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国際人権ひろば No.50(2003年07月発行号)

特集・ユネスコ反人種主義教育国際会議 Part 1

ユネスコ反人種主義教育国際会議 ~人種差別なき世界をめざした戦略づくり

藤本 伸樹(ふじもと のぶき) ヒューライツ大阪研究員

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、6月4日と5日に大阪で、「人種主義・人種差別・外国人排斥および関連する不寛容に対する新たな闘いに関する国際専門家会議」(反人種主義教育国際会議)を開催した。
 この会議は、01年8-9月に南アフリカで開催された「国連反人種主義・差別撤廃世界会議」におけるユネスコへの勧告を受けて行われたもの。「世界会議」では、国連機関や各国政府による差別撤廃に向けた世界的な方策が議論され、会議の合意文書として122項目の宣言と219項目の行動計画が採択されたのだが、その行動計画のうち、8項目にわたりユネスコによる教育プログラムなどの取り組みが要請されていたのである。
 以来、ユネスコではパリ本部の人権・反差別部を事務局に、人権、メディア、教育など異なる分野の専門家や関連機関、NGO、マイノリティ・グループの代表などを招いて、世界の5地域で地域協議を実施し、地域の優先課題を議論してきた。また、外国人排斥やグローバリゼーションに伴う新たな形態の差別に関する研究などを続けてきた。
 今回の反人種主義教育国際会議は、その集約のために行われたものだ。人種差別をなくすための研究や活動に携わっている専門家22名が、アジア、アフリカ、ヨーロッパなど世界11カ国から招かれ、2日間にわたって大阪市内のホテルを会場に、ユネスコの今後の戦略づくりに向けた活発な討論が行われたのである。
 ユネスコでは、この会議での議論を受けて、03年9-10月に開催される第32回ユネスコ総会において、人種主義・人種差別と闘うための中期的な統合戦略を策定していく。
 ヒューライツ大阪と反差別国際運動(IMADR)は、ローカル・パートナーとしてこの会議の受け入れを担った。
 以下、会議における議論のハイライトを紹介する。

■ 各地域協議で話し合われた課題


 会議は、議長を務めた武者小路公秀さん(中部大学教授・ヒューライツ大阪会長)のあいさつで始まり、アリ・ムサイエさん(ユネスコ反人種主義専門官)により、松浦晃一郎・ユネスコ事務局長による開会に向けたメッセージが代読された。

[1]アジア・太平洋地域-啓発強化の基盤づくりを
 ビティット・ムンターボーンさん(タイ・チュラロンコン大学教授)は、02年12月にバンコクで開催されたアジア・太平洋地域の協議の結果について報告した。アジア・太平洋地域では、人種主義の存在じたいが否定されていることや、土地をめぐる闘い、宗教間の対話、反イスラム主義や人身売買の問題に対応していかなければならないことを強調した。同協議で特に指摘された課題として、(1)啓発、(2)人種主義と闘うためのよりよい教材づくり、(3)啓発活動や調査、教育、コミュニケーションのための能力の強化、(4)反人種主義のための地域的な基盤をつくることをあげた。

[2]アフリカ地域-「カースト差別」への取り組みを
 アフリカ(03年2月、ダカール)の地域協議の報告として、アリ・ムサイエさんは、過去の奴隷制と植民地主義が現在まで有害な影響もたらしていることを国連会議として初めて確認した「反人種主義・差別撤廃世界会議」の宣言および行動計画の重要性を述べた。ムサイエさんは、アフリカにおける外国人排斥の台頭と、それに適切に対応していく必要性について述べた。とりわけ、HIV/AIDSの広がりに伴う差別の拡大に注意を喚起した。
 ドゥドゥ・ディエンさん(「現代的形態の人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容」に関する国連特別報告者)は、インドをはじめとするアジアにおけるカースト差別と同様の「職業と世系(門地)に基づく差別」がアフリカ社会にもいまだに存在していることを報告した。

[3]アラブ地域-現代的形態の奴隷制に対する取り組みを
 アラブ地域からの報告として、レイ・ジュレイディニさん(ベイルートのアメリカ大学教授)は、アラブ地域において外国人排斥感情のレベルが高いことを指摘した。対応しなければならない大きな課題として、現代的形態の奴隷制が存在していることじたいが否定されていること、およびイスラエル・パレスチナの対立に関わる人種主義と差別があることをあげた。

[4]ラテン・アメリカ&カリブ地域-先住民族やアフリカ系の人々のエンパワメント
 グスタボ・マカナキさん(アフロ・コロンビア人権国際関係委員会コーディネイター)は、ラテン・アメリカおよびカリブ地域(LAC)のダーバン会議フォローアップに関する協議報告を行った。マカナキさんは、この地域のほとんどの国においてアフリカ系ラテン・アメリカの人々の民族的アイデンティティーが認められていないことを強調した。LACにおける協議の過程および人種主義の原因に関する研究の結果、先住民族およびアフリカ系ラテン・アメリカの人々のコミュニティでは、自分たちの劣等感を内面化してしまい、自尊感情や連帯感、自己決定の感情を失っている。
 また、人種の問題は、人々の受ける社会的および経済的不平等と切り離すことができないと論じた。マカナキさんは域内の政策決定者や国際開発機関に状況の深刻さを伝え、人種主義と貧困という悪循環に陥っている人々を支援するよう、LACのアフリカ系および先住民族の人々の統計データを早急に導入する必要があることを強調した。

