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国際人権ひろば No.95(2011年01月発行号)

特集 健康の権利を考える Part1

日本における健康権保障の状況 〜健康権の指針を参考に〜

棟居 徳子 (むねすえ とくこ)
神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部専任講師

はじめに
 

 健康権 (right to health) は、 日本も批准しているいくつかの主要な国際人権条約に規定されている人権の一つである。 たとえば、 経済的、 社会的及び文化的権利に関する国際規約 (以下 「A規約」 とする) では、 「この規約の締約国は、 すべての者が到達可能な最高水準の身体的及び精神的健康を享受する権利を有することを認める」 (12条1項) と定められている。 その他、 女性差別撤廃条約や子どもの権利条約などにも健康権は規定されている。
 1990年代後半以降、 海外の国際人権法学者や条約機関等によって、 健康権の法的内容・構造や国家の義務が明らかにされてきた。 さらに、 2000年代に入ってからは、 健康権を現実に保障していくための国際的なメカニズムも徐々に構築されている。 その中で、 各国の健康権の遵守状況をモニターするためのツールとして、 健康権の指標 (indicators) や指針 (guideposts) が開発されている。 本稿では、 このような海外で開発されている健康権の指標・指針を基に、 日本の現状と課題について述べる。

健康権の指標・指針
 

 近年、 国際連合や国際条約機関は、 世界各国の人権の状況を審査するためのツールとして、 人権指標 (Human Rights Indicators) を発展させてきた。 健康権についても、 主に世界保健機関 (以下 「WHO」 とする) やA規約委員会が、 健康権の指標や指針を発展させ、 実際に各国の報告書審査に際しそれらを活用している。 本稿では、 紙幅の制約上、 すべての健康権の指標・指針を取り上げることはできないため、 国際レベルの報告書審査のみならず、 日本のような先進国の国内政策評価においても有効活用できる次の4つの指針に限定して以下述べる
 ヘルスケアに関わる国内の法制度は、 すべての人びとの健康権を保障するために、
 (1) 「利用可能性」
 (2) 「アクセス可能性」
 (3) 「受容可能性」
 (4) 「質」
といった4つの指針を、 当該法制度の策定・実施・評価において考慮に入れなくてはならない。
 (1) 「利用可能性」 は、 ヘルスケアに関する施設、 物資およびサービスが、 すべての人が利用できるように十分な数 (量) があるかどうかを示す指針である。
 (2) 「アクセス可能性」 は、 ヘルスケアに関する施設、 物資およびサービスが、 すべての人に差別なくアクセスできるようになっているかどうかを示す指針である。 アクセス可能性はさらに
① 「無差別」
② 「物理的アクセス可能性」
③ 「経済的アクセス可能性」
④ 「情報アクセス可能性」
の4つに細分化される。
  ① 「無差別」 は、 すべての者が差別なくアクセスできているかどうか、 アクセスできない人や集団がないかどうかを、
  ② 「物理的アクセス可能性」 は、 ヘルスケアに関する施設、 物資及びサービスがすぐに手に届くところにあるか、 それらへのアクセスについて地域的な偏在がないかを、
  ③ 「経済的アクセス可能性」 は、 すべての人にとって支払いが可能なものになっているか、 またもし必要なケアを受けるための支払いが出来ない人がいる場合、 特別の支払サービスが設けられているかを、
  そして
  ④ 「情報アクセス可能性」 は、 すべての人が必要な健康関連情報にアクセスできているかどうか
  を示す指針である。
 (3) 「受容可能性」 は、 ヘルスケアに関する施設、 物資およびサービスが、 個人情報を保護しているかどうか、 医療倫理を尊重しているかどうか、 ジェンダーに敏感であるかどうか、 文化的に適切であるかどうかを示す指針である。
 (4) 「質」 は、 ヘルスケアに関するサービス等が、 科学的医学的に適切であり、 安全で良質であるかどうかを示す指針である。

