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委員会の一般的意見

人種差別撤廃委員会
一般的勧告35 (2013)
人種主義的ヘイトスピーチと闘う

人種差別撤廃委員会第83会期(2013年8月12-30日)にて採択

CERD/C/GC/35
配布:一般
2013年9月26日
原文:英語

I. 序文 

1.人種差別撤廃員会(以下、委員会)はその第80会期において、第81会期に人種主義的ヘイトスピーチに関するテーマ別討論を行うことを決定した。2012年8月28日に行われた討論の重点は、人種主義的ヘイトスピーチの原因とその影響は何か、および、ヘイトスピーチと闘うために人種差別撤廃条約(以下、本条約)の資源をどのように活用できるかの二点に置かれた。討論の参加者は、委員会委員の他に各国の在ジュネーブ国連機関政府代表部、国内人権機関、非政府組織、学識者およびその他関係者であった。

2.討論後に委員会が表明した方針は、ヘイトスピーチについて条約が何を命じているのかを、一般的勧告の作成をとおして明らかにすることであった。その目的は、報告書作成義務をはじめとする締約国の義務の履行を援助するためである。本勧告は人種差別に対する闘いに取り組むすべての関係者に関わるものであり、コミュニティ、人びとや国家間における相互理解の促進と持続的平和と安全保障に貢献することを目指している。

採択されたアプローチ

3.委員会が本勧告作成にあたって考慮したのは、人種主義的ヘイトスピーチとの闘いにおける長きにわたる委員会の実務であり、そのために、本条約が規定する全手続きを活用した。また、委員会が強調するのは、人種主義的ヘイトスピーチがその後の大規模人権侵害およびジェノサイドにつながってゆくということであり、紛争状況においても大きな役割を果たすということである。ヘイトスピーチをとりあげた委員会の主な一般的勧告として、第4条の実施に関する一般的勧告7(1985)1、第4条に関して、同条と表現の自由の権利との両立性を強調した一般的勧告15(1993)2、人種差別のジェンダーに関連する側面に関する勧告25(2000)3、ロマに対する差別に関する勧告27(2000)4、世系に関する勧告29(2002)5、市民でない者に対する差別に関する勧告30(2004)6、刑事司法制度の運営及び機能における人種差別の防止に関する勧告31(2005)7及びアフリカ系の人びとに対する人種差別に関する勧告34(2011)8などがある。人種主義的ヘイトスピーチという問題に直接間接に関係す る勧告が多いことには理由がある。条約のあらゆる規範と手続きを動員しないことには、人種主義的ヘイトスピーチとの効果的な闘いができないからである。

4.本条約を生きた文書として実施するために、委員会は、より広い意味での人権に取り組んできたが、このことは、条約自体が認めていることである。たとえば、表現の自由の範囲を評価するにあたって思い起こされることは、この権利が、本条約以外のところで規定されているということだけではなく、本条約に取り入れられているということである。すなわち、本条約の諸原則は、現代国際人権法において何がこの権利の性質を決定しているのかをよく理解することに役立つものである。実際、委員会はヘイトスピーチと闘う作業に表現の自由の権利も取り入れ、この権利の不遵守があればそれを指摘し、この問題に関する他の人権機関による作業も参照している9。 

II. 人種主義的ヘイトスピーチ 

5.本条約の起草者らは、スピーチが人種的憎悪と差別の風潮を生み出すおそれについて認識していたので、スピーチが実際に生み出した危険について詳しく検討してきた。人種主義は本条約前文において、「人種主義に基づく理論及び慣行」という文脈でしか言及されていないが、それでも、第4条の人種の優越性の思想の流布に対する非難と密接に関係している。「ヘイトスピーチ」という用語は本条約において明示的に使用されてはいないものの、そのことによって、委員会がヘイトスピーチの現象を明らかにして、ヘイトスピーチと呼び、スピーチの行為と本条約の基準の関係を考察することを妨げるものではない。本勧告は、条約規定全体に焦点を当てることにより、ヘイトスピーチとなる表現形式とは何なのかを明らかにするものである。

