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  1. ビジネスと人権の問題は、国境を超える経済活動の隆盛と相まって、民間部門の当時の目をみはるばかりの世界的拡大を反映しつつ1990年代に、グローバルな政策課題に恒久的に組み込まれることになった。このような情勢の推移は、人権に関する企業の影響についての社会的意識を高め、また国際連合の注意をも惹くことになった。

  2. かつて国際連合でなされた一つの試みは「多国籍企業及びその他の企業に関する規範」と呼ばれ、これは当時の人権委員会(1)の専門家からなる補助機関(2) によって起草されたものである。本質的には、これは、国家が批准した条約の下で受諾している人権義務と同じ範囲、すなわち「人権を促進し、その実現を保証し、人権を尊重し、尊重することを確保し、そして人権を保護すること」を、国際法の下で直接に企業に課そうとするものであった。

  3. この提案は、経済界と人権活動団体の間に埋めることのできない溝を作りだしてしまい、政府側からの支持もほとんど引き出せなかった。人権委員会はこの提案に関しては意思表明することさえしなかった。その代わりに、委員会は、新たな取組みとして、2005年に、「人権と多国籍企業及びその他の企業の問題」に関する事務総長特別代表という役職の設置を決め、事務総長にその役職者の任命を要請した。本報告書はこの特別代表の最終報告書である。

  4. 特別代表の仕事は、3つの段階で徐々に進められてきた。この役職が見解の対立の結果として生まれたことを反映して、最初の任期は2年だけで、既存の基準と慣行を「確認し明らかに」することを主にめざした。これが第一の段階であった。2005年の時点では、ビジネスと人権の分野の様々な ステークホルダー・グループの間で共通理解とされているものがほとんどなかった。したがって、特別代表は、広範にわたる体系的な調査研究に取りかかった。この調査研究は現在に至るまで続いている。数千ページにのぼる資料は特別代表のウェブ ポータル サイトで見ることができる(http://www.business-humanrights.org/SpecialRepPortal/Home)。すなわち、企業によって人権が侵害されたという訴えのパターンの分類整理;国際人権法及び国際刑事法の進化しつつある基準;国家と企業により生じつつある慣行;ビジネスに関連する人権侵害に関する国家の義務に関する国際連合の人権条約機関(3)解説;投資協定、会社法、及び証券規制法が国家及び企業の人権政策・方針に及ぼす影響;関連問題、である。この調査研究は、人権理事会をはじめとして積極的に広く伝えられた。これは、現在のビジネスと人権の考察のために、より広くより確かな事実に基づいた基盤を提供してきており、また、本報告書の付録である指導原則に反映されている。

  5. 2007年に、理事会は特別代表の職務権限をさらに1年更新し、勧告を出すよう特別代表に求めた。これが仕事の第二の段階となった。特別代表は、公的にまた私的に、ビジネスと人権に関連する様々な取組みがされてきたことを知っていたが、状況を真に動かすのに十分な規模を持つに至ったものはなかったと考える。それらは、別々の断片にとどまり、一つのまとまりとして、あるいは補完的な制度として実を結ぶというものではなかったのである。その主な理由の一つは、関連するステークホルダーの期待と行動が収束できる権威あるフォーカルポイントが欠けていたことである。そこで2008年6月に、特別代表はただ一つだけ、特別代表が3年間の調査研究と協議を経て到達した「保護、尊重及び救済」枠組を人権理事会が支持することという勧告をおこなった。人権理事会は、この勧告にしたがい、決議8/7でこの枠組を満場一致で「歓迎」し、それによって、これまで欠けていた「権威あるフォーカルポイント」を提供した。

  6. この枠組は3本の柱に支えられている。第一は、しかるべき政策、規制、及び司法的裁定を通して、企業を含む第三者による人権侵害から保護するという国家の義務である。 第二は、人権を尊重するという企業の責任である。これは、企業が他者の権利を侵害することを回避するために、また企業が絡んだ人権侵害状況に対処するためにデュー・ディリジェンス(4)を実施して行動すべきであることを意味する。第三は、犠牲者が、司法的、非司法的を問わず、実効的な救済の手段にもっと容易にアクセスできるようにする必要があるということである。それぞれの柱は、防止及び救済のための手段の、相互連関的で動的な体系を構成する重要な要素である。すなわち, 国家は国際人権体制のまさに中核にあるが故に、国家には保護するという義務がある。人権に関して社会がビジネスに対して持つ基礎的な期待の故に、企業には尊重するという責任がある。そして細心の注意を払ってもすべての侵害を防止することは出来ないが故に、救済への途が開かれている。

