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フィリピンパブの盛衰から人身売買を考える

藤本伸樹(ふじもと のぶき)ヒューライツ大阪研究員

人身売買事件

  2006年1月、こんな事件が起きた。歌手として興行資格で来日したフィリピン人女性Vさんが、フィリピンパブの元業界関係者たちによって、彼女を日本に招聘した大阪に事務所を置くプロモーターや派遣先の金沢市内のパブには内緒で呼び出され、本人の意思に反して車に乗せられ、遠く離れた横須賀市内のパブに38万円の謝礼で売り渡されたのである。
  Vさんは、その店で「エンターテイナー」として5日間働かされたのだが、電話で元同僚に助けを求め、連絡を受けた大阪のプロモーターが救出し事件が発覚した。これを受けて、大阪府警と石川県警が合同捜査を行い、関与したとされる5人を6月7日に逮捕したのである。
  逮捕に関して、大阪府警が記者会見を行ったようで、翌8日には各全国紙は、05年6月の刑法改正で新設された人身売買罪が西日本で初適用されたケースとして報道した。
  7月24日、大阪地裁で刑事事件として初公判が行われた。傍聴に出かけてわかったことだが、逮捕された5人のうち4人の日本人男性が起訴されていた。Vさんを連れ出し移送に関わった3人は人身売買罪(売り渡し)と営利誘拐罪で、買い受けた横須賀のパブの経営者(支配人)は人身売買罪で起訴されていたのだ。
  裁判には検察の証人として被害者のVさんと、4人の被告人が出廷していた。Vさんには日本語-フィリピノ語の法廷通訳者がつけられていた。いずれの被告人も起訴事実の大筋については認めた。早期帰国を望むVさんの証人尋問を一回で終えるためなのか、午前10時から始まった公判は午後8時まで続いた。
  以後の公判は8月~10月にかけて、被告人が出廷して月に1度ずつ開かれる予定である。年内には判決が出る見通しだ。Vさんは初公判の直後に帰国している。

事件の背景

  この事件は、政府の「人身取引対策」が「引き金」となって起きたとみられる。政府は04年12月に「人身取引対策行動計画」を発表し「総合的・包括的な人身取引対策」を打ち出した。そのなかに、「人身取引の温床」となっている「興行」の在留資格・査証の見直しが盛り込まれ、「上陸審査・在留審査の厳格化」の方針が打ち出されたのである。なかでも、興行での来日が他国と比べて突出して多いフィリピンが名指しで具体的な見直しの対象とされている。歌手やダンサーとして「エンターテイナー」という資格を有しながら、実は雇用契約書とはまったく異なる劣悪な条件で「ホステス」として働くことを求められてきた長年にわたる慣行があるとの認識に立った判断である。
  これに即して法務省令が05年2月に改定され、同3月から興行資格付与が厳格化された。それまで比較的容易に来日できていたフィリピンからの女性「エンターテイナー」の入国が急に困難になったのである。別の言い方をすれば、政府の「人身取引対策」のなかで、数値として最も「効果をあげた施策」となった。
  その結果、04年に82,741人(一部男性も含む)と過去最高を記録していたフィリピンからの興行資格入国者が、05年は47,765人へと急減した。大半のフィリピンパブは「エンターテイナー」の確保に苦慮するようになった。中国やルーマニアへと「エンターテイナー」の「調達先」をシフトさせたり、元エンターテイナーで日本人の配偶者となっているフィリピン女性を急きょ雇用することで経営維持に努めたり、また閉店に追い込まれる店も相次いだ。業界関係者やフィリピンパブの熱狂的なファンによって、そうした切羽詰った状況を伝えるホームページやブログがいくつも立ち上げられている。
  Vさんを買い受けたパブもフィリピン女性の確保に困っていたという。政府の「人身取引対策」が、皮肉にも人身売買事件を誘発してしまったようである。