6.委員会の実務の中で取りあげた人種主義的ヘイトスピーチとしてまず挙げられるのは、第4条が規定するすべての表現形式であり、第1条が認める集団を対象にしたものである。第1条は、人種、皮膚の色、世系または民族的もしくは種族的出身に基づく差別を禁止しているので、たとえば、先住民族、世系に基づく集団、ならびに、移住者または市民でない者の集団が対象となる。移住者または市民でない者の集団には、移住家事労働者、難民および庇護申請者が含まれる。人種主義的ヘイトスピーチとして次に挙げられるのは、上記集団の女性および他の脆弱な集団の女性に対して向けられたスピーチである。さらに、委員会は、インターセクショナリティ(交差性)の原則を考慮し、「宗教指導者に対する批判や宗教の教義に対する意見」は禁止も処罰もされるべきではない10ことを認めつつも、多数派とは異なる宗教を信仰または実践する特定の種族的集団に属する人びとに向けられたヘイトスピーチにも注目してきた。イスラム嫌悪、反ユダヤ主義、種族宗教的集団に対する類似した他の憎悪表現などがその例であるが、さらには、ジェノサイドやテロリズムの扇動といった極端な憎悪表現もある。また、保護される集団の構成員に対するステレオタイプ化やスティグマの押しつけも、委員会が採択した懸念の表明や勧告の対象となっている。

7.人種主義的ヘイトスピーチが取る形態は多様であり、明白に人種に言及するものだけに限られない。第1条に基づく差別の場合のように、特定の人種または種族的集団に対する攻撃のスピーチは、その対象や目的を隠ぺいするために間接的な表現を用いることもある。締約国は本条約の義務に従って、いかなる形態の人種主義的ヘイトスピーチにも十分な考慮を払い、それらと闘うために効果的な措置を取るべきである。この勧告の諸原則が適用される人種主義的ヘイトスピーチは、それが、個人から発されたものか、集団から発せられたものかという出所とも、口頭か文書か、インターネットやソーシャル・ネットワーキング・サイトのような電子メディアによるものかという形態とも関わりない。スポーツイベントのような公衆の集まりで、人種主義的なシンボルやイメージや態度を示すといった非言語的表現形態も含まれるのである。 

III. 本条約の根拠

8.ヘイトスピーチ行為を認定し、それに対して闘うことは、あらゆる形態の人種差別の撤廃に専念する本条約の目的の達成にとって不可欠である。ヘイトスピーチとの闘いにおいて本条約第4条が主要な手段として機能してきたが、本条約のその他の条項も目的の達成のために独自の貢献をしてきた。第4条の「十分な考慮」の文言は第5条と結びつくことによって、意見と表現の自由をはじめとする諸権利を人種差別を受けることなく享有するという、法のもとの平等の権利を保障している。第7条は多民族間の相互理解と寛容を促進する上で「教授、教育、文化及び情報」の果たす役割を強調している。第2条には締約国の人種差別を撤廃するという約束が含まれるが、その義務は第2条1(d)において最も広く表現されている。第6条は人種差別の被害者に効果的な保護と救済措置を確保すること、および受けた損害に対して「公正かつ適正な賠償又は救済」を求める権利を確保することに焦点を当てている。この勧告は主に本条約の第4条、第5条および第7条に焦点を当てている。

9.最低限やらなくてはならないのは、人種差別を禁止する、民法、行政法、刑法にまたがる、包括立法の制定であり、これは、ヘイトスピーチに対して効果的に闘うために不可欠である。このことはさらなる措置をとることを妨げない。 

