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国際人権ひろば No.47(2003年01月発行号)

特集・日韓の人権分野の交流を深めた「人権教育交流セミナー」

韓国の女性運動の熱き思いに出会った 男女共同参画社会実現をめざす日韓人権教育交流セミナー

パク クネ (朴 君愛) ヒューライツ大阪主任研究員

 2002年11月9日、ヒューライツ大阪と「男女共同参画社会実現をめざす日韓人権教育交流セミナー実行委員会」が共催し、大阪人権センターで「男女共同参画社会実現をめざす日韓人権教育交流セミナー」を開催した(実行委員会構成団体、後援団体、協賛団体は文末参照)。
 この企画はヒューライツ大阪が発行した国際人権ブックレット9『東アジアの男女平等教育』(02年・解放出版社発売)が契機となったもので、約120名の参加者が集い、韓国からの2人のゲストと日本(大阪)の報告を交え、それぞれのとりくみと課題を照らし合いながら議論を深めた。
 セミナーとともに、学校訪問をはじめ人権教育や男女平等教育に携わる団体と韓国のゲストとの交流が持たれた。参加したほとんどの人は、このテーマで韓国の教員と話すのは初めての機会であり、韓国の女性運動の熱き思いにエンパワーされたという。
 セミナーは、シンポジウム形式で行われ、姜淳媛・ハンシン大学教授と秦榮玉・全国教職員労働組合(以下、全教組)女性委員会委員長、東裕子・大阪府教職員組合副委員長の3人がパネリストとして報告し、前川実・ヒューライツ大阪総括研究員がコーディネーターを務めた。以下、ポイントを絞って内容の紹介をする。

■ 性別役割意識の強い両国で


 主催者代表あいさつで、脇本ちよみ・連合大阪副事務局長兼男女平等局長は、79年の女性差別撤廃条約採択が男女平等を願う人たちの大きな力となったこと、1980年代半ばに日韓が同条約を批准したことによる国内の法整備が一定実現できたことにふれた。一方、ジェンダーエンパワメント測定指標<図1>は、日韓とも欧米諸国にくらべて低く、女性の労働力調査では出産・育児が多い年齢で低くなる「M字型雇用」<図2>であると指摘した。それゆえに伝統的に性別役割意識が強いとされる両国のとりくみを学びあう意義を述べた。

図1 ジェンダー・エンパワメント測定(GEM)比較

■ カン・スンウォンさんの報告


迷える時代、軍事独裁政権から文民政権(92年~)へ
 カンさんは植民地解放後の韓国の女性運動と政策の流れを整理し、現在の課題について報告した。
-1945年以降を3つの時代に区分して考えたい。第一段階は60年代前半までの「迷える時代」。48年制定の新憲法は男女平等を宣言したが、当時すべての人が貧しいがゆえに伝統的儒教思想が社会を支配していた。この時期は女性運動がほとんど存在しない。
 第二段階は、朴正煕大統領から始まる30年間の軍事独裁政権時代。民主化運動と流れをともにする女性運動と保守的で体制寄りの女性運動が並行していた。
 60年代から70年代、経済政策によって農村の若い女性が低賃金労働者として工場で酷使され、都会では売買春などで女性の人権侵害が多発していた。子どもを持つ女性労働者の環境も深刻であった。女性団体は、託児所設置や家庭内暴力の問題などにとりくみ、男女雇用平等法(87年)、乳幼児保育法(91年)が生まれた。
 第三段階は、文民政権が誕生した92年以降で、経済発展と都市型核家族化は、男女の教育格差を縮小した。この時期は、女性運動の国際連帯も強まっていった。北京女性会議(95年)の成果である「北京行動綱領」、女性差別撤廃条約などが法制度化の根拠となった。女性発展基本法(95年)はその具体例である。

金大中政権から飛躍的な発展
 飛躍的に法整備・政策が進んだのは98年の金大中政権以降である。その女性政策の成果と課題を要約する。一つは「男女差別禁止及び救済に関する法律」(99年)の制定で、社会のあらゆる領域において性差別を禁止し、被害者救済を具体的に提起した。
 次に、女性の社会参加、政治参加が拡大した。大統領直属機関の「女性特別委員会」(98年)が設置され、更に「女性省(部)」(01年)に格上げされた。女性の公務員の採用目標が20%となり。政党法で比例代表の国会議員候補の30%女性割当制を明文化した。しかし専門職や学校管理職の女性登用は低調で、国会議員の女性候補者の順位が低いため実際に議員になるのはわずかである。現在、272人の議員中、地域選抜・比例代表を合わせて17人にすぎない。
 韓国の女性政策は先進的になったが、法整備をしても守らせることができていない。企業は障害者や女性などを積極的に雇用しなければならないが、守らない企業に課せられる罰金の額が非常に低い。女性の人権確立には、社会の全ての場面で男女共生の文化を創るという価値なくしては実現できない。男女平等教育は、生涯教育のテーマとしてしっかり位置づけられるべきだ。

■ チン・ヨンオクさんの報告


学校管理職に女性の積極登用を要求
 チンさんは、全教組女性委員会のとりくみと女性教員をとりまく課題について報告をした。
 -約40万人の教員(管理職以外)の内、約9万2千人が全教組のメンバーで、その60%が女性である。校長や教頭など管理職の女性は、首都圏が20%、地方が5%と全国平均で9%に満たない。全教組は女性教員の昇進を政府交渉の重要な課題にしている。校長は政府が任命し、昇進には論文や授業発表などの点数と管理職による勤務評定点数が影響する。家事育児を負担している女性教員は点数をかせげず、あきらめざるをえない。
 校長の90%が男性であるという現実が、男性中心の役割モデルを生徒に提示することを私たちはおそれている。全教組は、校長を選出制にし、候補者の50%を女性にするよう政府に要求している。しかし、これには全教組内部でも反対があった。女性は出産や育児の便宜が与えられ、昇進まで割り当てられるのは男性差別だというのだ。

