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国際人権ひろば No.66(2006年03月発行号)

『裁判官・検察官・弁護士のための国連人権マニュアル-司法運営における人権-』を読む1

「第1章 国際人権法と法曹の役割 一般的導入」を中心に -

山崎 公士 (やまざき こうし) 新潟大学法科大学院教授・ヒューライツ大阪評議員

1. 司法の運用と国際人権法


  健全な民主主義社会を維持し、発展させるため、立法府と行政府から独立した司法府の存在は不可欠である。そして司法権の独立を支えるのは法曹(裁判官、検察官、弁護士)である。法曹は社会で生起したさまざまな紛争を解決し、犯罪を抑止・処罰し、また権利侵害された者を救済するため、拘束力を持つ社会規範である法を解釈・適用する。この法には主権国家の国内法とともに、国際法も含まれる。
  人権保障は国内法上も国際法上も重要な課題である。すべて人は、地球のどこにいても、人間の尊厳を尊重され、その人権を確保されなければならない。主権国家はその領域や管轄権内で人権侵害が起きた場合、侵害された者の国籍にかかわりなく、これを救済しなければならない。しかし、侵害された者がこの救済を得るためには、独立した法曹が提供する法的サービスを誰でも実質的に利用できる(「弁護士の役割に関する基本原則」[1]前文第9項)環境が前提とされる。この環境を維持するには、司法権が独立しており[2]、また法曹の自由が確保されていなければならない。同時に、人権を守り、社会正義を実現する強い意思と能力が法曹に求められる。

2. 国内における人権保障と国際人権法の発展


  20世紀半ば頃までは、国内における人権保障はもっぱら憲法をはじめとする国内法によって規律されていた。しかし、それ以降は人権諸条約の成立や国連など国際組織の活動を通じて、人権保障分野の国際法が徐々に発展してきた。こうして国際的人権保障を体系化する国際人権法という領域が形成された。いまや国際人権法は諸国の国内法体系の中にしっかりと位置づけられ、実体法規範として機能しつつある。しかし、この事実を法曹が真摯に受け止め、国際人権法を正しく認識し、積極的に活用する姿勢を持たなければ、国内法における国際人権法規範は画餅にすぎないことになる。

3. 第1章の意義と内容


  本マニュアルは諸国の法曹が国際人権法規範を国内で積極的に活用するための知識と技術を体系化した画期的な文献である。第1章の内容は「国際人権法と法曹の役割-一般的導入」というタイトルが明快に示している。
  「2.国際人権法の起源、意味と適用範囲」では、法曹に比較的なじみが薄いと思われる国際人権法の理解を促すため、国際人権法の起源と発展経過を概観し、国際条約・国際慣習法・法の一般原則等に分けて国際人権法の法源を簡潔だが明快に説明している。また人権諸条約に付される留保や解釈宣言の問題や、国家の緊急事態で表面化する人権条約上の人権保障規定の効力を一時的に停止するデロゲーション (derogation、本編では「逸脱」と訳している) の問題といった複雑な論点も簡潔に解説している。これらは法曹が国際人権法を国内裁判で援用する際に注意すべき重要なポイントとなりうるものである。さらに、人権侵害に関する国家の国際責任という重要な論点にも言及している。
  「3.企業と人権」では、企業の社会的責任をめぐって国際的にも議論がなされており、国際法として確立した規範はまだ形成されていないが、国際的にみて企業には少なくとも人権を尊重する倫理的責任があることが指摘される。
  「4.国内レベルでの国際人権法」では、国際法体系への国際法の編入が簡潔に説明され、国内裁判所における国際人権法の適用が諸国の具体的事例を通じて解説される。この項目は法曹にとって実務上必須の基礎知識を提供している。
  「5.人権の実施における法曹の役割」では、人権は「周辺的な活動」ではなく、「すべての者にとって基本的に重要であり、...あらゆる法律活動に関わりを有する法律分野」となりつつあることが強調される。この指摘は、本マニュアルに通底する基本的な問題意識であり、重要な視点といえる。法曹は国内外の人権法を適用するうえでもっとも重要な役割を果たす集団であり、法曹は人権の効果的な法的保護を確保する活動の大黒柱であるとの言明は、諸国で真摯に受け止められるべきである。

