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国際人権ひろば No.105(2012年09月発行号)

特集 さまざまなアイデンティティと複合的な差別

障害のある女性の複合差別の課題化に向けて -国連障害者権利条約の批准を前に-

瀬山 紀子(せやま のりこ)
DPI女性障害者ネットワーク

 

障害者権利条約 第6条「障害のある女性」

 
 2006年12月に国連で採択された国連・障害者権利条約には「障害のある女性」(第6条)という条文があるのをご存じだろうか。
 条文は、二項からなっており、第一に、「締約国は、障害のある女性及び少女が複合的な差別を受けていることを認識し、また、これに関しては、障害のある女性及び少女がすべての人権及び基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとる」こと、また第二に、「この条約に定める人権及び基本的自由の行使及び享有を女性に保障することを目的として、女性の完全な発展、地位の向上及びエンパワーメントを確保するためのすべての適切な措置をとる」ことが明記されている(川島聡=長瀬修 仮訳(2008年5月30日付))。
 この条文は、条約が議論されていた際に、欧州や韓国の障害女性たちが、障害者という集団のなかにあるジェンダー差に注目する必要があると粘り強く主張した結果入った画期的な条文だ。背景には、障害女性に対する暴力の被害や性的被害を社会的に認知させ、支援体制を確立する必要があるという切実な課題や、障害女性たちの教育機会や仕事に就くためのトレーニングの機会が確保されていないといった、不利益を強いられている世界の障害女性たちの声があった。
 国際条約のなかに、明確に、複合差別についての規定を設けた条約はほかになく、障害者差別が、主として女性に、男性とは異なるかたちや程度で影響を及ぼすことや、女性ゆえに社会的に不利益を受ける可能性があることを直視し、状況を変える必要があると規定したこの条文は重要な意味をもっている。
 日本は、2007年9月に条約に署名し、現在、国内法の整備をはかり、条約批准に向けた準備を進めている。条約は、現在のところ、内閣府に設けられた「障がい者制度改革推進室」が事務局となり部会での議論が進んでいる障害者差別禁止法の成立をもって批准となる見通しと考えられ、現在、障害女性の課題も含め、議論が行われているという状況だ。
 条約を批准すれば、当然、日本も、第6条も含めた条約の規定に従うことになるが、批准に向けた国内法整備の過程で、第6条に示されている課題を、新たな法律等に書き入れ、国内課題として明確に位置付けなければ、今後、課題解決に向けた取り組みが進むことにはなりにくいだろう。その意味で、条約批准前の現在は、重要な時期にあたっている。
 

日本での障害女性に対する複合差別の課題化についての状況

 
 では、日本での障害女性に対する複合差別の課題化はどこまで進んでいるのだろうか。
 政策レベルでみると、障害女性の課題については、複合差別の課題化が進んでいないという状況ではない。むしろここ数年の間に大きな進展があったというのが現状だ。
 2010年12月に策定され、現行計画として動いている第三次男女共同参画基本計画には、それまでの計画にはなかった新たな文言として、障害のある男女それぞれへの配慮を重視しつつも、障害のある女性は、障害に加えて、女性であることで更に複合的に困難な状況に置かれている場合があることに留意する必要があるという複合差別の視点が書き込まれ、子育てをする障害がある女性に対する支援の仕組みが不十分であること等への言及がなされた。また、マイノリティに関わる調査の統計を性別で出すことも課題とされた。
 女性に対する暴力の防止と被害者の保護に関して規定したDV防止法には、2004年の改正時に、被害者の国籍、障害の有無等を問わずその人権を尊重するとともに、その安全の確保及び秘密の保持に十分な配慮をしなければならない(改正DV防止法 23条)とした条文を新たに設けた。
 また、2009年12月に立ち上がった内閣総理大臣を本部長とする障がい者制度改革推進本部のもとに置かれた障がい者制度改革推進会議による「障害者制度改革の推進のための基本的な方向」(2010年6月)には、「女性であることによって複合的差別を受けるおそれのある障害のある女性の基本的人権に配慮する」という考え方が示され、続いて出された「障害者制度改革の推進のための第二次意見」(2010年11月)には、「これまでの障害者施策には、障害者の中でもっとも差別や不利益を受けるリスクの高い女性が置かれている差別的実態を問題にする視点が欠落していたと言わざるを得ない」と明確な問題意識が示された。
 しかし、政策レベルや障害者制度改革の議論のなかで、複合差別への言及がなされるようになってきた一方で、障害女性の置かれている困難な状況への対応は進んでいないように思える。障害者に関わる国の統計等では、相変わらず、男女別統計といった基礎的なデータも見ることができず、障害女性が男性とは異なる不利益を被っている可能性があるといった問題認識は定着していない。また、第三次基本計画に、複合差別の課題が明記されたにも関わらず、2012年6月に出された男女共同参画白書には、相変わらず、障害者については障害者施策の一般的な状況である障害者週間や障害者の日に啓発を実施している、ということや、バリアフリー施策を実施している、ということが書かれているのみだ。
 

障害女性たちの困難の実態

 
 施策を前に進め、権利条約第6条の規定を現実的なものにしていくためには、まず、障害女性の現状を伝えていく必要がある。そのことを痛感してスタートしたのが、DPI女性障害者ネットワークによる2011年度に行われた複合差別実態調査だ。
 DPI女性障害者ネットワークは、筆者も関わっている障害女性当事者と障害女性の課題に関心をもつものの集まりで、ここ数年は、思いを交換しあうしゃべり場や、関連する政策への提言活動などを続けてきた。
 複合差別実態調査では、障害女性当事者87名へのアンケートと聞き取りによる「生きにくさ」についての調査と、47都道府県の男女共同参画基本計画、及びDV防止基本計画に示されている障害女性を対象にした施策を調べた制度調査を行い報告書にまとめた。
 調査では、障害女性たちの生の声を集めたいと、アンケートも「障害があり、女性であるために受けたと感じた、あなたの経験、困ったこと、暮らしづらいと感じることをお書きください」という問いに、回答者が自由に経験を書くものとして設定した。
 結果、調査回答の中で一番多かったのが性的被害に関する記述で、回答者の35%が、なんらかの被害経験を記した。なかには、福祉施設や医療の場で職員から性的被害を受けたというもの、また、家庭内で親族から受けたもの、職場や学校で被害を受けたというものなどがあり、いずれも、深刻な被害の実態が記された。性的被害と近接する異性介助を受けるなかでの不快な経験についても複数の人から回答が寄せられたほか、月経の介助を受けずにすむようにと子宮摘出を勧められた経験があるという回答や、子ども時代に優生手術を強制されたという回答もあった。
 アンケート調査では、現在もなお、障害女性の多くが、深刻な困難を生きていることが明らかにされた。同時に、制度調査では、そうした困難が存在しているにも関わらず、地方自治体の制度や政策が、障害女性の状況改善に役立っていないこと、また、性的被害を受けた障害女性に対する支援制度が整っておらず、多くの障害女性たちが支援を受けることができず、問題が潜在化している可能性が示唆された。
 障害女性は、まさに、障害者であり、女性であることで、複合的な困難を抱えている。その実態がみえてきた今、必要なことは、こうした複合的な困難を認識し、データを集め、その改善に向けた具体的な動きを作り出すことだ。そのためにも、多くの人に関心をもって、障害者制度改革の行方を見守り、複合差別の解決に向けた動きに共に取り組んでもらいたい。
 
*調査報告書の申込み・お問い合わせは、DPI女性障害者ネットワーク(E-mail:dpiwomen@gmail.com または、DPI日本会議TEL 03-5282-3730、FAX 03-5282-0017 まで)