第4条

10.第4条の冒頭は、扇動と差別を根絶するために「迅速かつ積極的な措置」をとる義務を明記し、ヘイトスピーチの根絶のために最大限の資源を投入することを求める他の条約規定の義務を補完し強化している。「本条約における特別措置の意味と範囲に関する一般的勧告32(2009)」において、委員会は、「措置」には「立法、行政、管理、予算、および規制に関するあらゆる文書、...ならびに計画、政策、プログラムや...制度」が含まれることを明らかにした11。委員会は第4条の義務的性質を想起するとともに、本条約の採択時において第4条が「人種差別に対する取り組みの中心と考えられていた」ことを指摘したが12、その評価は委員会の実務の中で維持されている。第4条はスピーチおよびスピーチの発生の組織的文脈に関する要素を含み、ヘイトスピーチの予防および抑止の機能を持ち、また抑止が働かなかった場合の制裁を提供している。また、この条項には、別の明白な機能がある。人種主義的ヘイトスピーチは、人権原則の核心である人間の尊厳と平等を否定し、個人や特定の集団の社会的評価を貶めるべく、他者に向けられる形態のスピーチとして、国際社会が非難しているのだということを強調する機能である。

11. 冒頭とパラグラフ(a)において、「優越性の思想若しくは理論」または「人種的優越又は憎悪」のそれぞれに関して、「基づく(based on)」という表現が、本条約が非難するスピーチを特徴づけるために使われている。この用語は委員会によって、第1条の「~を理由とする(on the grounds of)」13と同様の意味であると理解され、原則として第4条にとっても同じ意味を有している。人種的優越思想の流布に関する規定は、本条約の予防的機能の明確な表現であり、扇動に関する規定への重要な補完である。

12.委員会は、人種主義的表現形態を犯罪とするにあたっては重大なものに留めるべきであり、合理的な疑いの余地がないところまで立証されなければならないことを勧告する。一方、比較的重大でない事例に対しては、とりわけ標的とされた個人や集団への影響の性質および程度を考慮して、刑法以外の措置で対処すべきであると勧告する。刑事処罰の適用は罪刑法定主義、均衡性および必要性の原則に則ってなされるべきである14

13.第4条は自動執行性を有していないため、締約国は規定の要件に従って、本条の人種主義的ヘイトスピーチと闘う立法を採択することを求められる。本条約規定、ならびに、一般的勧告15(1993)の原則およびこの勧告の原則に照らして、委員会は、締約国が以下について法律により処罰することのできる犯罪であると宣言し、効果的に処罰するよう勧告する。
 (a) あらゆる手段による、あらゆる人種主義的または種族的優越性または憎悪に基づく思想の流布。
 (b) 人種、皮膚の色、世系、民族的または種族的出身に基づく特定の集団に対する憎悪、侮辱、差別の扇動。
 (c) (b)の根拠に基づく個人または集団に対する暴力の扇動及び威嚇。
 (d) 上記(b)の根拠に基づく個人または集団に対する軽蔑、愚弄若しくは中傷、または憎悪、侮辱若しくは差別の正当化の表現が、明らかに憎悪または差別の扇動となる場合。
(e) 人種差別を扇動及び助長する団体や活動に参加すること。
 
14.委員会は、国際法によって定義されるジェノサイドや人道に対する罪を公に否定したり、それらを正当化しようとする試みが、人種主義的暴力や憎悪の扇動を構成することが明らかな場合には、法律によって処罰しうる犯罪として宣言されるべきだと勧告する。一方、委員会は、「歴史的事実に対する意見の表明」は禁止または処罰されるべきではないことも強調する15