  7. この枠組は、人権理事会にとどまらず、各国政府、企業と業界団体、市民社会そして労働者組織、国内人権機関(5)、投資家に支持され、採用されてきた。それは、国際標準化機構や経済協力開発機構などの多国間機関がビジネスと人権の分野でそれぞれの取組みを進める際にも利用されてきた。他の国際連合特別手続(6)でもこれを広く引き合いに出している。 

  8. 枠組固有の有用性とは別に、特別代表によってその任務遂行のために招集された数多くの、そして多様な参加者によるステークホルダー協議が、この枠組に対する幅広い好意的評価に役立ったことは疑いない。実際2011年1月までに、特別代表はすべての大陸で47の国際協議会合を持ち、特別代表とそのチームは20カ国以上で事業拠点視察と現地のステークホルダー訪問をおこなった。

  9. 決議8/7で、「保護、尊重及び救済」枠組を歓迎した人権理事会はまた、特別代表の職務権限を2011年6月まで延長し、枠組を「運用できるようにする」こと、すなわち、枠組の実施のための具体的かつ実行可能な勧告を出すことを求めた。これは特別代表の仕事の第三段階である。2010年6月の理事会会期で 「双方向対話」(7)において、各国政府代表は、勧告が「指導原則」の形をとるべきことで合意した。この指導原則は、本報告書の付録となっている。指導原則を作成するうえで、理事会は特別代表に対して、彼の任務を最初から特徴づけていた調査研究と協議というやり方を維持するよう求めた。したがって、この指導原則は、政府、企業と業界団体、世界のさまざまな場所で企業活動から直接的に影響を受けている個人と地域社会、市民社会、そして指導原理が触れている法律や政策の多くの領域の専門家を含むすべてのステークホルダーとの広範な話し合いの成果を取り入れている。

  10. 指導原則を作成するうえで、理事会は特別代表に対して、彼の任務を最初から特徴づけていた調査研究と協議というやり方を維持するよう求めた。したがって、この指導原則は、政府、企業と業界団体、世界のさまざまな場所で企業活動から直接的に影響を受けている個人と地域社会、市民社会、そして指導原理が触れている法律や政策の多くの領域の専門家を含むすべてのステークホルダーとの広範な話し合いの成果を取り入れている。

  11. 指導原則のいくつかはすでに実地テストも済ましている。たとえば、企業と企業が拠点を持つ地域社会が関連する非司法的苦情処理メカニズムの有効性の要件に関わる指導原則の部分は、5つの分野において各々異なる国で試された。指導原則の人権デューディリジェンス条項の実行可能性については、10の企業で内部的に試され、40以上の法域に精通した20以上の国からの会社法専門家と細部にわたる議論が重ねられた。紛争影響地域でしばしば起きる様々な人権侵害に企業が巻き込まれるのを回避するために、政府がどのように支援すべきかいうことを論じる指導原則は、これらの課題に取り組んできた実務経験を持つ国家の様々な部局からの担当者が集まって持たれた、オフレコで想定事例を使ったワークショップから生まれたものである。端的に言えば、この指導原則は実行可能であるというばかりではなく、実際行われてきたことをも考慮に入れた指針を提供することを目指している。

  12. さらに指導原則の本文自体が広範な協議を経てきたものである。2010年10月には、注釈つきの概要が、人権理事会の政府代表団、企業と業界団体そして市民社会団体それぞれと別々に持たれた一日協議で話し合われた。同じ文書は、国内人権機関国際調整委員会(8)の年次会合にも提出された。そのようにして表明された多様な見解を考慮に入れて、特別代表は指導原則とその解説の草案全体を作成し、これを2010年11月22日に全加盟国に送付し、パブリック・コメントを求めて2011年1月31日までオンライン掲載をした。 オンライン協議には120の国及び地域から3,576人のユニーク・ビジターがあった。政府からのものを含め約100の書面による提案が直接、特別代表に提出された。これに加えて、指導原則草案は、2011年1月に開催されたマルチステークホルダー専門家会合で、またその時会期中であった理事会の代表団とも話し合われた。このたび理事会に提出された最終版はこの広範かつ包括的手法の産物である。

