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国際人権ひろば No.133(2017年07月発行号)

特集 不寛容化する社会・グローバルな視点

状況の把握-新自由主義の時代に、人権を取り巻く状況の変化を概観する

エリック S. ブラウン(Eric S. Brown)
米国ミズーリ大学准教授

 社会は、進歩も後退も含め常に変化している。政治的および経済的実践の広範なパラメーターが私たちの日常の生活や経験の枠組みをつくる。

戦後期(1945年~1980年)-前進

 戦後期とは、ケインズ主義、大衆の抗議行動と穏健な革新主義政策によって不平等と差別の実質的で根強い問題に風穴を開けた時期であった。この時代に活動家、研究者や為政者は、人権の原則のための国内および国際基準を確立するために協力した。国連もこの時代にデビューし、人権を国際的に認める新たな制度となった。

 この時代、人権を求める闘いに基づく幾つかの運動が生まれ、また発展した。そのなかには米国における黒人市民権運動、南アフリカの反アパルトヘイトの闘い、アジアおよびアフリカにかけて起こった反植民地主義の闘い、多くの社会における先住民族の権利を求める闘い、そして日本では部落解放運動がある。このような国籍やエスニシティに基づく運動に加えて、女性の人権、平和や環境のための他の基本的な闘いも地球的な広がりを見せた。これらの闘いはどれも新しいものではないが、相対的な進歩の時代に豊かな土壌を見出した。部落の人々にとっては、一層の平等に向けた大きな前進があった。戦後期において、日本の新しい憲法と正式な民主主義によって部落解放運動は、日本政府に対して不平等と差別を改善するための新しい法律や政策を求めて、抗議し、圧力をかけることができた。1969年に国会が通した同和対策事業特別措置法(以下、同対法)は部落解放の長年の闘いにおいて一定の改善をもたらした。確かに同和対策は部落の人々や日本社会の他の虐げられた集団の生活に変化を起こした。この時代、他の社会においても同じような人権政策が変化を起こしていた。

新自由主義(1980年~現在)-後退

 新自由主義の時代を迎え、新古典主義的政治経済の思想の復活が各国の政策や、それらが存在する国際舞台を形づくるようになった。産業の規制緩和により実質収入の低下、一時解雇、パート労働や一時的な労働の拡大および社会福祉の削減が起こり、労働者の貧困が拡大した。投資、生産、貿易、移住、通信、観光およびエンターテインメントなど多元的な形をしたグローバル化は多国籍企業にとってより大きな利益をもたらすようになった。それは今の世代に大きな社会変化をもたらし、さまざまな点で私たちの集団としての生活により多くの課題を投げかけている。国内および地球的なレベルで不平等が拡大している。これは富と収入の不平等の拡大とも合致している。また地球的にも国家間の不平等の拡大や先進社会と発展途上の社会との間の格差の拡大が見られる。

 新自由主義の時代においては人権も一歩後退している。世界史においてこの時期は絶え間ない戦争の時代である。国家間の戦争はなくなっていない。かつての国民国家が宣戦布告をして行った戦争はより現代的な紛争にとって代わられた。すべての大陸で内戦が起こっており、数が多すぎて、説明しきれない。集団殺害に当たるような戦闘もたびたび起こっている。宗教や宗派の利害によって戦争が引き起こされている。軍事占領の戦争もあった。天然資源をめぐる戦争もあった。また終わりのない「対テロ戦争」が、全市民に対するテロとなっている。また、これらの戦争によって大量の難民が故国を逃れることを余儀なくされている。中東から逃れる難民の多くはヨーロッパや米国に安全を求めて行くが、追い返されてしまう。人権団体の各ネットワークもこのような出来事に対応するにあたり、過剰な負担を課され、十分な支援もない。移住者、難民やマイノリティ集団に属する市民の人権に対する政府の支持は少なくなってきている。

 部落の関連では、新自由主義の時代には2002年の同対法の終了があった。同対法の終焉はいくつかの意味があった。まず、奨学金がなくなったため、部落の若者にとって高等教育へのアクセスが縮小した。第二に、女性の地位、障害者、在日コリアン、部落などに関する学校における人権教育への支援が削減された。最後に、政府を含む公的機関による人権の実務での役割が縮小した。これは戸籍や同和地区居住に基づく雇用上の差別、公共の場における差別的な落書きやソーシャル・メディア上の部落に対する暴言などにつながっている。

ネオ・ナショナリズムの時代へ

 現在、私たちは戦後政治史の第三の時代に入っているらしい。これは、ネオ・ナショナリズムの時代として知られるようになるかもしれない。他の時代のように、多くの古い思想、およびイデオロギーが「リサイクル」されている。政府、政党および世論はますます堅固なナショナリズムの思想を受け入れている。かつての時代もそうだったように、ネオ・ナショナリズムへの依拠は、閉ざされた国境、反移民感情、排外主義や責任の押し付けへの訴えとなる。かつての時代では、ハイパー・ナショナリズムはファシズム、戦争、そして集団殺害へと続いた。現代のナショナリズムは、各国において単に「国民国家」というものに対する支持を訴えるだけではなく、「他者」の排除に向いた過激化した思想である。「国民」に代表される者と排除された者の区別は、共有された「文明」、神話上の祖先、遺伝子、皮膚の色、宗教的な関連、「人種の純粋さ」、言語、カーストや信条など一連の擁護しようのない「正当化」の根拠に基づいている。米国において、ナショナリズムとは現実には「白人ナショナリズム」(例えばドナルド・トランプの選出)およびキリスト教原理主義のことである。ヨーロッパではナショナリズム(例えば英国のEU離脱)および極右の人種主義的政治(例えばオランダやフランス)の両方に対する支持が増えている。米国とヨーロッパいずれにおいても「イスラム嫌悪」は際立った特徴である。世界の他の地域でもこれらの残念な傾向を免れていない。

関心をもつ全ての人の関与が必要

 日本ではネオ・ナショナリズムは、民主主義、人権および平和を強調した戦後憲法によって緩和されてきた。安倍政権は、最近日本の自衛隊の戦争を実行する能力を制限する憲法第9条を廃止することを提案した。近年の(第二次世界大戦との関連のある)靖国神社参拝は安倍政権の思想のナショナリズムへの傾倒を示唆し、アジアの他の国からの懸念を招いている。最近の他の西洋諸国と同じように、日本の政権のネオ・ナショナリズムへの移行は国内および国際的な面、両方において人権に影響する可能性がある。

 部落解放運動は、他の人権運動と連帯して差別に対する現代の闘いにおいて、人権が主な武器となるということを前提にしてきた運動である。同和対策が人権の目標のための重要な制度的な設計図であった。同対法の終了によるこれらの政策の廃止は、たとえ人権に関する法律や基準が形式的には憲法や関連法に残っているとしても、日本における人権の後退を意味する。地球的にも日本においても、新自由主義、激しい紛争やネオ・ナショナリズムの台頭は、人権基準を維持(望ましくは拡大)するにあたって広範な課題となる。そのためには人権団体、草の根集団、政府機関、そして人間の条件に関心をもつ全ての人による警戒と関与が必要である。

 

(翻訳:岡田 仁子)


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