国連反人種主義・差別撤廃世界会議NGOフォーラムの宣言と行動計画が提起するもの

世界のNGOが練り上げた会議の成果文書

United to Combat Racism‥‥人種主義と闘うために団結しよう

Equality, Justice, Dignity‥‥平等、正義、尊厳

 

ヒューライツ大阪・藤本 伸樹


NGOフォーラムでの若者によるパーフォーマンスの様子


 8月28日から9月8日にかけて行われた国連反人種主義・差別撤廃世界会議(本誌9月号にて既報)では、NGOフォーラムと政府会議が行われ、それぞれ宣言と行動計画が採択された。しかし、政府会議の文書は、編集に時間を要しており、11月1日現在でも国連から正式に公表されていない。本号では、NGOフォーラムの宣言・行動計画の概要を中心に紹介する。

 

473項目のNGO宣言と行動計画

 NGOフォーラムは、NGOが差別撤廃を市民社会に幅広く訴えることに加え、議論の成果としてまとめられる宣言と行動計画の内容が政府会議の議論で反映されるよう打ち出していくことを主目的としていた。このフォーラムが世界会議の政府会議に先立つ日程で開催された理由もそこにあった。

 NGOの宣言と行動計画は、世界会議の準備プロセスとしてフランスやチリ、セネガル、イラン、ポーランド、ネパールなど各地域で開かれた会合で起草がはじまり、1年半をかけてその内容の検討が積み重ねられた。

 これらが最終的な文書として「採択」されたのはNGOフォーラム最終日の9月1日で、その後編集や校正を加えて、9月4日に世界会議の議長であるヌコサザナ・ズマ南ア外相や事務局長を務めるメアリー・ロビンソン国連人権高等弁務官に提出された。

 NGO宣言・行動計画は、箇条書き形式で473のパラグラフ(そのうち宣言の3パラグラフは削除されている)からなりA4サイズで英文76ページのボリュームである。宣言部分の最初の62項目までは前文が続き、すべての人権は普遍的で不可分であることを確認するとともに、人種、身分、門地、性別、民族、国籍をはじめとする様々な違いに関わりなくすべての人は人権を享有していると述べるなど、これまでの人権会議での合意をあらためて提示している。また、文化や言語、宗教などが多様に存在する社会の豊かさを認め、この多様性こそが人種差別や奴隷制、外国人排斥などが存在しない社会を創造していくための潜在力であることを確認している。

宣言の概要

1)植民地と補償

 NGO宣言の本文(パラグラフ63‐193)で目を引くのは、かつて大西洋、インド洋、サハラ砂漠などを越えて行われた奴隷貿易、およびアフリカ人とその子孫の奴隷化は、「人道に対する罪」であり、何百万人も死に至らしめ、今日まで続くアフリカの低開発の原因を築いていると認識していることだ。

 一方、奴隷化や植民地化によって不当に富を蓄えた西側諸国は、被害者に対して正当で公正な補償を行う義務があるとしている。

 この補償をめぐる論議は、政府会議での宣言や行動計画の作成過程で意見が分かれ、会議の紛糾した最大の理由となった。アフリカ諸国が具体的謝罪や補償を要求する一方で、それを迫られる西側諸国が強く抵抗したからである。結局、奴隷制は「人道に対する罪」だと定義されるだけにとどまり、補償をめぐる合意は得られなかった。

 この点が、NGOと政府会議においてそれぞれまとめられた宣言・行動計画の際だった相違点のひとつとなった。

2)パレスチナ問題

 もうひとつの大きな争点となったパレスチナ問題に関しては、NGO宣言ではイスラエルを「人種主義的アパルトヘイト国家」だと宣言し、イスラエルが占領地域で続けている様々な「人種主義犯罪」を徹底的に非難している。また、イスラエル国内における法的、経済的、政治的権利に関するパレスチナ人に対する差別を憂慮している。

 ロビンソン人権高等弁務官は、イスラエル非難には受け入れがたい表現が含まれるとして、NGO宣言・行動計画を各国の政府代表に推薦できないと明言するに至った。

 一方、政府会議においても、イスラエルの建国理念であるシオニズムを人種主義とする文言などが採択されるムードが高まってきたとき、アメリカとイスラエルは激しく反発して代表団を引き揚げたのであった。ところが、最終的にはイスラエルを名指しで弾劾する表現は姿を消し、パレスチナ人への人権侵害に対して「苦しみを憂慮する」という表現に落ちついたのである。

3)ダリットと部落差別

 このように、奴隷制に対する補償問題とパレスチナ問題が世界会議を通して最大の論点となったが、インドから200人以上のダリット(被差別カースト)が参加してアピールしたカースト問題も注目された。NGO宣言では、「職業と門地(世系)に基づく差別」がアジア・太平洋地域やアフリカに存在し、3億人以上が歴史的に差別されている事態を訴えている。ダリットが「不可触」の存在として著しい人権侵害が行われていることに加え、日本では400年以上も部落差別が続いていることを報告している。