15.第4条は特定の形態の行為を法律により処罰されうる犯罪であると宣言することを要求しているが、その条項は犯罪行為とされる行為の形態に関する条件の詳細な指針は提供していない。法律により処罰されうる流布や扇動の条件として、委員会は以下の文脈的要素が考慮されるべきであると考える。
スピーチの内容と形態:スピーチが挑発的かつ直接的か、どのような形態でスピーチが作られ広められ、どのような様式で発せられたか。
経済的、社会的および政治的風潮:先住民族を含む種族的またはその他の集団に対する差別の傾向を含むスピーチが行われ流布された時に、一般的であった経済的、社会的および政治的風潮。ある文脈において無害または中立である言説であっても、他の文脈では危険な意味をもつおそれがある。委員会は、ジェノサイドに関する指標において、人種主義的ヘイトスピーチの意味および潜在的効果を評価する際に地域性が関連することを強調した16
発言者の立場または地位:社会における発言者の立場または地位およびスピーチが向けられた聴衆。委員会は、本条約が保護する集団に対して否定的な風潮をつくりだす政治家および他の世論形成者の役割に常に注意を喚起しており、そのような人や団体に異文化間理解と調和の促進に向けた積極的アプローチをとるよう促してきた。委員会は、政治問題における言論の自由の特段の重要性を認めるが、その行使に特段の義務と責任が伴うことも認識している。
スピーチの範囲:たとえば、聴衆の性質や伝達の手段。すなわち、スピーチが主要メディアを通して伝えられているのかインターネットを通して伝えられているのか、そして、特に発言の反復が種族的および人種的集団に対する敵意を生じさせる意図的な戦略の存在を示唆する場合、コミュニケーションの頻度および範囲。
スピーチの目的:個人や集団の人権を保護または擁護するスピーチは刑事罰またはその他の処罰の対象とされるべきでない17

16.扇動とは、特徴として、他の人に、唱導や威嚇を通して、犯罪の遂行を含む特定の形態の行為を行うよう影響を及ぼすことを目的としている。扇動は、言葉によるほか、人種主義的シンボルの掲示や資料の配布などの行為を通して、明示的もしくは暗示的に行われうる。未完成の犯罪としての扇動の概念は、扇動によって実際に行動が惹起されることまでは要求しないが、第4条に言及される扇動の形態を規制するにあたっては、締約国は、扇動罪の重要な要素として上記パラグラフ14にあげられた考慮事項に加えて、発言者の意図、そして発言者により望まれまたは意図された行為がそのスピーチにより生じる差し迫った危険または蓋然性を考慮に入れるべきである。これらの考慮はパラグラフ13にあげられた他の犯罪についてもあてはまる18

17.委員会は、第4条における行為の形態が犯罪であると宣言するだけでは十分でなく、また条項の規定が効果的に実施されなければならないことを繰り返す。効果的な実施とは、特徴として、本条約にあげられる犯罪の捜査と、適切な場合には加害者を訴追することによって達成できる。委員会は、加害者とされた者の訴追における(起訴)便宜主義の原則と、その原則が個々の事例に対して本条約とその他の国際法上の文書における保障に照らして適用されなければならないことを認識している。この点および本条約のもとの他の観点において、委員会は、国内当局の行った事実および国内法の解釈について見直すことは、その決定が明白に理不尽もしくは不合理でない限り、その機能ではないことを想起する。

18.個々の事例の事実と法的条件が国際人権基準にそって評価されることを確保するためには、独立した、中立的で十分な情報をもった司法機関が極めて重要である。この点において、司法制度は人権の伸長と保護のための国内機関の地位に関する原則(パリ原則)に沿った国内人権機関によって補完されるべきである19

19.第4条は、扇動と差別を根絶するための措置が、世界人権宣言の原則と本条約の第5条に明記された人権に十分な考慮を払い、とられなければならないことを要求する。「十分な考慮」の文言は、犯罪化と適用に際して、および、第4条の他の要件を充足する際に、意思決定の過程において、世界人権宣言の原則と第5条の人権に適切な比重が置かれなければならないことを意味している。「十分な考慮」の文言は委員会によって、意見と表現の自由に限らず、人権全体について適用されると解釈されてきたが20、意見と表現の自由はスピーチの制限の正当性を検討するにあたって最も該当する原則であることを念頭に入れるべきである。