[5]ヨーロッパ地域-国際機関、政府、NGOの連携を
 アゼルバイジャン、グルジア、ポーランド、ロシアなどからの代表が参加したヨーロッパの地域協議の報告として、エカテリナ・サリアギナさん(ユネスコ・モスクワ・クラスター事務所長補)は、人種主義が政治、文化、歴史、宗教、教育などと相互に関わって存在していることをあげ、移住者、難民・避難民、在住国の市民権を有しない人、民族的マイノリティ、ロマ民族などが社会的に排除されている実態を報告した。国際およびヨーロッパの人権基準を国内法制度に取り入れること、人権状況の定期的モニタリングのための統計指標の活用、および国家機関とNGOの間の協力拡大が重要であると指摘した。
 ユネスコは、ヨーロッパの多文化および多民族社会における多様性の尊重を促進する研究、および学校のカリキュラム開発により積極的な役割を担うべきであり、政府と市民社会の組織との間に定期的な対話やパートナーシップを構築する必要性を強調した。

■ ユネスコによる研究の報告


[1]外国人排斥
 ユネスコが行った「外国人排斥」、「アファーマティブ・アクション」、「科学技術の進歩に伴う新たな形態の差別」に関する3種類の研究報告が行われた。
 武者小路さんは、外国人排斥の概念を人種主義など他の差別の形態との比較において次のように論じた。(1)外国人排斥が人種主義とは別個に言及されている国連文書はない。同じ差別的行為が、差別する主体による人種主義として定義付けされている。(1)外国人排斥は自分と同じアイデンティティーを共有しない「全く異なる他者」に対する卑屈な行為である。(3)外国人排斥はナチズムの例のように、自らの劣等感を補填するためにすべての「全く異なる他者」に対する優位性を公に主張する。(4)外国人排斥とは、ある集団が共有する考え方ではなく、国家や組織によって政治目的のために構築された精神的態度である。従ってその扇動に対する法的措置が必要である。(5)「全く異なる他者」に対する蔑視として現れる外国人排斥は、「他者」が文化的な対話の中で自分を豊かにしてくれる相手として認められない限り撤廃することはできない。つまり、外国人排斥と闘う人権教育の目的がそこにある。
 宮島喬さん(立教大学教授)は、「日本における外国人排斥と人種差別-歴史的文脈と新たな課題」と題した比較研究の発表を行った。近代日本における在日コリアンに対する差別から、近年新たに来日している他のアジア諸国からの人々に対する人種主義に至る詳細な報告が行われた。(「国際会議記念大阪セミナー」参照)
 ジュレイディニさんは、アラブ世界における外国人の概念の変遷を分析するとともに、外国人および家事労働者の状況をめぐる外国人排斥の具体的な事例について述べた。
 アラビア語の"ajnabi"は外国人を意味し、当初は権力をもつ地位についていた英国人を指し、優越的な意味を持っていた。アラブ・ナショナリズムの台頭と共に、英国人は占領者とみなされるようになった。さらに、70年代の石油による富の拡大により外国人に対する考え方が変化した。アラブ諸国は移住労働を必要としていたため、当初ほとんどの移住者は他のアラブ諸国から来ていた。
 80年代はじめ、イエメン、パレスチナおよびエジプトからの労働者に対してその政治的関係や活動を理由に外国人排斥が現れ始めた。石油価格が下がるとアラブ人労働者はインド、パキスタン、バングラデシュおよびインドネシアからのアジア系労働者にとって代わった。
 家事労働者のほとんどはフィリピン、スリランカおよびインドネシアからの女性で、現在アラブ諸国には約180万人いる。とりわけ、彼女たちは暴力、雇用者によるパスポートの取り上げ、長時間労働、移動の自由に対する厳しい制限などの深刻な待遇を受けている。その状況は、19世紀の債務労働にたとえられる。

[2]アファーマティブ・アクションの現状
 トマス・ボストンさん(ジョージア工科大学教授)は、「米国、インドおよびブラジルにおけるアファーマティブ・アクションの概念化と実施」の報告を行った。
 米国では、アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)に反対する人たちによって、この政策による成果を、裁判を通じて取り除こうとする動きが続いている。黒人などマイノリティを「優遇」して入学させる選抜制度を行っているミシガン大学に対して、不合格になった白人受験生たちが「逆差別」だとして裁判を起こしている。
 アファーマティブ・アクションを適用するに当たり、大きな課題は適切な目標を設定することである。大学の入学試験において、最善の方針は試験の成績、学業成績および他の能力などの様々な要素に、特定のマイノリティ集団に属する個人に対して「プラスのファクター」としてポイントを付与する方法がある。この方法によって選考過程は、硬直した入学枠とは異なる柔軟性を保つことができると述べた
 ブラジルでも、皮膚の色に中立的な民主主義という幻想がアファーマティブ・アクションの実施をより困難にしている。