  13. この指導原則は何をするのか。また、それはどう読まれるべきなのか。指導原則を理事会が是認、支持することそのものがビジネスと人権の課題に終止符を打つことにはならない。けれども、これは終わりの始まりと言えるであろう。それは、行動するための共通のグローバルな基盤を築き、その上に、他の有望でより長期的な展開を妨げることなく、一つずつ前進を積み重ねていくということである。

  14. この指導原則の規範的貢献は、新た国際法上の義務を作ることではなく、国家と企業のための既存の基準と慣行が持つ影響を詳細につめることにある。それは、既存の基準と慣行を、論理的に首尾一貫したそして包括的な一つのひな型にまとめること、そしてどこに現在の体制で足りないところがあるのか、またいかにしてそれを改善すべきかを明確にすることである。各々の原則には、さらにその意味と影響を明らかにする解説が付けられている。

  15. 同時に、指導原則は、棚から取り出しすぐに使えるツール・キットとして考えられてはいない。原則自体は普遍的に適用可能であるが、それを実現する手段は、192の国際連合加盟国、80,000の多国籍企業とその10倍の子会社、またそのほとんどが中小企業である数え切れない何百万という現地企業がある世界にわれわれが住んでいるという現実を反映するものになろう。したがって、実施のための手段ということになれば、一つのひな型がすべてに適合するというわけにはいかないのである。

  16. 特別代表は、この指導原則を人権理事会に提出できることを光栄とするものである。同時に、社会の様々な部門や業界を代表する、世界各地の数百にものぼる個人、団体、諸機関の並々ならぬ貢献に謝意を表したい。彼らは、無償で時間を割いてくれ、自分たちの経験を忌憚なく分かち合ってくれ、選択肢について熱心に語り合ってくれた。特別代表の任務を支援して、ビジネスに関連する人権侵害の効果的防止と救済に関して普遍的に適用でき、かつ実行可能な指導原則を確立しようという、ひとつのグローバルな運動を起こすことになった人たちである。


 


(1) 訳者註)国際連合人権委員会(Commission on Human Rights)は1946年から2006年まで、経済社会理事会(ECOSOC)のもとにおかれた機関で、その構成は国際連合加盟国の中から選挙で選ばれたが、2006年時点では53カ国であった。2006年人権委員会に代わって国際連合総会のもとに人権理事会(Human Rights Council)が新たに設けられた。

(2) 訳者註)人権保護及び促進のための小委員会。委員は人権委員会で選出され、独立した個人の資格で加わる。2006年人権理事会創設のときに人権理事会とともに廃止された。人権理事会は個人の資格で選出される委員によって構成される諮問委員会を持つが、その権限機能は小委員会に比べて大幅に縮小されている。

(3) 訳者註) 国際連合で作られた人権条約のうち、2011年10月現在10の条約で条約履行を監視するための委員会が設けられており、政府からの条約義務履行に関する報告書の審査、勧告等をおこなう。

(4) 訳者註)「相当の注意」とも訳されるが、企業と人権の問題の分野では「デュー・ディリジェンス」というのが一般的になっている。

(5) 訳者註)1993年12月国際連合総会決議でパリ原則が承認され、国内人権機関のひな型が示された。国内人権機関とは、既存の公的機関とは別に、人権保護に関して人権侵害調査、人権促進、人権教育、政府、議会などに対する人権政策や立法に関する助言など、幅広い機能を持つとされる。人事と財源の独立性を持つことで、政治的な影響を免れるよう配慮されている。国際連合では各国にこの国内人権機関の設置を勧告し、多くの国際連合加盟国がこれに応えて国内人権機関を設置してきた。国際レベルでは国内人権機関国際調整委員会、アジア太平洋地域ではアジア太平洋フォーラムがあり、各国の国内人権機関の相互協力が図られている。2011年現在、日本では国内人権機関が設置されていない。