20. 委員会は、表現の自由に対する広範または曖昧な制限が、本条約によって保護される集団に不利益をもたらすよう使われてきたことに懸念を表する。締約国は、この勧告に述べられたように本条約の基準に沿って、十分な正確性をもってスピーチの制限を規定すべきである。委員会は、人種主義的スピーチをモニターし、それと闘う措置が、不公正に対する抗議や社会の不満や反対の表現を抑圧する口実のために使われてはならないことを強調する。

21.委員会は、第4条(b)によって、人種差別を助長し扇動する人種主義的団体は違法と宣言され禁止されねばならないことを強調する。委員会は「組織的宣伝活動」とは、即席の団体やネットワークを意味し、「その他のすべての宣伝活動」とは、人種差別の非組織的または即興の助長または扇動をさすと考える。

22.公の当局または機関に関する第4条(c)のもとにおいて、そのような当局または機関から発せられる人種主義的表現、特に上級の公人によるものとされる発言を、委員会は特に懸念すべきものと判断する。公人および公人でない者に適用される第4条(a)および(b)のサブ・パラグラフにあげられる犯罪の適用を妨げるものではないが、冒頭に言及される「迅速かつ積極的な措置」は、適切な場合は、職務から解くことなどの懲戒的な措置、ならびに被害者への効果的な救済をさらに含みうる。

23.委員会は、通常の職務として、本条約に留保を付している締約国がそれを撤回するよう勧告している。人種主義的スピーチに関する本条約の規定に不利益な影響を及ぼしている留保が維持されている場合、締約国は、なぜその留保が必要と考えるのか、留保の性質と範囲、国内法および政策への正確な影響および一定の時間枠で留保を撤回または制限する計画に関する情報を提供することを要請される21

第5条

24.本条約第5条は、締約国が人種差別を禁止して撤廃し、人種、皮膚の色あるいは民族的または種族的出身の区別なく、すべての人の法の前での平等の権利、とりわけ、思想、良心および信教の自由、意見および表現の自由、そして平和的集会および結社の自由を含む、市民的、政治的、経済的、社会的および文化的権利の享有における平等の権利を保障する義務を謳うものである。

25.委員会は、学術的議論、政治的関与あるいは類似した活動において、憎悪、侮辱、暴力あるいは差別の扇動を伴わずに行われる思想および意見の表明は、たとえそのような思想が議論を呼ぶものであれ、表現の自由の権利の合法的行使としてみなされるべきであると考える。

26.第5条以外にも、意見と表現の自由は、幅広い国際文書において、基本的権利として認められている。そのひとつに世界人権宣言があるが、これは、すべて人は意見および表現の自由に対する権利を有し、その権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報および思想を求め、受け、および伝える自由を含むことを認めている。22しかし、表現の自由への権利は無制限ではなく、特別な義務と責任を伴う。つまり、従うべき制限があるのである。とはいえ、その制限は法律によって規定されねばならず、他者の権利若しくは名誉の保護、国の安全、公序、公衆衛生または公衆道徳の保護のために必要とされるものでなくてはならない。23表現の自由は、他者の権利と自由の破壊を意図するものであってはならず、そこでいう他者の権利には、平等および非差別の権利が含まれるのである。24

27.ダーバン宣言と行動計画およびダーバンレビュー会議の成果文書は、人種憎悪と闘う上での意見と表現の自由の権利が果たす肯定的役割を確認している。25

28. 意見と表現の自由は、他の権利および自由の行使の土台を支え保障するものであるというだけでなく、本条約の文脈において格別な重要性を持っている。人種主義的ヘイトスピーチから人びとを保護するということは、一方に表現の自由の権利を置き、他方に集団保護のための権利制限を置くといった単純な対立ではない。すなわち、本条約による保護を受ける権利を持つ個人および集団にも、表現の自由の権利と、その権利の行使において人種差別をうけない権利がある。ところが、人種主義的ヘイトスピーチは、犠牲者から自由なスピーチを奪いかねないのである。

