性自認の分野においては、交差的問題がしばしば見えなくなっていることを意味する。性的指向と性自認に基づく同性愛嫌悪と差別に関する欧州基本権機関の報告書は、この問題に明確な関心を示した数少ない報告書の一つである。同報告書は、この問題について非常に限られたデータしか示していないが、マイノリティであるLGBTI[訳注2]、障害のあるLGBTI、高齢のLGBTIが、それぞれ差別や排除をどのように経験するのかに焦点をあてている。特に同報告書は、LGBTIの人々が「2つのマイノリティ」という立場によって直面する困難について、概要を述べている。同報告書は、立体的・重層的な交差的差別に関する分析に基づいて、民族的マイノリティのLGBTIの人々が、自身のコミュニティから性的指向や性自認に基づく差別を受けていることを示している。彼らはさらに、LGBTIのコミュニティからの人種差別や、異性愛中心の社会からのLGBTI差別と人種主義にも直面している。本報告書は、ルーマニア出身者からの聞き取りに基づき、ロマのコミュニティでカミングアウトすることの困難さを示している。人種主義や性的指向が動機となるヘイトクライムの脅威も大きくなっている。

 イギリスを本拠地とするSafraプロジェクト[訳注3]は、ムスリムのLBTI女性が直面する交差的差別について、また、性的指向や性自認と文化的・宗教的アイデンティティをめぐる彼女たちの葛藤について、非常に役に立つ説明をしている。同報告書は、ムスリムのLBTI女性が、複合的で相互に関連する被差別要因を有するがゆえに、立体的・重層的な差別や排除をどのように経験しているのかについて説明している。たとえ自身の内面の葛藤を解決できたとしても、彼女たちは、LBTIであるとカミングアウトしたり、LBTIであることを他人に知られてしまうことによって、自身のコミュニティで深刻な状況に直面する。彼女たちは家族や友人に拒絶されたり、結婚のプレッシャーを受ける。さらに、強制結婚や路上生活を余儀なくされたり、DV被害を受ける危険性や、子どもの養育権の喪失に至る可能性もある。当然のこととして与えられたジェンダー役割によって、彼女たちは、結婚して子どもをもち、夫の家庭に留まり、夫の親族に頼るよう要求される。ムスリム女性は、有償労働に就くことを思いとどまると、その代わりに、妻や母としてフルタイムで働く役割を担うことを期待されている。貧しい家庭に育ち、教育へのアクセスが限られていることは、就職の際にさらなる障害となる。Safraプロジェクトは以下のことも明らかにした。中・上階層の女性は、個人の自由を目指した、より自由主義的な家庭をもつ傾向にあるので、貧困層の女性よりも自由である。そのような家庭のLBTI女性は教育を受け、有償労働に就く傾向にあり、自身の家族からある程度独立している。

 主要なコミュニティとの関連で、ムスリムのLBTI女性は人種差別、同性愛嫌悪、トランスフォビア(性同一性障害やトランスジェンダーに対する様々な嫌悪)、そして性差別の交錯した状況に遭遇する。たとえ、公共サービス提供者がムスリム社会特有の文化に気を配っていても、彼らはムスリムコミュニティの中の多様性を無視する傾向にあり、ムスリムに関連するLGBTIや女性の権利の問題の解決より、ムスリム内の支配的な勢力のニーズへの対応を優先している。Safraの報告書は、「ムスリムコミュニティの共通の信念は、『ムスリムはゲイではない』『ゲイの人々はムスリムたりえない』ということである」と述べている。報告書はさらに、LBTI女性は子どもの養育権を有するべきではないというムスリムコミュニティの見解を推奨することによって、公共サービス提供者も差別的行為の共犯者になり得ると述べた。

 同時に、LBTIのムスリム女性は非ムスリムのLGBTIコミュニティからの差別や敵対行為に直面する可能性がある。Safraの指摘によると、主流のLGBTIコミュニティにおいては、カミングアウトを求めるプレッシャーが非常に大きい。しかしながら、カミングアウトは、人生において妥協と均衡を図ることに腐心してきたムスリムのLBTI女性にとっては困難なうえに、安全な選択肢とはいえない。多くのムスリムのLBTI女性は、目にするゲイの人たちと同質に感じることがあまりない。カミングアウトは主に白人が行うもので、飲酒を伴う社交場でカミングアウトすることが多いため、その場にムスリムは参加できないというのが理由の一つである。また、参加しても、そういった場で明らかなイスラモフォビア(イスラム嫌悪)と文化的無知に直面するかもしれない。結果として、多くのLBTIムスリム女性が主流のLGBTIコミュニティにも自身のムスリム社会にも属していないと感じている。