[3]グローバル化と科学技術の進歩の影響
 諸橋淳さん(ユネスコ反人種主義専門官補)は、グローバル化に関連する差別の新たな形態に関する研究報告を行った。グローバル化の過程の中で不平等が拡大し、その不平等は差別の新たな形態として真剣に検討されるべきであると述べた。グローバル化によって起こる差別の形態には、南北の経済格差拡大、先進国内の都市の貧困、とりわけ人身売買の被害者である女性と子どもをはじめとする移住者とその家族に対する外国人排斥の強化などである。
 ヨーロッパ人種主義および外国人排斥モニタリング・センター(EUMC)のベント・ソーレンセンさんは「マス・メディアにおける文化的多様性と人種主義」について報告した。EUMCは欧州連合の新しい機関であり、域内の人種主義と外国人排斥と闘い、寛容と平等を促進するために設立された。
 メディアは態度、偏見および人々の行動する能力に影響を与える。EUMCはメディアを友でもあり、敵でもあるとみなしている。文化間の理解を拡大する一方で、恐怖や偏見を創りだすことができるからである。米国での9/11事件以降、メディアはイスラム教やイスラム教徒をますます否定的に描写してきた。EUMCの調査によるとイスラム教徒に対する暴力行為は増加し、虐待や攻撃に発展している。
 EUMCはユネスコに対して、次のような提案を行った。ニュース報道の議論において、民族的マイノリティをもっと含めること、メディアが移住者や民族的マイノリティの雇用を増やすことによって社会の民族構成を反映すること。民族的マイノリティはメディアに対応する際、より積極的になるべきであり、若い移住者はジャーナリストのトレーニングを受けるべきである。
 ソーレンセンさんは過激派集団によるインターネット活用の拡大を指摘し、これらの集団がインターネットに乗じていることを強調し、国連およびユネスコに対して、この困難な問題を解決するために欧州連合による取り組みを支援するよう要請した。

■ 多様なアプローチ


 上村英明さん(恵泉女学園大学助教授)が準備した報告が紹介された。報告はダーバン会議の戦略を反映したもので、先住民族、アフリカ系の人々の子孫、アジア系の人々の子孫、移住労働者が優先テーマとされるべきであり、もっとも弱い立場にある先住民族の権利についての意識啓発のための取り組みがユネスコにとって重要課題であると述べている。
 平沢安政さん(大阪大学教授)は、ユネスコは活動を進めるうえで、「人権教育のための国連10年」をはじめとする人権に関連する国連のさまざまな「10年」などとの補完性の強化を促した。
 ディエンさんは、グローバル化は不平等をもたらすが、マイノリティの表現を世界中に伝えるといった文化および芸術の分野で可能性を創りだすと指摘した。その例がアメリカの都市の若者の間でオルタナティブ文化として生まれたラップ音楽であり、それは現在世界的な音楽の「言語」となっている。こうした、新しい文化の創造者とパートナーシップを構築する必要があると提言した。
 ジャニヌ・ダルトワさん(ユネスコ・フランス国内委員会)は、ユネスコがアファーマティブ・アクションをよりよく説明するための教育的取り組みを行う必要があると述べた。

■ ユネスコ反人種主義・反差別戦略案と会議の意義


 アリ・ムサイエ専門官はユネスコの反人種主義・反差別に関する戦略案を報告した(次記事参照)。戦略案は、ユネスコの行動に関する主な方向性を示すものだ。会議の参加者は戦略案を支持し、それぞれの地域の優先課題や具体的プログラムを確立することをめざした内容へと豊富化していく必要性を強調した。そのうえで、参加者は文書案についてユネスコにいくつかの提案を行い、2日間の日程を終えたのである。
 ユネスコは創設以来、1960年の教育差別禁止条約の採択、1978年の「人種および人種的偏見に関する宣言」をはじめとする人種差別撤廃をめざすさまざまな活動に積極的に取り組んできた。
 ユネスコでは、差別撤廃のために、国連機関や各国政府といった従来からのパートナーに加えて、スポーツ組織、青年組織、アーティスト、自治体、民間部門といった、市民生活に密着した新たなパートナーと協働しようとしている。
 そうした脈絡において、自治体により人権施策や人権教育が積極的に推進されている大阪において開催された今回の会議は、これまでのユネスコの活動の蓄積を総括しながら、新たな戦略を構築するためにさらに一歩踏み込んだのではなかろうか。

米連邦最高裁は03年6月23日、ミシガン大学の民族的多様性を認めるアファーマティブ・アクションについて、「趣旨は合憲」とする判決を出した。一方で、選考時にマイノリティに自動的に点数を上積みする措置は違憲と判断した。

(この概要報告は、ユネスコ事務局による議事録抄をもとに構成したものです)