(6) 訳者註)国際連合人権理事会は、人権課題や特定国の人権状況に取り組むために、特別報告者、特別代表、独立専門家、作業部会を設け、専門家を独立した個人の資格で任命している。これらをまとめて特別手続(Special Procedures)という。その報告書は人権理事会や総会に提出される。人権と多国籍企業及びその他の企業の課題に関する事務総長特別代表もこの特別手続の一つである。

(7) 訳者註)人権理事会では、特別報告者や特別代表が報告書の提出とともに報告書の説明を行い、それを受けて各国政府代表がコメントをすることが慣例になっている。質疑応答や、さらに追加的なコメントもあるために、双方向対話といわれる。

(8) 訳者註)世界各地の国で設けられている国内人権機関をつなぐネットワークとしての役割を持つ集まりである。2010年の時点で約70の国内人権機関が参加を認められている。

一般原則

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この指導原則は、以下を認めることのうえに成り立っている。

(a) 人権及び基本的自由を尊重、保護及び実現するという国家の既存の義務

(b) 特定の機能を果たす特定の社会組織として、適用されるべきすべての法令を遵守し人権を尊重するよう求められる、企業の役割

(c) 権利及び義務が侵されるときに、それ相応の適切で実効的な救済をする必要性

この指導原則は、すべての国家とすべての企業に適用される。すべての企業とは、その規模、業種、拠点、所有形態及び組織構成に関わらず、多国籍企業、及びその他の企業を含む。
この指導原則は、全体を一つの首尾一貫したものとして理解されるべきであり、また影響を受ける個人や地域社会に具体的な結果をもたらすため、またそれにより社会的に持続可能なグローバル化に貢献するためにビジネスと人権に関する基準と慣行を強化するという目標に沿って、個別に、またまとめて、読まれるべきである。

この指導原則におけるいかなるものも、新たな国際法上の義務を創設するものして、また、国家がすでに受け入れ、また人権に関する国際法の下で受諾するいかなる法的義務を制限するか若しくは損なうものと解釈されるべきではない。

この指導原則は、社会的に弱い立場に置かれ、排除されるリスクが高い集団や民族に属する個人の権利とニーズ、その人たちが直面する課題に特に注意を払い、かつ、女性及び男性が直面するかもしれない異なるリスクに十分配慮して、差別的でない方法で、実施されるべきである。
 

原則1

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国家は、その領域及び/または管轄内で生じた、企業を含む第三者による人権侵害から保護しなければならない。そのために、実効的な政策、立法、規制及び裁定を通じてそのような侵害を防止し、捜査し、処罰し、そして補償するために適切な措置をとる必要がある。

解説

国家は、国際人権法上の義務により、その領域、及び/または、管轄内にある個人の権利を尊重、保護及び実現する必要がある。これは、企業を含む第三者による人権侵害から保護する義務を含む。

人権保護は国家が担う義務である。これは、国家に求められる行為基準であることから、国家は、私人による人権侵害それ自体に対し責任を負うわけではない。しかし、このような侵害が国家に起因している場合、あるいは私人による侵害を防止、捜査、処罰及び補償するための適切な措置を怠った場合には、国家は国際人権法上の義務に違反することになりかねない。国家は、一般的に、これらの措置について決定する裁量を持つが、政策、立法、規制及び裁定を含む、許容される範囲であらゆる防止と救済の措置を考慮すべきである。国家はまた、法の前の平等を確保する措置をとり、その適用における公平性、そして責任のしかるべき明確性、法の安定性ならびに手続的及び法的透明性を規定することにより、法の支配を保護し促進する義務がある。

本章では防止的措置を取り上げ、第3章で救済措置を概説する。

原則2

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国家は、その領域及び/または管轄内に住所を定めるすべての企業がその活動を通じて人権を尊重するという期待を、明確に表明すべきである。

解説

現在、国家は、国際人権法の下では、その領域及び/または管轄内にある企業の域外活動を規制することを一般的には求められていない。また、認知された管轄的根拠がある場合、そうすることを一般的に禁止されてもいない。これに沿って、人権条約機関 のいくつかは、国家が管轄内にある企業による国外での侵害を防止する手段を講ずることを勧告している。

特に国家自体が企業に関わり、またはこれを支えている場合に、国家が企業に対して、国外で人権を尊重するという期待を明確に表明することには強い政策的理由がある。その理由は、一貫して矛盾のないメッセージを伝えることにより、企業に予測可能性を保証し、国家自体の評判を守るということである。

