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人権とはなんでしょう

 「人権」は、それがなくては人間が人間らしく生きることができないものです。
すべての人が人権を学ぶ機会を持つことーそれ自体も人権の一部といえるでしょう。
「学ぶ」コーナーは、これから人権を学ぶ人やもう少し詳しく知りたい人を対象にして、
人権の基本的な説明とよくある質問・疑問に答えます。

人権とはなんでしょう

私たちは、毎日の生活でしばしば「人権」ということばを目にしたり、聞いたりすることがあります。「一人ひとりの人権を尊重しよう」、「人権侵害をゆるさない」、「子どもの人権をまもろう」など、人権ということばが出てくる場合は様々です。けれども「人権」ということばがどういうことをさしているか、はっきりしている場合ばかりではありません。その時々の雰囲気で、気持ちで、「人権」ということばが使われていることもあるようです。

「人権」は歴史的にみると、ヨーロッパで生まれた考え方です。人は一人ひとりがかけがえのない、尊いものであるということから、いかなる場合にも踏みにじったり、無視したりしてはならないものを人権と考えたのです。18世紀末につくられたアメリカ合衆国の独立宣言や憲法、フランスの「人と市民の権利の宣言」などにその考えが盛り込まれています。けれども「かけがえのない、尊い」一人ひとりのなかには、植民地の人びとや、人種の異なる人びと、奴隷などは含まれていませんでした。侵略された国の人びとも、侵略し支配を続ける国と侵略軍にとっては、自分たちと「同じ人」ではありませんでした。女性や子どもも成人男性と同じ人権を持っているとは考えられませんでした。

世界人権宣言は「だれにでも、いつでも、どこでも同じ人権」のはじまりです。

人権が、人であれば、どこにいても、だれにでも、いつでも、尊ばれ、まもられるとされたのは、第二次世界大戦が終わり、国際連合ができてからでした。1948年に国際連合で当時の加盟国が賛成してつくられた世界人権宣言は、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準として」の人権とは何かを示しています。世界人権宣言の前文では、「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」といいます。そして「加盟国は、国際連合と協力して、人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守の促進を達成することを誓約した」のです。それぞれの国や地域の事情で異なる人権があるのではありません。世界の「共通の基準として」の人権があるのです。人権とは何かを知るためには、今でもこの世界人権宣言が大切な手引きです。世界人権宣言のあと国際人権規約をはじめとする人権条約がつくられてきました。女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約、子どもの権利条約などもその中に含まれます。これらが全体として人権の国際基準といわれるものです。「国際人権」ともいいます。

世界の「共通の基準」である人権をもう少し説明しましょう。

世界人権宣言は、第1条で、人権がどのようなものかを簡潔に述べています。「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」。

世界人権宣言をはじめとする人権の国際基準から人権のおおまかな形が見えてきます。まず、前提として、すべての人は一人ひとりが、人であるということだけで「かけがえのない」、「尊い」、「大切な」なものである(人の尊厳)ということを受け入れなくてはなりません。そこから次のような人権の特長がでてきます。

人権の普遍性、平等性

人権は、すべての人が、いつでも、どこでも、同じように持っていると認められます。人権は、平等にそして無条件に、尊重されるはずです。貧富、社会的地位の区別なく、また社会への貢献度に関わりません。人種、性別、国籍、出自、信条、政治的意見などの理由による差別は許されません。

人権の不可譲性、不可侵性

人権は、人が生まれながらに持っており、他人に譲り渡すことはできず、国や他人によって奪われたりすることはありません。例外的に、民主的社会をまもるために、例えば表現の自由や移動の自由などに対して、どうしても必要な制限を法律で決めることは認められます。しかしその場合にも、生命に対する権利、拷問を受けない権利、奴隷状態に置かれない権利、犯罪と定められていないことをしても罰せられない権利、思想、良心そして宗教を信じる自由(内心の自由)などについては制限することはできません。

人権の不可分性、相互依存性

人権は、個々の権利を「重要でない」とか「大切である」あるとして優劣をつけたり、取捨選択をしたりはできません。人権を全体として見ることが大切です。個々の人権が互いに補い合っているために直接、間接に関連し影響を及ぼしあっていることがわかります。例を二つあげてみましょう。

ある人が身に覚えのない犯罪容疑で逮捕される。警察と検察による取り調べで自白を強制され、心ならずも自白調書に署名をする。それが裁判で証拠として採用され有罪の判決を受け服役する。後にこれがえん罪であったとわかっても、犯罪人のイメージが社会に定着したために就職が難しい。

家族も苦しい生活を強いられる。ある人は貧困のなかで育った。病気になっても医療をうけることもままならなかった。義務教育も十分受けられないまま、単純労働に就く。安定した雇用が得られず、失業と臨時雇用を繰り返す。老後の生活に不安がある。