29.表現の自由は、人権を主張するためにも、市民的、政治的、経済的、社会的および文化的権利を享有している状態とはどのようなものなのかを人びとに知らせるためにも、欠かせないものなので、脆弱な集団が社会の諸集団との間の力の均衡を是正するために役に立つ。さらに、表現の自由によって異文化理解と寛容が促進され、人種的ステレオタイプの解体が推し進められ、意見の自由な交換が促され、別の考え方や反対の考え方が獲得されるのである。よって、締約国は、本条約の範囲内にあるすべての集団が、表現の自由の権利を行使できるような政策を取り入れるべきである。26

第7条

30.本条約第4条は、一方で、人種主義思想の流布に関する規定によって、人種主義思想の流布を“上流 ”で食い止めるものであり、他方で、扇動に関する規定によって、それらの“下流”における効果に対処するものである。これに対して、第7条はヘイトスピーチの根本的原因に取りくみ、第2条(1)(d)が想定する人種差別の撤廃に“適当な方法”をさらに詳しく説明している。第7条の重要性は、年月が経とうと衰えるものではない。つまり、第7条が提示する人種差別撤廃のための広範な教育的アプローチは、人種差別と闘うその他のアプローチを補足する欠くべからず方法である。人種主義はとりわけ洗脳や不適切な教育の産物と言うことができるので、寛容の教育および反論のスピーチは、特に人種主義的ヘイトスピーチに対する効果的対抗手段として機能しうる。

31.第7条にしたがって、締約国は、とりわけ教授、教育、文化および情報の分野において、迅速かつ効果的措置を取ることを約束している。その目的は、人種差別につながる偏見と闘うこと、民族、人種あるいは種族集団間の理解、寛容および友情を促進すること、普遍的人権原則を広めること、とりわけ、本条約に含まれる普遍的人権原則を広めることである。第7条は本条約の他の規定と同様に義務的な言葉で表現されており、“教授、教育、文化および情報”とされている活動領域も、条約義務が課される活動の領域を余すところなく表しているわけではない。

32.締約国の学校制度は、人権に関する情報やものの見方を広めるにあたって重要な出発点である。学校のカリキュラム、教科書および教材は人権のテーマを含むべきであり、国家間および人種と種族グループ間の相互の尊重と寛容の促進を目的にするべきである。

33.第7条の要件に沿った適切な教育戦略には、尊重と尊厳の平等および真正な相互関係に基づいて、十分な人的および経済的資源に支えられた、異文化間のバイリンガル教育を含む異文化間教育が含まれる。異文化間教育のプログラムは公正な利益をバランス良く反映すべきであり、意図であれ結果であれ、同化の手段として機能させてはならない。

34.教育分野において、締約国内の先住民族やアフリカ系住民を含む「人種または民族」27集団の歴史、文化および伝統に関する知識を奨励する措置が取られるべきである。教材は、相互理解と尊重の促進のために、すべての集団が、国の独自性を社会的、経済的および文化的な面で豊かにしてきたこと、ならびに、国の経済的社会的進歩に貢献してきたことを強調すべきである。

35.民族間の理解を促進するためには、均衡のとれた客観的な歴史表現が重要であるので、過去に特定の集団に対する残虐行為があった場合、状況に応じて追悼記念日やその他の公式行事を開催することによって、そのような人類の悲劇を追悼したり、紛争解決の実現を祝うことが望ましい。真実和解委員会も、人種憎悪の存続を阻止し、民族間に寛容の風土を醸成する上で、重要な役割を果たしうる。28
 