男女平等に向けた全教組の改革
 全教組は規約改正をし、代議員と中央委員の選出は50%女性割当制にした。これを通過させるのに1年間かかり、02年から女性代議員が50%になった。昨年までは10%未満であった。02年12月に、全教組の委員長・副委員長選挙があるが、ペア候補の1人は必ず女性にするよう要求したところ、3組とも男女ペアで立候補した。その候補者に対し、女性委員会は5つの要求をした。1つは、執行部に女性を50%割り当てる。2つ目は組合予算の1%を男女平等教育に使う。3つ目はすべての支部に託児ルームと保育担当者の配置。4つ目は政府交渉の5大課題に女性の課題を含める。5つ目は、すべての研修・会議時に保育サービスをする。全教組の民主化、両性平等のとりくみはまさに教育であって、学校での性差別をなくす見本になるはずだ。
 最近、非正規職の契約職教員が増え、その90%が女性である(公立は全体の約10%、私立は20%)。契約職教員は、身分が不安定で労働組合員になる資格もない。これほど増えるのは法違反だが、それに対するペナルティーが弱い。法律は本来弱者の側に立ってつくられるべきだ。また育児休職は3年まで可能だが無給で、出産や育児休職期間はボーナスが支給されない。女性教員への不平等を改善していきたい。

■ 東裕子さんの報告


日教組女性部が声をあげてこそ
表1
女性教員の比率(2002年春)

日本韓国
小学校62.6%68.2%
中学校40.7%59.7%
高等学校26.6%35.2%
大学14.8%14.5%
短大45.5%
※韓国の「大学」は教育大学、
専門大学(2~3年制)など除く
出典:「学校基本調査」(日)、
「教育統計年報」(韓)
 韓国の二人の報告を受けて、東さんは、"闘士"に出会って刺激を受けたという感想からはじまり、限られた時間の中で、近代以降の日本の男女平等教育、政策、女性運動の概略を説明し、また韓国の報告に照らして大阪を中心とした日本の経験と課題を報告した。
-労働組合が男性中心であるのは日本も同じだ。全教組と同様、女性の組合員が多いのが日教組である。「女性の参画」を日教組からあげていかないと前進しない。大阪府教職員組合も「男女共同参画社会基本計画」に基づき代議員・執行委員の女性比率30%の計画をしているがまだ実現していない。学校の女性教員は、高等教育につれて比率が減る(表1参照)。大阪府における女性の校長は、01年現在で、小学校が14.5%、中学校が3.8%、高校が3.2%である(全国平均よりやや下位)。

国際連帯と国内状況-前進と向かい風
 日本で女性運動が高揚した時期は『国連女性の10年』(76~85)である。当時、国籍法は父系優先主義で、雇用差別もひどく、男女別の教科課程があった。この辺りの事情も韓国と似ている。私たちは女性差別撤廃条約に抵触する法改正を要求し、日本は『10年』最終年に批准した。北京女性会議で、私はNGOフォーラムに参加し、とりわけアジア・アフリカ諸国の女性の活躍にエンパワーされた。日本も北京会議の成果を受け「男女共同社会参画基本法」(99年)が施行され、現在、同法に基づき各自治体で条例策定が進められている。残念ながらバックラッシュの動きがあり、いくつかの条例はかなりトーンダウンした。それでも法律や条例が作られる意味は大きい。女性の政治参加が進んでいないのも、韓国とも同様で、日本は170か国中112位である。大阪府議会112人の議員の中で女性は7人である。

■ まとめ


人権分野での日韓交流の蓄積を
 この後、参加者との活発な質疑応答がなされ、最後にパネリストが「セミナーをふまえての日韓の課題」を語った。同じ儒教思想文化圏にあって、共通の問題点を発見しつつ、法整備は韓国が若干進んでいるという見解が示された。また韓国からは日本の地域での地道なとりくみの積み重ねが評価された。男女共同参画社会の真の実現には教育が重要であることは全員の共通認識であり、このセミナーを一つのステップにして、今後ぜひ交流を続けていきたいという抱負が語られた。
 コーディネーターから、「人権分野についての日韓交流があまり進んでいない。今回のセミナーでは、国際人権基準をどう国内で実現するかということについて様々な出会いと学びがあった。韓国のこの10年の劇的な変化の原動力は市民運動である。人権分野での交流の蓄積を重ねたい」というまとめでしめくくられた。

(注)ヒューライツ大阪では、02年11月11日にチン・ヨンオクさんを招いて、「国際人権わいわいゼミナール」を主催した。「韓国の教育事情と女性の人権」をテーマに企画したが、チンさんは大阪滞在最後の日ということもあり、日本の人権教育との感動的な出会いや大阪の印象、更にセミナーでの議論を深める内容が中心となった。

日韓人権教育交流セミナーの共催・後援・協賛団体
【共催】(財)アジア・太平洋人権情報センター
男女共同参画社会実現をめざす日韓人権教育交流セミナー実行委員会
<構成団体:日本労働組合総連合会大阪府連合会、 部落解放同盟大阪府連合会、 部落解放大阪府民共闘会議、 大阪府教職員組合、 (社)部落解放・人権研究所、 (財)解放教育研究所>
【後援】大阪府 大阪市 大阪府教育委員会 大阪市教育委員会
【協賛】国際交流基金

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