国家は、これに関してさまざまなアプローチを取ってきた。そのなかには、域外的な波及効果のある国内措置がある。例えば、「親」会社に対し、企業グループ全体でグローバルに展開する事業活動についての報告を要求すること、経済協力開発機構 多国籍企業行動指針のような多国間合意のソフト・ロー文書、そして国外投資を支援する機関が求めるパフォーマンス基準である。その他のアプローチとして、直接的な域外適用立法及びその執行がある。これは、犯罪行為地を問わず、犯罪行為者の国籍に基づく訴追が可能な刑事法制度を含む。例えば、そのような国家の行為が多国間合意に基づくものであるかどうかなど、様々な要素が国家の行為の主観的及び客観的妥当性を高めるのに役立つこともあろう。

原則3

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保護する義務を果たすために、国家は次のことを行うべきである。

(a) 人権尊重し、定期的に法律の適切性を評価し、ギャップがあればそれに対処することを企業に求めることを目指すか、またはそのような効果を持つ法律を執行する。

(b) 会社法など、企業の設立及び事業活動を規律するその他の法律及び政策が、企業に対し人権の尊重を強制するのではなく、できるようにする。

(c) その事業を通じて人権をどのように尊重するかについて企業に対し実効的な指導を提供する。

(d) 企業の人権への影響について、企業がどのように取組んでいるかについての情報提供を奨励し、また場合によっては、要求する。

解説

国家は、企業が常に国家の不作為を好み、または国家の不作為から利益を得ると推定すべきではなく、企業の人権尊重を助長するため、国内的及び国際的措置、強制的及び自発的な措置といった措置を上手に組み合わせることを考えるべきである。

企業の人権尊重を直接的または間接的に規制する現行法が執行されないことは国家慣行上の著しい法的ギャップである。それは、差別禁止法や労働法から、環境、財産、プライバシー及び腐敗防止に関する法にまで及ぶ。したがって、国家は、そのような法律が、現在、実効的に執行されているか、もし執行されていないのであればなぜそのような事態に至ったのか、どのような措置をとれば状況がそれなりに改善するのかについて考察することが重要である。

同様に重要なことは、これらの法令は常に進化しつつある状況に照らして必要な対処ができるか、関連した政策とともにこれらの法令は、企業の人権尊重に資する環境を作りだしているかについて、 国家が再検討することである。例えば、土地の所有や使用に関連する権原を含む、土地へのアクセスを規律するような、法令や政策の分野において明確性をより高めることが、権利保持者と企業の双方を保護するために、必要となることも多い。

会社法や証券法など、企業の設立と継続的な事業活動を規律する法令や政策は、企業の行動に直接的に枠付けをする。しかし、それが人権に対してどのような影響を持つかということについては、ほとんど理解されていないままである。例えば、会社法や証券法において、会社及びその管理職が人権に関して何を求められているのかということは言うまでもなく、何を許されているかに関しても、明確な規定はない。この分野の法令や政策は、取締役会など既存の統治組織の役割に配慮しながら、企業が人権を尊重できるように十分な指導を提供すべきである。

人権尊重に関する企業への指導は、結果として何が期待されているのかを示し、最良の慣行の共有を促進すべきである。そこでは、人権デューディリジェンスを含む適切な手法や、先住民族、女性、民族的または種族的少数者、宗教的及び言語的少数者、子ども、障がい者、及び移住労働者とその家族が直面する具体的な課題を理解したうえで、ジェンダー、社会的弱者、及び/または排斥問題をいかに実効的に考慮するかについて助言すべきである。

パリ原則に基づいた国内人権機関は、関係法令が人権義務に合致し、実効的に執行されているかどうかについて国家が確認するのを助け、人権に関する指導を企業や他の非国家アクターにも提供するという、重要な役割を有している。

人権への影響にどのように取り組んでいるかについての企業からの情報提供は、影響を受けるステークホルダーとの非公式なエンゲージメントから公式な報告書による公表まで幅広い。国家がそのような情報提供を奨励し、また場合によっては、要求することは、企業による人権尊重を促進するために重要である。適切な情報を伝えることを促すための方策のひとつに、司法または行政手続の過程でなされる自発的な報告に重きを置く規定がある。情報提供を求めることは、事業活動の性質または活動状況が人権に対し重大なリスクをもたらす場合には特にふさわしいであろう。この分野における政策や法律は、情報へのアクセス可能性及びその内容の正確性双方を確保することに役立つとともに、企業が何をどのように伝えるべきかを役に立つように明らかにすることができる。
 