36.人種主義的ヘイトスピーチによる被害に注意を喚起するための情報キャンペーンおよび教育政策は、広く一般の人びとを取り込むことが望ましい。すなわち、宗教団体およびコミュニティ団体を含む市民社会、議員およびその他の政治家、教育専門家、行政職員、警察および公共の秩序を預かるその他の機関、および裁判官を含む司法関係者である。委員会は、人権保護における法執行官の訓練に関する一般的勧告13(1993)29と刑事司法制度の運営および機能における人種差別の防止に関する一般的勧告31 (2005)に締約国の注意を喚起する。いかなる場合も、意見と表現の自由を保護する国際規範、ヘイトスピーチからの保護を規定する国際規範を知ることが、大変重要だからである。

37.上級の公人がヘイトスピーチを断固として拒否し、表明された憎悪に満ちた思想を非難すれば、それは、寛容と尊重の文化の促進に重要な役割を果たすことになる。教育的方法と同様に有効なのは、異文化間対話の促進を、文化としての開かれた議論と制度的対話手段をとおして行うことであり、さらには、社会のあらゆる場面で機会均等を促進することであり、これらは、積極的に奨励されるべきである。

38.人種主義的ヘイトスピーチと闘うための文化や情報における戦略が、体系的なデータ収集と分析にもとづいて打ち立てられるよう、委員会は勧告する。それによって、ヘイトスピーチが出現する情況、スピーチの相手側または対象となる聴衆、伝達手段、ヘイトメッセージに対するメディアの反応を分析するためである。この分野で国際協力することによって、データ比較の可能性が高まるばかりでなく、国境を越えたヘイトスピーチと闘うための知識と手段も増えるからである。

39.情報に通じた倫理的で客観的なメディアには、ソーシャルメディアやインターネットも含まれるが、それらには、思想や意見を流布する責任を奨励する上で、重要な役割がある。締約国は、国際基準に沿ってメディアを対象とした適切な法律を整備することに加え、公共および民間メディアに対して、本条約の原則とその他の基本的な人権基準の尊重を取り入れた職業倫理規範および報道規範を採用するよう奨励すべきである。

40.本条約第1条の対象である種族集団、先住民族集団およびその他の集団が、メディアに登場する際には、尊重と公平の原則に基づくべきであり、ステレオタイプ化を避けるべきである。メディアは、不寛容を促すような方法で、人種、種族、宗教およびその他の集団の特徴への不必要な言及を避けるべきである。

41.メディア多元主義を奨励すること、とりわけ、本条約にあてはまるマイノリティ、先住民族およびその他の集団が、自分たちの言語で、メディアを利用し所有するよう促進することが、本条約の諸原則をもっともよく活かすことにつながるのである。メディア多元主義を通した地域のエンパワメントは、人種主義的ヘイトスピーチに対抗するスピーチの出現を容易にする。

42.委員会は、ダーバン宣言と行動計画が強調しているように、インターネット・サービスプロバイダー(ISP)による自主規制と倫理規範の順守を奨励する。30

43.委員会は、締約国に、あらゆるスポーツ分野において人種主義を根絶するためにスポーツ協会と協力するよう奨励する。

44.特に本条約に関連して、締約国は本条約の基準と手続きに関する知識を普及させ、公務員、裁判官および法執行官など、とりわけその実施に関係のある人びとに対して関連したトレーニングを提供すべきである。締約国の報告書審査の終結時における委員会の総括所見と、第14条の個人通報手続きのもとでの委員会の意見は、公用語およびその他一般的に使用されている言語で、広く利用できるようにするべきである。

IV. 総括

45.人種主義的ヘイトスピーチを禁止することと、表現の自由が進展することとの間にある関係は、相互補完的なものとみなされるべきであり、一方の優先がもう一方の減少になるようなゼロサムゲームとみなされるべきではない。平等および差別からの自由の権利と、表現の自由の権利は相互に支えあう人権として、法律、政策および実務に十分に反映されるべきである。