 DVは、LBTIのムスリム女性が直面する交差的な困難の代表例である。LGBTIであることは、ムスリムコミュニティによっては、多大な不名誉と恥を家族にもたらし得る。同時に、女性は男性と結婚するべきだというジェンダー役割を拒絶すると、現状の家父長制を脅かすものとみなされる。ジェンダー役割を強いるためにDVという手段をとる家族もいる。彼女たちは経済面で家族に依存しているため、代わりの住居を見つけることは非常に困難である。また、DV被害を受けた女性のためのシェルターは、しばしば文化的に無知であり、同性愛を嫌悪することもある。同時に、イスラム教ではLBTIであることは背信行為とみなされるため、LBTIのムスリム女性は、警察に保護を求めようとしない。この調査により、いずれにしても警察は人種主義的かつ同性愛嫌悪であるとみられていることが判明した。

 LGBTIであり、かつ障害があることは、めったに認識されず、取り上げられない交差的差別である。LGBTIの人々が集まる場所は、車椅子利用者にとってアクセスが困難である。差別事由が複数ある場合、そのうちのいくつかが無視されることがある。また、差別を受ける人が差別をする側に代わることもある。すなわち、障害のある人の性は主要コミュニティによってしばしば無視され、LGBTIの人々は障害者コミュニティでいまだに同性愛嫌悪に直面している。健常者のLGBTIの人々は障害のある人々に対して偏見を抱くかもしれない。最後に、高齢のLGBTIの人々は特に、長年にわたって同性愛嫌悪にさらされたり、同性パートナーシップに対する認識が不十分であることが原因で孤立してしまう。ドイツの研究によれば、養護施設にいるLGBTIの人々は、施設利用者やスタッフが抱く否定的なステレオタイプに直面している。

 トランスジェンダーの人々に関しては、データが非常に少ない。そのデータによると、民族的・文化的マイノリティの人々は、自身のコミュニティが主要コミュニティと同様に、または主要コミュニティよりさらに異性愛を重んじる社会であり、ジェンダーに対する認識がこり固まっていることを自覚している。高齢のトランスジェンダーの人々は、ライフサイクルのすべての段階で差別を受けてきた。しかし、介護利用で他者への依存が強まるにつれて、尊厳やプライバシーの侵害に対して、彼らは特に脆弱である。トランスジェンダーの子どももまた、独自の複合差別に直面している。
          (翻訳:稻田亜梨沙・ヒューライツ大阪インターン)

<出典>
Sandra Fredman(2016), “Intersectional discrimination in EU gender equality and non-discrimination law”
http://www.equineteurope.org/Intersectional-discrimination-in-EU-gender-equality-and-non-discrimination-law


[訳注]
1.サンドラ・フレッドマン(Sandra Fredman)、「EUのジェンダー平等と反差別法における交差的差別」(2016年)、
第3章 文脈における交差性(5)性的指向と性自認 より抜粋。
なお、第3章の構成は以下の通りである。
(1)不利な状況にある民族的マイノリティにおけるジェンダー
(2)ロマ、シンティ、移動者集団における交差性
(3)交差性を経験する場としての年齢
(4)家事労働者
(5)性的指向と性自認
(6)障害

2.LGBTIとは、いわゆる性的マイノリティの総称として用いられる表現で、レズビアン(女性の同性愛者)、ゲイ(男性の同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時の身体と性自認が一致しない人)、インターセックス(外性器が男女未分化な人)、の頭文字をとっている。
 

3.Safraプロジェクトは、ムスリムであり、かつレズビアン、バイセクシャルまたはトランスジェンダーの女性(ムスリムLBT女性)に関する問題に取り組むプロジェクトで、2001年に設立された。主な目的は、ムスリムのLBT女性のエンパワメント、彼女たちが直面する問題や彼女たちのニーズに関する意識啓発、彼女たちに対する偏見や差別をなくし、多様性を促進することである。
 Safraという言葉は、アラビア語で「旅」や「発見」を意味するSafrという言葉に由来している。

参照サイト:MUSLIMA MUSLIM WOMEN’S ART&VOICES
http://muslima.globalfundforwomen.org/content/gender-sexuality-islam

(2018年03月29日 掲載)