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国際人権ひろば No.142(2019年01月発行号)

特集 国連人種差別撤廃委員会が問う日本の人種差別

人種差別撤廃委員会の日本審査-現場の声を届ける

小森 恵(こもり めぐみ)
反差別国際運動事務局長代行

 2018年8月、人種差別撤廃委員会(以下、委員会)は日本政府報告書の審査(以下、日本審査)をジュネーブで行った。初回の2001年から2010年、2014年そして2018年と4回目の審査である。反差別国際運動(IMADR)は人種差別撤廃NGOネットワーク(以下、ERDネット。2007年結成)の事務局を担っている。ERDネットは日本における人種差別撤廃のために国際人権基準と国連人権システムを活用して、国内および国連でアドボカシーを行っている。ERDネットには日本における人種差別と闘うNGOが多数参加しており、日本審査はERDネットのメインイベントである。なぜなのか、その理由は簡単だ。日本には人種差別禁止法がなく、差別の被害を救済する国内人権機関もない。被害は、名誉棄損や業務妨害など差別がもたらした事象でしか裁かれない。人種差別の標的にされるコミュニティは、被差別部落、アイヌ民族、琉球沖縄、在日コリアン、移住者、難民などで、最近制定された「ヘイトスピーチ解消法」や「部落差別解消推進法」以外、差別に対処する法律も制度も日本にはない。国内において有効な法的措置をとれる手段がないため、マイノリティ・コミュニティにとって人種差別撤廃条約は頼みの綱となる。なぜなら、国際人権条約の締約国はその国内実施の義務を負い、国内法を整備しなくてはならないからだ。また、締結した国際法は日本国憲法の次に優位性をもつとの憲法の規定があるにもかかわらす、日本の裁判所は人種差別撤廃条約を含む国際人権諸条約を裁判でほとんど使わない。

 そのためERDネットに集まるNGOにとって日本審査は非常に重要だ。事務局を預かるIMADRにとっても重要だ。私は2010年から今回まで3回の日本審査に関わってきた。本稿では、2018年の審査にNGOがどのように関わったのかを中心に報告する。

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人種差別撤廃委員会の日本審査のもよう。
中央は委員会のアミール議長、
向かって右は日本政府代表の大鷹国連担当大使

政府との意見交換

 条約審査は循環している。委員会が出す総括所見は大半が締約国への勧告からなる。総括所見には次回の定期報告書の提出期日が示されており、政府は総括所見を受けた翌日から勧告の実施に向けて努力しなくてはならない。そしてその成果を次回報告書で報告し、それをもとに委員会はあらたに審査を行い、勧告を出す。このサイクルを委員会と政府だけで行っていたら差別の実態は委員会に届かない。また往々にして政府は自分たちの都合にあわせて報告書を作成し、審査に臨む。そのため国連の人権条約機関は、政府報告書作成のプロセスにおいて市民社会と意見交換をし、それを反映させるよう求めている。さらに市民社会からのNGOレポートを受け、審査会場で委員会と対面の会合ができるよう手順が確立されている。

 委員会の求めに応じ、政府は2016年8月19日に報告書作成のための市民との意見交換会を開催した。2014年審査でヘイトスピーチの問題を中心に政府に即対応を求める勧告が多数出た。意見交換会は、それら勧告を政府はどう実施してきたのかを知る機会でもあった。その年の6月に施行された「ヘイトスピーチ解消法」を除き、委員会の勧告に対する政府の姿勢は従来と変わらなかった。その後、政府報告書に少しでも影響を及ぼせるよう、ERDネットは2016年12月13日に外務省人権人道課との意見交換会をもった。制限の多い「ヘイトスピーチ解消法」は、場合によっては加害者に刑事罰も辞さないよう求めた2014年の委員会勧告には及ばないが、それも含め政府は現状をつまびらかに報告しなくてはいけない。またその頃に成立した「部落差別解消推進法」について、部落差別は人種差別撤廃条約の対象ではないという意見を頑なに守ってきた政府がどのように報告するのかも、NGOにとって関心事であった。外務省との会合では、それらの情報を報告書に必ず含めるよう申し入れた。