46.世界のさまざまな地域にヘイトスピーチが蔓延してゆくことは、人権への重大な現代的挑戦であることに変わりない。ひとつの国が本条約全体を誠実に実施するということは、ヘイトスピーチ現象に対抗するより広範な世界的取り組みの一部をなすものなのであり、不寛容と憎悪から解放された社会ビジョンを生きた現実として実現しよう、普遍的人権を尊重する文化を促進しようという、最もすばらしい希望を表現していることなのである。

47 締約国が、人種主義的ヘイトスピーチと闘う法律および政策を推し進めるために、目標と監視手続きを設置することがたいへん重要であると、委員会は考える。締約国は、人種主義的ヘイトスピーチへの対抗措置を、対人種主義国内行動計画、統合戦略および国内人権計画とプログラムに含むよう要請される。 

監訳:窪 誠(大阪産業大学経済学部教授)
翻訳:人種差別撤廃委員会一般的勧告35翻訳委員会
   (反差別国際運動日本委員会・アジア・太平洋人権情報センター・人種差別撤廃NGOネットワーク)

訳注:この文書は読み易くするために平易な表現様式をとりいれました。

1. 国連総会第40会期公式記録、補遺No.18 (A/40/18), chap. VII, sect. B.  
2. 国連総会第48会期公式記録、補遺No. 18 (A/48/18), chap. VIII, sect. B, para. 4.
3. 国連総会第55会期公式記録、補遺No. 18 (A/55/18), annex V, sect. A.
4. 同上, annex V, sect. C.
5. 国連総会第57会期公式記録、補遺No. 18 (A/57/18), chap. XI, sect. F.
6. 国連総会第59会期公式記録、補遺No. 18 (A/59/18), chap. VIII.
7. 国連総会第60会期公式記録、補遺 No. 18 (A/60/18), chap. IX. 8
8. 国連総会第66会期公式記録、補遺No. 18 (A/66/18), annex IX.
9. 主に、意見および表現の自由に関する自由権規約委員会一般的意見No.34(2011)(国連総会第66会期公式記録、補遺No.40,第I巻 (A/66/40 (Vol. I)), annex V).
10. 同上、パラ48.
11. 国連総会第64会期公式記録、補遺No. 18 (A/64/18), annex VIII, para. 13.
12. 一般的勧告No. 15, パラ1
13. 後者の文言は本条約の前文第7段落に使われている。本条約第1条第1項に関する一般的勧告 No.14(1993)も参照のこと。(国連総会第48会期公式記録、補遺No.18(A/48/18), chap. VIII, sect. B).
14. 自由権規約委員会一般的意見No. 34, パラ. 22-25, 33-35.
15. 同上、パラ49.
16. ジェノサイド防止に関する宣言のフォローアップに関する決定:制度的及び大規模な人種差別の傾向の指標、国連総会第60会期公式記録、補遺No.18 (A/60/18), chap. II, para. 20.
17. 差別、敵意または暴力の扇動を構成する民族的、人種的及び宗教的憎悪の唱導の禁止に関するラバト行動計画、パラ22からの翻案
18. 自由権規約委員会一般的意見No. 34 パラ35、ラバト行動計画、パラ29
19. 一般的勧告No. 31 パラ. 5(j).
20. 人種差別撤廃委員会、通報No. 30/2003, オスロユダヤ協会対ノルウェー、2005年8月15日に採択された見解、パラ 10.5.
21. 委員会の一般的勧告No. 32、パラ38からの翻案
22. 世界人権宣言第19条
23. 市民的及び政治的権利に関する国際規約第19条パラ3
24. 世界人権宣言第30
25. ダーバン宣言パラ90、ダーバンレビュー会議成果文書(A/CONF.211/8)パラ54、58
26. ラバト行動計画パラ25からの翻案
27. あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約第7条
28. ラバト行動計画パラ27からの翻案
29. 国連総会第48会期公式記録、補遺No.18 (A/48/18), chap. VIII, sect. B
30. ダーバン行動計画パラ147からの翻案

(PDF版はこちら一般的勧告35.pdf)

一般的勧告35を紹介する冊子をつくりました。

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