マニラの「フィリピンパブ」

  「いらっしゃいませ」。店のなかに入っていくと、懐かしい明るい挨拶で迎えられた。懐かしいというのは、私の住む大阪の街からもフィリピンパブが相次いで姿を消しているからだ。06年8月上旬に1週間ほどマニラに出張した際に日本語の名前がついたカラオケパブに入ってみたときのことである。
  フィリピン男性の店員に案内されて席に着くと、日本語で「お飲み物は?」「ご指名の女の子は?」とすかさず尋ねられた。「初めてなので誰でもいい」と答えると、ほどなく2人の女性が席にやってきた。私に名前を告げて「このお店、初めてですか?」と話しかけてきた。2人ともちょっと悩ましい衣装をまとっていた。日本のフィリピンパブとほぼ同様の設定である。
  2人ともかつて「エンターテイナー」として来日したことがあるという。だが、日本の興行資格の厳格化で再来日が果たせず、いつやって来るともしれないチャンスを待ちながらそのパブで働いているというのだ。店には20人ほどの女性が「ホステス」として働いていたが、ほぼ全員に来日経験があるという。
  ミカという源氏名を名乗る女性は、「静岡県のお店で働いていたときは、1ヵ月に給料は400ドルで、厳しいペナルティ(罰金)のシステムもあったけれど、お客さんが注文するドリンクや指名のバック(コミッション)をたくさんもらえることもあった。でも、ここでは給料はほんとに少ないよ」と日本で働いていたときのことを懐かしんだ。
  マニラの繁華街にはいま、日本のパブでかつて働いていた「エンターテイナー」たちのいるカラオケパブがたくさん営業している。「フィリピンパブ」の本場フィリピンにわざわざやってくる日本のおじさんが多いようだ。私もそのひとりだったのだろうか。そんな「フィリピンパブ」の根強い人気に驚いてしまう。
 一方、私がマニラに滞在中、イスラエル軍が攻撃するレバノンから毎日数百人単位でフィリピンに逃げ帰ってくる移住労働者たちのニュースが報道されていた。レバノンでは約3万人ものフィリピン人が働いているという。大半が女性で、家事労働者をしている。命からがら、着の身着のままで、月額150ドルほどの賃金すら雇用主から受け取れないままシリアに避難して帰国の途に就いたといったケースが報告されていた。私が外務省の移住労働問題担当の係官を訪ねたとき、その日に帰国してきたミンダナオ島出身の女性とほんの少し会話をする機会がもてた。5ヵ月分の給料を受け取れないまま帰国してきたと話し、渡航に要した借金だけが残っていると嘆いた。

興行資格審査の厳格化のゆくえ

 興行資格の厳格化という入管政策は、「エンターテイナー」というのは名ばかりで、実際は低賃金の「ホステス」を雇用し、ときには強制売春を含む性的虐待も伴う悪慣行の連続を抑制するための即効薬であることに違いない。その一方で、日本で「合法的」に働くことのできる数少ない選択肢を狭めた。この施策が発表されたとき、日比のNGOのなかで、基本的に支持する声の一方で、事態の地下への潜行と搾取の深刻化に対する懸念の声もあがった。いま、その影響の一部が輪郭を現してきたようだ。
 マニラで日比国際結婚やフィリピン人配偶者の日本へのビザの手続きの手助けを行う会社の日本人経営者から今回こんな話を耳にした。フィリピン女性を日本に送り込むために組織的に偽装結婚を仕組む集団を見聞きすることが増えたという。また、顧客として彼の会社に手続きを依頼するカップルに話を聞いていると、近年、婚姻数が増えているなかで、偽装だと断定はできないもののグレーゾーンに感じるケースが少し増えてきたようだというのだ。配偶者資格であれば日本での職種に制限はつかないし、興行資格のように6ヵ月で帰国する必要もない。
 いったいこの先、どうなっていくのだろう。

(移住労働者と連帯する全国ネットワーク『M-ネット No.92(2006年8-9月号)』より転載)

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