原則4

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国家は、国家が所有または支配している企業、あるいは輸出信用機関及び公的投資保険または保証機関など、実質的な支援やサービスを国家機関から受けている企業による人権侵害に対して、必要な場合には人権デュー・ディリジェンスを求めることを含め、保護のための追加的処置をとるべきである。

解説

国家は個々には、国際人権法の下では主要な義務負担者であり、集合的には、国際人権体制(11)の受託者である。企業が国家によって支配される場合や、さもなければその行為が国家によると考えられる場合、企業による人権の侵害は、国家自体の国際法上の義務違反となりうる。さらに、企業が国家に近ければ近いほど、あるいは企業の活動が法的根拠や租税による財源に依存すればするほど、企業が人権を尊重することを確保するためにとられる国家の政策の理論的根拠は強くなる。

国家が企業を所有するか支配している場合には、国家はその権限の範囲内で、人権尊重に関連する政策、法律及び規制が施行されることを確保するためにきわめて強力な手段を持つ。上級管理職が国家機関に一般的に報告を行い、政府関連部局は、人権デュー・ディリジェンスが実効的に実施されることを確保するなど、監視や監督のためのより大きな機会を持つことになる。(これら企業は第II章で扱われる人権を尊重する企業の責任の対象でもある。)

公式にまたは非公式に国家につながるさまざまな機関が、企業活動に支援とサービスを提供することがある。これらは、輸出信用機関、公的投資保険・保証機関、開発機関、及び開発金融機関などを含む。これら機関が受益企業の実際のもしくは潜在的な人権への負の影響をはっきりと考慮していない場合、機関は、そのような侵害を支援したということで、評判の面で、金銭的、政治的、及び潜在的には法的な意味で、自身をリスクにさらし、受入国が抱える人権問題をさらにこじらせる可能性がある。

これらのリスクを前提に、国家は、機関それ自体や国家の支援を受ける企業及び企画事業に、人権デュー・ディリジェンスを奨励し、そして必要な場合、求めていくべきである。人権デュー・ディリジェンスを求めることは、事業活動の性質や活動状況が人権に重大なリスクをもたらす場合に最もふさわしくなる。


(11) 訳者註)国際連合やILOなど世界の国々が加盟する国際機関では、人権関連の課題を取り上げ、人権保護促進のために、条約、人権課題を取り上げ国際的な合意を形成し実施するための機関や制度を作り上げてきた。これを総称的に国際人権体制(international human rights regime)という。

原則5

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国家は、人権の享受に影響を及ぼす可能性のあるサービスを提供する企業と契約を結ぶか、あるいはそのための法を制定している場合、国際人権法上の義務を果たすために、しかるべき監督をすべきである。

解説

国家は、人権の享受に影響するサービスを民営化する場合、その国際人権法上の義務を放棄するわけではない。そのようなサービス業務を行う企業が国家の人権義務に合致した方法で活動することを国家が確保できない場合、国家自体の評判にもまた法的にも望ましくない結果をもたらすことになる。必要な措置として、サービス契約またはサービス提供を定める法令において、これらの企業が人権を尊重するとの国家の期待を明確にすべきである。国家は、しかるべき独立した監視及び説明責任制度を設けることを含む、実効的に企業活動を監督できることを確保すべきである。

原則6

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国家は、国家が商取引をする相手企業による人権の尊重を促進すべきである。

解説

国家は、少なからずその調達活動などを通じて、企業とさまざまな商取引を行っている。それは、国家にとって、個別でも国の集まりとしても、国内法・国際法上の国家の関連した義務を考慮に入れながら、契約条件などを通して企業の人権についての意識向上や人権に対する尊重を推進する絶好の機会となっている。

原則7

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重大な人権侵害のリスクは紛争に影響を受けた地域において高まるため、国家は、その状況下で活動する企業がそのような侵害に関与しないことを確保するために、次のようなことを含めて、支援すべきである。

