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インドネシア・フィリピンの看護師と介護福祉士

藤本伸樹(ふじもと のぶき)ヒューライツ大阪研究員

インドネシアから8月に約200人が来日

 日本とインドネシアとの経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシアから看護師(101人)と介護福祉士(104人)の候補者が08年8月7日に来日した。日本語研修を免除された3名を除き同日来日した205人は6グループに分かれ、東京や横浜、大阪、神戸にある経済産業省所管の研修専門機関である海外技術者研修協会(AOTS)と外務省所管の日本語研修施設である国際交流基金関西国際センターにおいて6カ月間の日本語研修および日本の生活習慣・職場適応研修、看護あるいは介護導入研修が始まった。
 その後、看護師候補者104人(日本語研修の免除者を含む)は47医療機関、介護福祉士候補者104人は53施設の合計100施設に向かうことが決まっている。都道府県別では、東京都と兵庫県の22人で、神奈川県17人、大阪府14人などの34都府県。日本語研修等の終了後に、受け入れ施設において来日前の雇用契約に基づき「国家資格取得を目的に就労と研修」が始まるのである。
 日本側の受け入れ斡旋機関である国際厚生事業団(JICWELS)によると、日本側の受け入れ希望人数は看護師が169人(62法人)、介護福祉士が289人(111機関)であったのに対して、インドネシアで面接を受けたのは看護師が174人、介護福祉士が131人であった。そして、希望者と受け入れ施設とのマッチングの結果、実際の合計来日者数は208人となったのである。看護師が200人、介護士が300人という厚生労働省が計画していた合計500という人数枠を大きく下回ったことになる。
 その理由として、両国のEPAは08年5月16日に日本の国会承認を受けたばかりで、インドネシアで行われた6月中旬の面接までの募集期間がきわめて短かったことや、希望者の約半数が男性だったのに対し、日本の受け入れ施設は女性を多く希望したため、実際の受け入れ人数が少なくなったことなどが指摘されている。また、来日が決まった希望者のなかで、将来展望などについて再考の末、幾人かが辞退したという。

ハードルの高い受け入れ条件

 看護師と介護福祉士の受け入れを盛り込んだEPAは、2006年9月にフィリピンとのあいだで署名され、同年12月に日本の国会で承認されたのが最初である。しかし、フィリピンでは、EPAの内容と同国の憲法との整合性問題や、有害廃棄物の無関税輸入への懸念、看護師・介護福祉士候補者に求める条件の厳しさなど、公平な協定ではないことを指摘する研究者やNGO、野党政治家などによる強固な反対の声を受けて、署名後2年になろうとしている08年8月15日現在でも批准されていない(インドネシアの場合は、大統領が協定に署名するだけで、議会承認は不要)。その結果、「後発」であったインドネシアが先陣を切ったのである。
 協定において、看護師と介護福祉士の候補者の受け入れは、「自然人の移動」という章に盛り込まれている。最初の2年間の受け入れ数はいずれも看護師400人で、介護福祉士600人。来日直後の半年間は日本語研修と看護・介護導入研修を集団で受け、その後病院や介護施設に分散し、「働きながらの研修」を通じて知識や技術を習得する。看護師の場合、フィリピンの資格を有する看護師であって、最低3年間の実務経験を有することが条件だ。介護福祉士は、フィリピン政府が認定した介護士(caregiver)であることに加え「4年制大学卒業者」または「看護大学卒業者」という要件が求められている。
  一方、インドネシアは看護師が2年の経験(フィリピンより学校教育の年数が多いという理由に基づき日本政府が判断したもの)、介護士はフィリピンと異なり国家資格の認定制度が存在しないことから、看護学校卒業者が応募の有資格者となる。そして、いずれの場合も、看護師が3年、介護福祉士は4年以内(国家試験の受験には3年以上の実務経験が必要)に、日本語による国家試験に合格しなければ帰国させられるというものだ。
 そうした条件に対して、たとえばフィリピン看護師協会は反発している。それどころか、同協会は日比経済連携協定の批准に反対する中心的な団体となっている。協定によって「恩恵」を受けるはずの当事者団体なのに反対声明を出し、「日比経済連携協定に基づいて日本で仕事をしようとするフィリピン人看護師にとって、不利益が利益をはるかに凌いでいる」と批判しているのである。日本の受け入れ条件には、他の受け入れ国よりも数段高い多くのハードルが築かれているからだ。何しろ、フィリピンの看護師は米国や英国、サウジアラビアなど世界各地で長年活躍してきた実績があるだけに、日本の提示する厳しい条件に承服しがたいのである。