健康権の指針からみた日本の現状
 

 国際機関 (WHO や OECD) の統計データを基に、 日本と諸外国を比較した場合、 日本は国民の健康状態及び保健医療制度について一定の高い評価を得ることができるだろう。 たとえば、 その国の国民の健康状態を評価する指標の一つに 「平均寿命」 がある。 日本は、 男性の平均寿命が79.59年、 女性が 86.44年であり、 WHO の統計をみても世界トップレベルである。 また、 乳幼児の死亡率についても、 日本は人口1000人あたり 2.6 人であり、 OECD 諸国31カ国で27位の低さである。 さらに、 急性期病床数も OECD 諸国の中で一番多く、 MRI の数も OECD 諸国の中で一番多い。 一方、 医療費については、 OECD 平均が対 GDP 比 9.0 %なのに対し、 日本は 8.1 %で低く、 医療費の伸び率も OECD 平均を下回る。 また、 医師数については、 日本は OECD 平均よりも少ない10。 以上のような統計データをみると、 日本は世界の中でも 「安い医療費、 少ない医療従事者で、 国民の健康に関して高い成果をあげている」 と、 とりわけ費用対効果の面で高く評価することもできるかもしれない。
 しかし、 上述した健康権の4つの指針を軸に日本の状況をみていくと、 法制度上及び実態上も依然として多くの課題があることが浮き彫りになる。 特に近年、 「利用可能性」 と 「アクセス可能性」 に関する問題が顕著である。
 たとえば 「利用可能性」 に関しては、 医師不足・看護師不足の問題、 地方の病院や診療所の閉鎖や、 特別養護老人ホーム等の介護保険施設の不足などが挙げられる。 「利用可能性」 については、 「人口対医師数・看護師数」 が評価基準となるが、 このような医師・看護師不足の背景にある日本の勤務医や看護師の労働条件や労働環境を考慮すると、 単に絶対的な人数が不足しているという 「利用可能性」 の問題だけでなく、 提供される医療の 「質」 の問題にも関係するだろう。
 また、 上述した医師・看護師不足、 病院等の閉鎖や介護保険施設の不足と関連して、 医療難民・介護難民の問題や、 医療サービス・介護サービスの地域格差、 診療科目 (救急医療、 産婦人科、 小児科等) による格差等、 「アクセス可能性」 に関する問題も存在する。 また、 「経済的アクセス可能性」 については、 実質的な無保険状態 (国民健康保険の資格証明書の問題) が日本各地で存在する。 このように、 現在の日本においては、 所得、 性別、 年齢、 居住地等によるアクセスの不平等が存在しており、 これらはすべて健康権の侵害である。

おわりに
 

 2009年12月に日本政府は、 A規約の第3回日本政府報告書を国連事務総長に提出した11。 A規約には健康権をはじめ、 労働権 (6条〜8条)、 社会保障に対する権利 (9条)、 相当な生活水準についての権利 (11条)、 教育についての権利 (13条) など、 私たちの日々の生活に密接に関わる人権が規定されており、 これらの人権は、 現在日本が抱える政策課題 (健康・医療、 労働・雇用、 社会保障、 貧困、 教育) とも直接的に関係する。 国際条約機関の報告書審査は、 単に形式的なもので終わらせず、 国内の関連法制度を見直す良い機会として積極的に活用することが望ましい。 今度のA規約の第3回日本政府報告書審査では、 市民・NGO が中心となって、 上述した人権 (健康権) の指標・指針や条約機関の報告書ガイドライン12等を参考に、 さらに詳細に国内における人権の遵守状況を点検し、 統計データからはただちに見えてこない日本の課題を明確化した上で、 関連法制度の今後のあり方について議論をすることが重要であると考えている。

注釈
 拙稿 「国際人権法における健康権 (the right to health) 保障の現状と課題」、 社会保障法第21号、 166−181頁 (2006 年6月) を参照。
 拙稿 「国際社会における健康権保障の現状と日本の課題」 民医連医療 No.459、 13−18頁 (2010年11月) を参照。
 その他の指標等については、 拙稿 「日本における健康権保障の現状:健康権の指標からみた日本」、 松田亮三・棟居徳子編、 『生存学研究センター報告9 健康権の再検討:近年の国際的議論から日本の課題を探る』、 立命館大学生存学研究センター、 38−50頁 (2009年12月) を参照。
 厚生労働省大臣官房統計情報部 「日本人の平均余命 平成21年簡易生命表」
 OECD Health data 2010. OECD 平均は4.7人。
 OECD Health data 2010. 日本は人口1000人あたり 8.1 床であり、 OECD 平均は 3.6 床。
 OECD Health data 2010. 日本は人口100万人あたり43.1個であり、 OECD 平均は12.3個。
 OECD Health data 2010. なお、 日本の一人当たりの医療費は2,729米ドルであり、 OECD 平均は3,078米ドル。
 OECD Health data 2010. 日本の医療費の伸び率は 2.3 %であり、 OECD 平均は 4.2 %。
10 OECD Health data 2010. 日本の医師数は、 人口1,000人あたり 2.2 人であり、 OECD 平均は 3.1 人。
11 第3回日本政府報告書は、 外務省ホームページ:
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/pdfs/
    2b1_003.pdf
報告制度及び報告書の概要については、 拙稿 「社会権規約を日本で活かす〜社会権規約の報告制度と第3回日本政府報告書〜」、 週刊社会保障 No.2580、 42−47頁 (2010年5月) を参照。
12 UN Doc. E/C.12/1991/1. や UN Doc. E/C.12/2008/2. など参照。