 その後2017年7月、期日より半年遅れで政府は報告書を提出した。ERDネットはその報告書を精査し、以下を含む多数の問題点をみつけた。

 2017年3月、法務省は「外国人住民調査報告書」を発表した。これは、外国人を取り巻く人権状況が悪化していることを受け、世論に押されて法務省が行ったもので、全国37自治体を通して4,232人の外国人から得た回答をまとめたものだ。調査の結果、仕事探し、職場、近所付き合い、入居、入店などにおいて、多くの外国人が差別を経験したことが明らかになった。それにもかかわらず、政府報告書には調査したことすら言及されていなかった。一方では2016年6月に「ヘイトスピーチ解消法」を施行したことを報告しながら、この調査で明らかになった実態は知らせず、「日本には法律をもって禁止しなくてはならないほど深刻な人種差別は存在しない」と明言していた。そして「部落差別解消推進法」の制定についても、「同和」あるいは「部落」の言葉も含み、一切言及はなかった。

 こうしたことを踏まえ、ERDネットは政府報告書に関して詳細な質問状を作成し、全関係省庁との面談を申し入れ、12月12日に意見交換会をもった。会合では、上記の外国人住民調査についても指摘した。その結果、政府は調査報告書を英語に全訳し、追加資料として人種差別撤廃委員会に提出した。審査ではこの調査報告を基にした質問がなされ、勧告も出た。

NGOの役割

 ERDネットは2018年5月の連休明けからNGOレポート作成の準備に入った。前回審査の勧告の多くを無視した政府報告書とは異なり、私たちのレポートは前回勧告を元にしている。政府は勧告をどのように実施したのか、実施した場合どのような成果があったのか、実施していない場合その現状はどうなのかなど簡潔に事実を述べ、それを踏まえて政府がとるべき措置を示した勧告案を列記した。日本の人種差別の問題は多岐にわたるため、どの課題についても1~2ページに納めるようにし、約80ページ

(30項目)のNGOレポートを7月上旬に委員会に提出した。レポート作成には19団体が関わった。一方で、日本審査の傍聴と事前の委員会との非公式会合参加のために、31人が参加登録を行った。レポートは別々だが、ジュネーブで行動を共にした日弁連および民団、そしてジャーナリストと国会議員(有田芳生・糸数慶子参議院議員)もここに合流した。

 ジュネーブでは8月16・17日の審査を含め、4日間という短い日程を慌ただしくこなした。ERDネットのNGOレポートは回を重ねるたびに洗練され、自画自賛になるがたいへんよくまとまっていた。参加団体の多くは2010年からこのプロセスに関わり、実践を積んできた。そのため、多くの委員からほめられたし、日本審査の担当委員であるボスー委員からも非常に役に立つと評価された。委員会とNGOとの会合や委員への個別の働きかけも、これまでの経験が大いに役立ち、どこで何をすべきかについても参加者で共有した。毎日ミーティングをもち、全員で情報を共有し、問題があれば対処した。以前の審査に参加したメンバーが中心になり、初めて参加する人たちに事前に経験を伝え、イメージを共有したことが審査への効果的な働きかけにつながった。現地での委員との接触ももちろん重要だが、NGOレポートの作成プロセスとその出来栄えが重要な役割を果たす。NGOとして私たちは役割を果たした。審査の結果については前田朗さんの報告に託したい。

いま求められること

 日本の人種差別は悪化の一途をたどっている。特に、2009年の京都朝鮮学校に対する襲撃事件以降、レイシスト集団の直接的な行動が目立つ。ネットには差別と憎悪を煽るメッセージが氾濫している。いま、そうした集団が日本に対する国連勧告に異議を唱え、「反日左翼」の行動を阻止するとして、審査に関わり始めている。こうした流れについてほとんどの人は知らない。しかし、ある日気がつけばその流れは多数の声になっているかもしれない。いま求められるのは「差別はいけない」という明確なメッセージだ。では、誰がそれを届けるのか?それは政治しかない。


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