4)他の課題

 難民や国内避難民が増加している事態にも憂慮を示し、なかでも女性や子どもは避難した先で差別の被害をより受けやすいという実態を指摘している。

 先住民族に関しては、自決の権利を有し、先祖伝来の土地に対して固有の所有権を有すると宣言するとともに、先住民族に対する差別的な法律や政策、および先住民族女性に対する性暴力を指弾している。

 このほか、民族的マイノリティ、移住労働者、ユダヤ人、ロマ民族、HIV感染者、障害者などに対する差別や、環境レイシズムや宗教的非寛容、人身売買、グローバル化のもたらす貧困などの問題に警鐘を鳴らしている。

 さらに、様々な差別は交差し連関しあっており、女性や障害者はとりわけ複合差別の被害者となっていると随所で強調されている。

 教育が人種主義と闘ううえで決定的に重要であると指摘している。また、教育システムのなかには、人種主義を助長している場合があると懸念を表明している。

行動計画

 行動計画は、宣言よりもボリュームが多くパラグラフ194から最後の473まで続いている。宣言であげられた現状認識を受けて、国連をはじめとする国際機関や各国政府に対して、差別撤廃に向けた具体的措置を要請している。

 まず前文が229まで続いており、207ではすべての国家に対して、すべての国際的および地域的文書(条約や基準)を留保することなく批准し、実施するよう要請している。

 奴隷制や奴隷貿易に対する補償に関しては、国連や各国政府に対して、金銭を含む補償や土地の返還などによる現状回復、再発防止の措置を要請している。さらに、そうした補償プログラムが予定通り実施されるよう独立性のある国際的な監視機関を創設することを求めている。

 補償の提供は、人種・皮膚の色・カースト・門地・民族・先住民族・国民的出身を理由に受けた人道に対する罪の被害者すべての集団・その構成員にも保証されるよう国連や国家に求めている。

差別撤廃に向けて、国際人権条約の実施、国内法制度の整備とその実施、さらに行政的措置などをNGOとの協力のもとで進めていくよう要請している。

 「職業と門地に基づく差別」を受けているダリットをはじめとする集団に関しては、11パラグラフにおよんでおり、差別をなくすための法的、行政的、財政的、教育的措置など包括的な施策をとるよう要求している。一方、政府会議では、「職業と門地に基づく差別」に関して、行動計画案に掲載され、議論の対象となっていたのだが、カースト差別が世界会議で論じられることにインド政府が猛反発して、起草委員会において議論がストップし、結局時間切れとなり、他の約20の非合意事項とともに一括して削除されてしまったのである。

 グローバル化がもたらす差別的影響によって、共同体が不安を募らせる兆候に対し、政府は懲罰的な対応で臨むのではなく、民主主義的で反人種主義的連帯をめざすよう支援を促している。グローバル化によって資源が不均等に配分されているという現状認識に立ち、国際的、国家的、地域的なレベルにおいて存在する人種主義を予防する戦略作りを求めている。また、「企業の社会的責任」の高揚を奨励している。

 人種的偏見に基づいた憎悪犯罪(ヘイトクライム)の被害者に対する国際的な保護政策の策定・実施や加害者の処罰・防止のための調査・監視体制の設立を提言している。

 政府会議では、同性愛者など性的マイノリティのNGOは、参加に必要な認証の発行が認められないなど、性的指向に基づく差別に関しては、まったく議題にとりあげられなかった。一方、NGOフォーラムでは、この問題は主要なテーマのひとつとなった。

NGO間の不協和音

 宣言・行動計画の採択をめぐり、そのプロセスが不透明かつ非民主的で、結果として幅広いコンセンサスを欠いているという批判の声も一部聞かれる。実際、予定より大幅に遅れたNGOフォーラム閉会式の終了後、起草委員会メンバーの一部がすでに去ったあとで提示され、紛糾の末深夜に無投票で「採択」されたという。

 内容に関しても、ロビンソン人権高等弁務官が、NGO宣言・行動計画におけるイスラエル非難のトーンが強すぎるとコメントしたことに加え、NGO のなかでも「イスラエルを猛烈に指弾するのは不寛容そのもので、世界会議の趣旨に反する」と批判するグループも存在する。

 東欧、中央ヨーロッパのNGOが中心となってNGO宣言・行動計画に違和を唱える共同声明も出されている。とはいえ、その共同声明では、宣言・行動計画を全面的に否定するのではなく、パレスチナ問題を除いた、様々な取り組みの提案については高く評価しているのである。

今後の課題

 確かに批判の余地があるうえに、内容の重複が散見されひとつの文書としてのまとまりに欠けるという欠点はあるものの、世界中のNGOが議論を闘わせながら、世界各地に存在する幅広い人種差別の課題に着目し、その撤廃をめざした方向性を文書としてまとめあげた意義は大きい。今後は各地域や現場において、さらに議論を通して解釈を深めてNGOフォーラムでの成果文書の活用を図ることが大切である。


*NGOフォーラムの宣言・行動計画は、日本から参加したNGOの連合体である「ダーバン2001」、反差別国際運動(IMADR)を中心に分担して翻訳中です。完成後、ヒューライツ大阪のホームページにも掲載します。政府会議の成果文書の概要については、次号(2001年1月号)に掲載予定です。


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