人権には、自由にものを考えたり、その考えを表現したりする権利や、むやみに逮捕されたり身柄を拘束されたりしない権利のように、国の干渉から個人をまもる権利(自由権といわれることがある)があります。また、社会福祉に対する権利や、教育を受ける権利のように、国や行政の積極的な行動を求める権利(社会権といわれるものに代表される)もあります。また、これとは別に、政治的、市民的、経済的、社会的、そして文化的権利という分け方をすることもあります。このような分類の仕方はともかく、人権の種類を区別したり差をつけたりすることにこだわると、人権の社会でのあり方を見失ってしまいます。個々の人権は互いにつながっており、一つの権利がまもられていなければ、別の権利の保障もおぼつかないというように、つぎつぎと連鎖的に影響が及ぶのです。

人間らしい生き方、自己実現を可能にする人権

人権は、人が社会で人の尊厳にふさわしい生きかたを可能にします。人の尊厳がまもられてはじめて、人は社会の一員としての役割をはたすことができます。すべてにおいて恵まれた生活が可能な社会で人間としての尊厳をまもれないような生き方をせざるをえない人がいるというのは、豊かで幸せな社会とはいえません。また、人権は人がそれぞれの資質や能力を生かして自分本来の生き方や成長を可能にする(自己実現)ために必要です。周りの無理な期待や強制によって生き方を自由に選びとることができないようなときには、自分の能力や才能を伸ばし、育んできた目標の実現をあきらめなければならないでしょう。自分の生き方を責任を持って自分で選ぶことは人権なのです。

法でまもられる人権

人権は、漠然とした考えではなく、法(憲法、法律など)でまもられる個別の権利(生きる権利、考える自由、表現の自由、公正な裁判を受ける権利、人にふさわしい生活を求める権利、人として大切にされながら働く権利、教育を受ける権利など)の集まりです。人権をまもり、人権のための法律を作ったり、制度を整えるのは国の義務とされています。この点で人権は、道徳や倫理とは異なります。人と人との関係だけを「思いやりのこころ」で築き、「温かく、住みやすい社会」をつくろうとしても、人権がまもられるとは限りません。人権がまもられる社会では、国と個人の関係で、また人と人との関係で、だれが権利の主張ができるか、だれがその権利を尊重する義務を負うかを問うことができます。人権が尊重されなかった場合(人権侵害)、人権の回復と損害の補償を法律にしたがって求めることができるはずです。そして社会で人権が尊重されることを保障する責任は、最終的には国にあります。

人権行使にともなう責任

人権を主張し使うときには、あたりまえのことですが責任をともないます。他者の権利を尊重する責任、社会で人権をまもるために「同胞の精神を持って行動する」(市民の支え合い、連帯)責任があります。自分の権利及び自由を主張し行使するにあたっては、他人の権利及び自由を尊びまもることはもちろんですが、民主主義社会においてまもるべき必要最低限の制限があります。人権は、無責任な自己主張や、人権と人の自由を否定してしまうような目的のために使われてはならないのです。

世界人権宣言にはどのような権利があげられているのでしょうか。

それでは、人権といわれるものにはどういうものがあるのでしょうか。世界人権宣言では30条の条文にあげられていますが、これまでの60年の間に、様々の人権条約でそれらの人権がより詳しく定められ、加盟国がまもるべき義務として発展してきました。 ここでは簡単に世界人権宣言にある人権を並べます。詳しくは世界人権宣言の本文をご覧ください。

  • 自由平等
  • 差別待遇の禁止
  • 生存、自由、身体の安全
  • 奴隷の禁止
  • 非人道的な待遇または刑罰の禁止
  • 法の下に人としての承認
  • 法の下における平等
  • 逮捕、拘禁または追放の制限
  • 裁判所の公正な審理
  • 無罪の推定、罪刑法定主義
  • 私生活、名誉、信用の保護
  • 移転と居住の自由
  • 迫害からの避難
  • 国籍の権利
  • 基本的権利の侵害に対する救済
  • 思想、良心、宗教の自由
  • 意見、発表の自由
  • 集会、結社の自由
  • 参政権
  • 社会保障
  • 労働の権利
  • 婚姻と家庭
  • 財産の権利
  • 休息、余暇
  • 生活の保障
  • 教育の権利
  • 文化権
  • 人権を守る社会的国際的秩序の確保
  • 社会に対する義務
  • 権利と自由に対する破壊的活動の禁止

日本の憲法と国際人権の関係

日本の憲法98条1項は、憲法が日本の最高法規であること、2項は日本が締結した条約や確立された国際法規を「誠実に遵守することを必要とする」と定めています。専門家によれば、日本が批准した条約は法律の上に位置づけられるとされます。
日本は、国際人権規約をはじめ、主な人権諸条約に加わっていますから、そこで定められた人権を日本国内でも保障することが国際的な約束であり、日本国憲法でも決められていることです。日本国憲法では、国際人権基準と同様の権利を定めたものが多く見られます。それでも、世界の「共通の基準として」の国際人権と比べてみると、多少のちがいがみられます。この違いを埋めることが日本社会にとってはこれからの課題です。

イラスト:うさみしほ

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