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国際人権ひろば No.61(2005年05月発行号)

国際化と人権

国民保護法と在日外国人の人権

朴 一 (パク イル) 大阪市立大学大学院教授

  現在、日本の各自治体では他国からの武力攻撃、テロ、災害に対処する「国民保護法」に基づく「国民保護措置」を実施するため、「国民保護計画」の策定が進められている。同計画作成にあたって、各自治体に暮らす外国籍住民の人権はどのように位置づけられているのだろうか。以下、外国籍住民の立場から「国民保護法」や「国民保護計画」の問題点について考えてみたい。

「国民保護計画」という名称について


  今回、国が策定した「国民保護法」や「国民保護措置」では、法律名に「国民」という概念が用いられ、災害やテロにおける保護の対象が国民に限定されるような印象を与える。「国民保護」という表現を用いることは、日本政府が日本国民の生命と財産を守るという立場から避けられないとしても、地域住民から構成されている地方自治体が策定する保護措置の名称が「国民保護計画」というのはいかがなものか。「国民保護計画」という名称では、自治体における保護の対象も日本籍住民に限定され、国民に該当しない外国籍住民は保護の対象から除外されてしまうという誤った印象を与えかねない。自治体が、保護の対象を日本籍住民のみならず外国籍住民を含む地域住民であることを明確にするためには、「国民」保護計画ではなく、「住民」保護計画や「都道府県民」保護計画などという名称を用いることが望ましい。もしそれができないならば、国や自治体はせめてそうした誤解を解く努力をする必要があるだろう。
  ちなみに2004年の第 159回国会「武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会」において、民主党の岩国議員は「武力攻撃事態等における国民保護法案の中で、国民と住民はどのように使い分けるか」という質問を行っている。この質問に対し、井上国務大臣(当時)は「市町村長がそこの住民に対しまして避難を誘導するような場合は、特定の区域が限定されるわけですからそういう場合には住民、こういう言葉を使うわけでございます」と回答している。国務大臣の答弁に偽りがないなら、国は自治体に対し「国民保護計画」ではなく、「住民保護計画」という名称を使うよう指導すべきではないか。

災害への備えについて


  自治体の「国民保護計画」では、災害への備えについて多くの紙面がさかれているが、その際、外国籍住民の人権を配慮し、以下のような注意が必要である。
  まず、自治体の一部に災害時における外国人による凶悪犯罪や騒擾事件を想定する動きが見られる。しかし、過度に外国人犯罪をアピールすることは、外国籍住民に対する偏見を助長させることにも繋がり、危険である。「不法滞在外国人」は現在、約25万人いると言われているが、このうち殺人や窃盗などの凶悪犯罪で検挙される者は、年間約100名~200名にすぎない。これは、日本全体の凶悪犯の 1.8~2.6%に該当する。その趨勢は一概に増加しているとも言えないものである。また、日本全体の凶悪犯の検挙数の推移と比較して、「不法滞在外国人」の凶悪犯の検挙数が相対的に突出した増加傾向にあるとも思われない。ここ数年のデータを診る限り、「不法入国した外国人の多くが非常に凶悪な犯罪を繰り返している」とは思えない。自治体は、同計画を作成するにあたり、外国や外国人をことさら危険視するような記述は避ける配慮が必要だろう。
  第二に、政府の『国民の保護に関する基本指針』では、「ゲリラや特殊部隊による攻撃」などさまざまな事態が想定され、「警察、自衛隊による監視活動等により、その兆候の早期発見に努めること」が書かれてある。この際、公安調査庁などの政府組織から各自治体に「破壊的活動団体の構成員の解明」などを目的に、登録原票の写しなど外国籍住民の情報を求めることも想定されるが、こうした対応については犯罪者でもない外国人のデータが国の調査機関に利用される可能性もある。自治体は、このような請求については外国人の人権擁護の立場からきわめて慎重な対応が求められる。
  第三に『基本指針』は、「消防庁および地方公共団体が、災害火災時における人命救助活動等の支援体制の整備に努める」ことを指摘しているが、日本国内で在日外国人が密集している地域は、他の区域に比べて非常に土地利用が細分化されており、建物も老朽化している(例えば、大阪府の生野区、兵庫県の長田区、京都市の東九条など)。そのいくつの区域で小型の消防車すら通れないのが実情だ。ある意味で、防災上きわめて危険な地域であると言える。災害が発生してからでは手遅れで、今から災害に備えてこうした区域の都市整備を進めていくことが望まれる。
  第四に一部のマスコミでは、他国から攻撃を受けた場合、国や自治体がどのような行動をとるべきかという『基本指針』を受け、朝鮮半島の有事を想定し、北朝鮮の脅威をことさら煽るようなニュースを関連して流しているところもある。しかし、「保護計画」の策定にあたって、こうした報道が「朝鮮籍」をもつ在日コリアンへのいやがらせや差別につながらないように自治体は絶えず啓発に努めていくことが重要だ。

災害への対応について


  「国民保護計画」で最も重要な課題は、テロや災害への具体的対応である。この点についても、外国籍住民の特殊な立場を勘案し、以下のような配慮が必要である。
  周知のように、阪神・淡路大震災では避難誘導のアナウンスが多言語で行われなかったこともあり、外国籍住民の避難が遅れ、外国籍住民の被災者に占める死亡者の比率が日本人のそれよりも高かった。まず何よりも、災害時、住民の避難に関する措置として、知事や市町村長は日本語が理解できない外国籍住民に配慮し、警報や避難情報を多言語で伝えることが必要である。各自治体は外国籍住民の国籍別登録者の現状を鑑みて、韓国・朝鮮語、中国語、ポルトガル語、英語のみならず、イラストや絵文字など、多様な手法で警報や避難誘導のアナウンスを行うことが肝要である。
  第二に、災害時の安否情報の収集と提供について、外国籍住民の特別な事情に配慮する必要がある。例えば、日本国内の外国人のほぼ半数は在日韓国・朝鮮人であるが、彼らの多くは生活上の便宜上の理由から日本名(通称名)を名乗っている。外国人に関する安否情報についてメディアなどから問い合わせがあったときは、彼らの氏名を本名(民族名)で伝えるか、あるいは通称名(日本名)で伝えるか、プライバシーの観点から慎重な配慮が必要である。ただし、阪神・淡路大震災の時は、在日コリアンの死亡者情報の多くが日本名でのみ行われたために、韓国や北朝鮮の親族に死亡情報が伝わるのが遅れたこともあった。災害時に備えて外国籍住民の安否情報を本名で行うか、通称名で行うか、本名と日本名を併記するか、各自治体が事前に調査しておくことが望ましい。
  第三に、災害時における外国籍住民への食料や薬品の提供については、外国人の宗教や食文化に配慮した多文化的対応が必要である。アジア系の外国籍住民には、肉類を受けつけない者や生物を食べない者が少なくないからだ。
  この他にも、被災した外国人学校及びその在校生について、自治体が学校施設の復旧など被災した児童生徒に対する教育に支障がないよう、適切な措置を講じる必要がある。いずれにしても、被災した外国籍住民への対応については、外国籍住民への支援活動を行っているいくつかのNGO・NPOと連携をとりながら行うことが望まれる。そのためには、自治体が常日頃からNGO・NPOと親密な関係を作っておくことが大切だ。