(a) 企業がその活動及び取引関係によって関わる人権関連リスクを特定し、防止し、そして軽減するよう、できるだけ早い段階で企業に関わっていくこと。

(b) ジェンダーに基づく暴力や性的暴力の双方に特別な注意を払いながら、侵害リスクの高まりを評価しこれに対処するよう、適切な支援を企業に提供すること。

(c) 重大な人権侵害に関与しまたその状況に対処するための協力を拒否する企業に対して、公的な支援やサービスへのアクセスを拒否すること。

(d) 重大な人権侵害に企業が関与するリスクに対処するために、国の現行の政策、法令、規則及び執行措置が有効であることを確保すること。

解説

企業が関与する最も深刻な人権侵害には、領域や資源の支配、または政府そのものの支配をめぐる紛争において、人権体制(12)がしかるべく機能することを期待できない場合に起きるものがある。責任ある企業は、このような難しい状況において人権侵害を助長するのを避ける方法について、ますます政府の指導を求めるようになってきている。革新的で実践的なアプローチが必要である。なかでも、紛争時に特に頻発する性的及びジェンダーに基づく暴力のリスクに注意を払うことが重要である。

現場の状況が悪化する前に、早急に問題に取組むことが全ての国家にとって重要である。紛争影響地域では、実効的な支配が欠如しているため「受入」国が適切に人権を保護できないこともありうる。したがって、多国籍企業が関与している場合、その「本」国には、当該企業及び受入国がともに、企業が人権侵害に関与しないことを確保するために支援を行う役割があり、同時に近隣諸国は重要な追加的支援を供与することもできる。

本国は、政策の強い一貫性を確保し、そのような状況でもそれ相当に企業を支援するために、以下のことをすべきである。すなわち、本国の首都及び出先大使館にある、開発援助機関、外務省や貿易省、及び輸出金融機関の間の、またこれら諸機関と受入国政府機関の間のより緊密な協力関係を醸成すること。政府機関及び企業に対して問題への注意喚起をするために早期警戒指標を開発すること。このような状況において企業が協力しなかった場合に、既存の公的支援及びサービスを拒否または撤回し、またそれが不可能な場合は将来の提供を拒否することなど、しかるべき対応をすること。

国家は、紛争影響地域では重大な人権侵害に関与するリスクが高いことを企業に警告すべきである。国家は、企業による人権デュー・ディリジェンスの実施のための規定を通じてを含む、その政策、法令、規制及び執行措置がこの高いリスクに有効に対処できるものであるかどうかを再検討すべきである。ギャップが明らかな場合には、国家はそれらに対処するために適切な手段をとるべきである。これには、その領域及び/または管轄内に住所を持つかもしくはそこで事業活動をする企業で、重大な人権侵害に関与しまたは助長したものの民事、行政及び刑事責任を検討することが含まれることもある。さらに、国家は、そのような行為を防止し、それに対処し並びに実効的な協同行動を支援するための多数国による共同アプローチを考慮する。

これらの措置はすべて、武力紛争の状況における国際人道法及び国際刑事法の下の国家の義務への追加である。


(12) 訳者註)人権保護促進のためにある法令、制度、機関その他の組織をまとめての総称。

原則8

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国家は、企業慣行を規律する政府省庁、機関及び他の国家関連機関が、関連情報、研修及び支援を提供することなどを含む、各々の権限を行使する時、国家の人権義務を確実に認識し、監督することを確保すべきである。

解説

国家の人権義務と、企業慣行を規律するために国家が施行する法令や政策の間に、避けることができない相克はない。しかしながら、時として、国家は、社会の異なるニーズの間の調和をとるために、バランスを保ちながらの難しい決定をしなければならない。適切なバランスを実現するため、国家は、国内政策の垂直的及び水平的な一貫性を確保することを目指しながら、ビジネスと人権の課題に対処するよう幅広いアプローチをとる必要がある。

政策の垂直的な一貫性とは、国家が、国際人権法上の義務を実施するために必要な政策、法律及びプロセスを持つことを意味する。政策の水平的な一貫性とは、会社法及び証券規制法、投資、輸出信用及び保険、貿易、労働を含む、国及び地方の両レベルで企業慣行を規律する部局や機関が国家の人権義務について認識を持ち、また義務に合致した行動がとれるように、これを支援し対応力をつけさせることである。

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