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「人身取引対策行動計画」策定から2年 ~日本政府とNGOの課題

2005年の人身取引1の外国人被害者

 法務省入国管理局の発表によると、2005年に保護または帰国支援をした人身取引の被害者は115人(全員女性)。被害者の平均年齢は24.0歳で、18歳未満が6人であった。出身国別ではフィリピン人47人、インドネシア人41人、タイ人17人で、この3か国が全体の約91%を占めている。
 全体の115人のうち「不法残留」など入国管理法違反となっていた47人について在留特別許可が与えられ、そのうち売春を強要されていた被害者は20人であった。一方,正規滞在者であった68人の在留資格はいずれも「興行」で、同在留資格で入国を許可された後に入管法違反となった6人を加えると、在留資格「興行」で日本に入国した被害者数は74人という内訳であった。2006年にはこの数字はさらに増加するものとみられている。

日本政府の対策

 人身売買(トラフィッキング)とは、国連が2000年に採択した人身売買禁止議定書の定義によれば、売春や強制労働をさせるといった搾取を目的として、暴力・脅迫・誘拐・詐欺・弱い立場につけ込むなどの手段を用いて、人をリクルート・移送・収受するなどの行為をさす。
 日本の脈絡でいえば、国際的に連携したブローカーによって外国人女性が、「短期滞在」の在留資格で日本に送り込まれ、数百万円という巨額の「借金」返済を突きつけられ売春を強制されたり、たとえ「興行」という合法的な方法による入国であっても、劣悪な条件下で数々の資格外や契約外の活動が強いられるといったグレーゾーンにもおよぶ広範囲にわたる人権侵害が人身売買の典型例である。そうしたことが少なくとも20年以上にわたり繰り返されてきたにもかかわらず、日本政府は対策を真剣に講じてこなかった。それが、国内そして国際社会からの強い批判の的となっていた。
 日本政府がそうした現実を受け止めて、具体的な対策の乗り出したのはほんの数年前のことである。04年4月に人身取引の撲滅と被害者の保護や国際協力を目的に、内閣に内閣府、警察庁、法務省、外務省、厚生労働省などの局長クラスで構成される「人身取引対策に関する関係省庁連絡会議」が設置され、同年12月に包括的な「人身取引対策行動計画」2が策定されたのである。これを受けて、05年6月の刑法改定で「人身売買罪」が創設されるとともに、入国管理法の改定により被害者保護が明文化されるなどの関連する法令が改定された。これら一連の施策は、従来の「見て見ぬふり」、それどことろか被害者であるにもかかわらず入管法や売春防止法違反の「犯罪者」として扱われて退去強制させられていたときと比べれば、被害者保護・支援のための具体的な法律の整備という重要課題が積み残されてはいるものの、大きな前進をとげたといえよう。
 「人身取引対策行動計画」の策定からちょうど2年。事態はどう変化したのであろうか。「行動計画」は、I.人身取引対策の重要性 、II.人身取引の実態把握の徹底、III.総合的・包括的な人身取引対策の3部から構成されており、包括的なアプローチが提示されている。それにゆえに、実施状況や効果を論じるには、項目ごとのていねいな検証が必要である。それは筆者の身の丈に余る課題である。したがって、本稿では「行動計画」で強調されながらも、現実的には「空白状態」になっているとしか思えない「国際協力」に絞って述べてみたい。

裁判からみる「国際協力」の不在

 「行動計画」のIでは、「行動計画を策定し、国際的な組織犯罪である人身取引に決然として立ち向かうこととした」と人身売買の国際的性格が明らかにされている。また、Ⅲでは「外国関係機関との連携強化」として、「ICPOルートや外交ルート、国際機関との協議や個別協議の場等を通じて、外国関係機関との間における国際的な人身取引事犯に係る情報交換や国際間捜査協力を積極的に推進する。特に、在外公館を通じ、人身取引被害者の送出国・経由国において人身取引対策タスクフォースを設立するなどし、先方政府関係機関と情報の共有を図る」と明記しているとともに、「人身取引被害者の帰国後の受入先の安全に対する配慮」として「人身取引被害者が帰国後、再度人身取引の被害に遭うのを防ぐために、先方政府機関、NGO等と協力して、受入先の安全に配慮する」とある。
 確かに「行動計画」策定や法律の改定以降、ブローカーや性風俗店の経営者などが入管法、人身売買罪、営利誘拐罪、職業安定法などの違反容疑で逮捕され、起訴され裁判に持ち込まれるケースが増えた。そして、マスメディアもそれらを積極的に報道するようになった。
 しかし、日本で起訴され被告人となるのは多くの場合、被害者と同一国籍、あるいは他の外国籍の女性たちである。つまり店の外国人ママさんたちである。その背後で指揮する日本人の組織や構成員の逮捕・起訴があまりにも少ないようである。これはなぜだろうか。
 さらに、気がかりなのは、「行動計画」において、「国際的な組織犯罪である人身取引」との認識に立ちながらも、「国際間捜査協力」や「被害者の帰国後の安全」についての取り組みのための国際的な連携が顧みられていないのではないかということである。
 この懸念は、筆者がフィリピン人女性の人身売買事件をめぐる大阪地裁で06年7月から始まり11月初旬時点で継続中の公判を傍聴してさらに強まっている。
 この事件は、歌手として興行資格で来日したフィリピン人女性Vさんが06年1月にフィリピンパブの業界関係者たちによって、彼女を日本に招聘した大阪に事務所を置くプロモーターや派遣先の金沢市内のパブには内緒で呼び出され、本人の意思に反して車に乗せられ、遠く離れた横須賀市内のパブに38万円の謝礼で売り渡されたものだ。事件が発覚して逮捕された5人のうち4人の日本人男性が起訴されていた。Vさんを連れ出し移送に関わった3人は人身売買罪(売り渡し)と営利誘拐罪で、買い受けた横須賀のパブの経営者(支配人)は人身売買罪で起訴されていた。
 幾度かの公判を傍聴していくなかで被告人の幾度もの証言からわかったことは、人物名も確認されているフィリピンでのブローカー(日本人とフィリピン人)がこの事件の司令塔になっていたことである。しかし、そのことに関して筆者が官益当局に直接聞き取りを行った限りにおいては、外交ルートによるフィリピンへの司法当局への連絡、それに在マニラの日本大使館への情報伝達すら行われていないようなのだ。したがって、「国際間捜査協力」には及んでいないうえ、「被害者の帰国後の安全」に関しても日比政府は把握していない。帰国支援を行った国際移住機関(IOM)の委託を受けたマニラのNGOがこの事件で保護され帰国したVさんのケアを行っているにとどまっている。

(『「女たちの21世紀 No.48」(アジア女性資料センター、2006年11月)より転載)

1.人身売買は、英語では通常'Trafficking in Persons'と呼ばれている。日本政府は、「人身取引」と訳した用語を公式に使用している。しかし、人身売買は日本語として定着しているため、本報告では「人身売買」を使用する。

2.全文は内閣官房のウエブサイト http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/jinsin/kettei/041207keikaku.html