4. 日本における法曹教育と国際人権法


  しかしながら、日本の法曹による国際人権法認識は、十分な状況にあるとはいえない。その原因の一つは、法曹への国際人権法教育がほとんどなされていないことであろう。自由権規約委員会は、日本の第4回国家報告審査における最終所見の第32項で、「委員会は、規約上の人権についての、裁判官、検察官および行政官に対する研修を定めた規定が存在しないことに懸念をもっている。委員会はこのような研修が受講できるようにすることを強く勧告する。」[3]と指摘した。子どもの権利委員会も日本の国家報告に対する最終所見で同様の勧告を行っている[4]

5. 司法制度改革、法科大学院の設置、新司法試験と国際人権法


  2001年6月に「司法制度改革審議会意見書-21世紀の日本を支える司法制度-」が出され、「事後チェック・救済型の社会」への変化や急速な国際化状況を踏まえた「国民に身近で、速くて、頼りがいのある司法」の姿が提示された。この意見書では、「我が国司法(法曹)が社会のニーズに積極的に対応し、十分な存在感を発揮していくことが、我が国社会経済システムの国際的競争力・通用力といった見地からも一層強く求められる」との観点から、「社会の様々な場面での人権の保障」も重視された。また、「司法制度を支える法曹の在り方」に関し、法曹には人権感覚が一層求められ、今後様々な場面で量的・質的に法曹需要が増大する要因の一つとして、「国際化の進展や人権、環境問題等の地球的課題」への対処があげられた。
  こうした背景から、2004年度に法科大学院という新たな法曹養成のための専門職大学院の制度が発足し、全国に68校(現在は74校)が開校した。しかし、必ずしもすべての法科大学院で国際人権法が開講されているわけではなく、また開講されている場合でもその多くは2単位科目で、十分な教育が展開されているとは言い難い。
  2006年度から実施される新司法試験では、「国際関係法(公法系)」が選択科目として位置づけられた。この試験科目は、国際法、国際人権法および国際経済法を対象とするものとされ、国際人権法は独立した試験科目とはなっていない。なお、予備的なアンケート調査によれば、この科目を選択受験すると回答した者は、選択科目中最低であった。

6. 法整備支援と国際人権法


  最近の日本によるODAでは発展途上国の法整備支援が重視されている。政府の司法制度改革推進本部による「弁護士(法曹)の国際化への対応強化・法整備支援の推進等について(議論の整理メモ)」[5] によれば、「いわゆるビジネスローや国際取引実務に関するニーズのみならず、国際人権問題や国民・市民が抱える国際的な法律問題に関するニーズについての視点も必要である。」と指摘されている。しかし、被支援国の法曹への人権教育等については、残念ながら、言及されていない。
  日本の法整備支援に関しては、被支援国の民主化や人権尊重に資するという目的は建前にすぎず、十分に生かされていないとの批判もみられる。法整備支援にあたり、被支援国における民主化や人権保障を促進するため、当該国の法曹への国際人権法教育も前向きに推進する必要がある。

結びにかえて


  日本における司法制度改革の方向性や日本の法整備支援の現状を直視すれば、法曹教育において国際人権法に関する教育を一層充実させる必要がある。この意味でも、日本および被支援国の法曹に対する国際人権法教育の教材として、本マニュアルは実践的な意義を持っている。

1. 1990年の「犯罪防止と犯罪者処遇に関する第8回国際連合会議」で採択。
2. 「司法権の独立に関する基本原則」(1985年の「犯罪防止と犯罪者処遇に関する第7回国際連合会議」で採択)参照。
3. Concluding observations of the Human Rights Committee: Japan, para 32, U.N. Doc. CCPR/C/79/Add.102 (1998).
4. Concluding observations of the Committee on the Rights of the Child: Japan, para.21(b), U.N. Doc. CRC/C/15/Add.231 (2004).
5. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/kokusaika/0829memo.html (2005.12.10アクセス)。