仲間として迎え入れるために

 インドネシアからの看護師・介護福祉士の受け入れ態勢については国会承認を受けた5月、厚生労働省および法務省がそれぞれの「指針」を告示している。厚労省の指針は、病院や高齢者介護施設をはじめとする受け入れ施設(機関)に対して責務と要件、就労条件、研修要件国際厚生事業団への報告義務などさまざまな条件を課している。また、法務省指針もそれに念を押すような内容になっている。
 これらの字面を追っていると、人権侵害が多発している現行の「外国人研修生・技能実習制度」を両省は教訓化しているかにみえる。だが、そうではない。
 そもそも、インドネシアからの「勤労受験生」に対して、ともすれば深夜シフトの仕事をも課しながら、フルタイムの日本人学生にとっても決して容易でない国家試験(看護師試験の合格率は90%前後、介護福祉士は50%前後)の合格を求めることじたい大きな無理がある。看護師や介護福祉士という仕事は、人の生命に関わる職種であるだけに、安直な条件での受け入れは避けなければならない。だが、厚労省の指針では、「就労」という名の「実践的な研修」に関する「研修プログラム」の作成については、各受け入れ施設に委ねられており標準化が行われていない。たとえば筆記試験対策などについて、施設によって大きな「当たりはずれ」が生じるに違いない。
 実際、08年5月15日の参議院外交防衛委員会において社民党の近藤正道議員の「国家試験の受験対策が保障されるのか」との質問に対して、木村仁外務副大臣は、「合格率そのものについてどの程度になるかはまだ十分明らかでありません」と答弁するにとどまった。つまり、合格率の数値目標すら設定されていないのである。
 労働条件に関して、両省の指針では「日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を支払うこと」としている。だが、日本では有資格者とみなされない候補者の報酬は、下方に沈みがちだ。来日直後に介護福祉士候補者に取材したあるマスメディアの記者は、最低賃金をなんとかクリアした時給700円という雇用契約を結んできたという人もいたという。
 受け入れ施設は、一人当たりの受け入れに、あっせん手数料や滞在管理費、日本語研修機関への支払いとして合計60万円近くを国際厚生事業団に納めなければならない。この出費はどう「回収」されるのであろうか。候補者(労働者)たちの賃金から天引きするのか、それとも国家試験合格を託した先行投資なのだろうか。
 候補者の入管法上の在留資格は「特定活動」。外国人技能実習生と同じカテゴリーである。つまり、日本で許可される活動内容が明確に限定されている。だが、国家試験に合格後もやはり「特定活動」の枠に閉じ込められたままなのである。これでは、職場を変わるにも大きな制約となる。また、介護福祉士の場合、ステップアップしてケアマネージャー(介護支援専門員)になることも許可されないことになる。それでは、労働者としての自己実現を阻んでしまう。
 こうして列挙すればきりのない懸念と並走しながら受け入れが始まった。もうあとには戻せない。いや、戻す必要はないのだ。今回の受け入れを「外国人研修生・技能実習制度」の焼き直しとさせないために、日本の市民は、モニターし、国や国際厚生事業団だけでは担えきれないであろう人権保障や相談活動の態勢を地域で組むことを通して、3~4年間の「使い捨て労働者」ではない、私たちを看護・介護してくれる仲間として迎え入れる努力をしていければと願っている。

(移住労働者と連帯する全国ネットワーク『M-ネットNo.112』(2008年8-9月号)より転載)

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