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国際人権ひろば No.130(2016年11月発行号)

人権教育の今

公害の経験から学ぶ人権教育をーー 大阪・あおぞら財団の取り組み

栗本 知子(くりもと ともこ)
(公財)公害地域再生センター(あおぞら財団)

 大阪市西淀川区にある「公益財団法人公害地域再生センター(以下、愛称である「あおぞら財団」と表記)」は、西淀川大気汚染公害裁判の和解金の一部を使って1996年に設立された。公害によって疲弊した地域の再生をめざして、市民・行政・企業などあらゆる主体が協力しあえる社会環境づくりをめざして持続可能な地域づくりと、公害の経験を伝える活動を行っている。

 1978年に提訴された西淀川大気汚染公害裁判は、全国の公害裁判の中でも最も多い726人の原告を要する大型訴訟で、四大公害裁判の後、オイルショックを経た環境政策の後退を止めるために全国で起こされた第二次大気汚染公害裁判運動の中でも大きな役割を果たした。公害患者たちは「孫子(まごこ)を同じ目にあわせたくない」という願いを込めて「手渡したいのは青い空」というスローガンを掲げて100万人署名を集め、約20年にわたる裁判の結果、国と企業に勝訴し、公害地域の再生を掲げて和解した。

 

 新しい人権課題としての公害問題

 

 実は公害被害地域の学校では、環境教育としてだけでなく人権教育として公害問題を取り上げている場合が多い。健康と生存は人権の基本ともいえるもので被害地が人権課題として公害教育に取り組むのは当然と言えば当然だが、それ以外の地域ではどうだろう。たとえば水俣病患者が差別されるという観点から人権啓発講演会が企画されることはあっても、公害全般を人権教育として取り組む課題というふうには認識されていないのではないだろうか。

 1960年代の大気汚染公害の被害が激甚だった時代、公害病患者は高齢者、年少者など体力的に弱い人に集中した。また、西淀川公害裁判の弁護団の一人が「原告の3分の1ぐらいは、日本語の読み書きが難しい人だった」と言うように、被害者はいわゆる社会的弱者が多かった。この背景には、西淀川区には中小の工場が多く、四国や九州をはじめ、沖縄からや在日朝鮮人など移住者が多かったということがある。患者は、子どもの場合、公害病によって学校に通うこともままならず、大人は「いつ発作が起きるかわからない」などという理由で職を追われ収入が減り、高い治療費の支払いに生活は困窮していった。「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(後の公害健康被害補償法)」の施行後には、ぜん息患者たちは「金目当てのニセ患者ではないか」と揶揄された。夜には激しい発作に苦しむが昼間は一見健康そうに見えるためだ。そうした患者たちが公害裁判に立ち上がり、裁判の議論を理解するために識字学級に通い、文字を獲得し、世論を動かすために被害を訴える運動に取り組んだ。患者たちは、黙って被害に耐えているのではなく、被害について声をあげ、裁判をはじめ公害をなくす運動に取り組むことでエンパワメントされていったという。

 こうして公害の被害を訴えた被害者の行動などにより、「環境権」は新しい人権のひとつとして認知されるようになった。3・11以降、福島原子力発電事故を公害と捉え、環境教育の分野では公害への関心は高まりつつあるが、さらに人権の視点から公害問題を取り上げ、持続可能な開発のための教育として公害教育の内容を深めていく必要がある。

 

 「公害の経験について学ぶ」を「公害の経験から学ぶ」へ

 

 あおぞら財団では、これまで行ってきた公害患者の語り部を中心とした授業に加える新たなプログラムとして、現在、参加型教材の開発に取り組んでいる。公害の激甚だった時期を過ぎた後の公害教育は、過去に起きた公害の被害や事実経過、その後の環境対策について伝えるというものが大半だった。しかし未知の公害を未然に防ぎ、持続可能な社会づくりを担う市民を育てるためには、かつて起きた公害の経験から深く学び、能動的に考えを深める教育を模索する必要がある。

 私は3年前にあおぞら財団に来るまでは人権啓発に取り組んできたが、成人を対象とした人権啓発で重要になるのは、差別事象や人権に関する法制度等についての教育以上に、既存の価値観を問うことであった。研修の場で差別的発言をする人がいた場合、問題点を指摘するだけでは差別意識の核心の部分に変化をもたらすことは難しい。意見は意見として、同意はしないが、そういう意見があることを無視せず尊重しつつ、問いかけ、差別を温存する価値観について共に考え、脱学習(アン・ラーン)する手法として、参加型学習が有効であった。

 同じことが公害教育にも言える。例えば原子力発電の是非を考える際には、「今の生活を守るためには、原子力発電を使うこともやむを得ないのではないか?」といった問いは避けて通れない。そうした疑問を持つ人に対して、環境や人命の重要さを強調するだけでは、話し合いは噛み合わない。便利な生活と、環境や人命への影響の間で起きる葛藤を取り上げ、共に考える場をつくることが重要だ。

 昨年度、あおぞら財団で開発した参加型教材のひとつは、「203×年に大気汚染によると思われる謎の病が発生している」という設定で、参加者が「行政職員」「子どもが病気になった住民」「原因と思われる工場経営者」「町医者」「原因と思われる工場の労働者」の五つの役割になって課題解決について議論するというロールプレイ教材だ。ごく簡単な役割設定にもかかわらず、工場経営者から「私の工場で働く200人の雇用を守るために、原因がはっきりしないうちには工場を止めることはできない」という主張がされると、多くの場合、病の子どもを抱えた住民の「工場の操業を止めてほしい」といった発言力は弱くなっていく。疑似体験ではあるが、経済優先の発想の中では少数者の発言がなかなか重視されないことが体感できる。ロールプレイ後の振り返りでは、経済優先の判断をすると公害病患者にどのような負荷がかかるか、現実に起きた公害の経験から問いかけ、環境権と経済活動の在り方について、すぐには答えの出ない課題を投げかけている。

 今年度開発中の教材は、より具体的に西淀川公害の発生した当時、住民が公害の解決に向けてどのように行動したかを追体験するものである。西淀川の公害患者たちの市民力から多くを学ぶことのできる教材づくりをめざしている。「公害の経験について学ぶ」だけでなく、「公害の経験から」より多くを学ぶ教育に取り組んでいきたい。

p.11 左 西淀川区の小学校での語り部の授業の様子.jpg

西淀川区の小学校での語り部の授業の様子

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ロールプレイ教材を使った大阪府立千里高校での授業の様子

 

 

 全国の被害地でネットワークを結成

 

 大気汚染による公害病は、気管支ぜん息、ぜん息性気管支炎、慢性気管支炎、肺気腫と、一般的に大気汚染以外の原因でもかかることがある病気である(公害健康被害補償法ではこれらを「非特異性疾患」、水俣病やイタイイタイ病のように原因となる汚染物質との因果関係がはっきりしている病気は「特異性疾患」と言う)。そのためか、あれほど全国で引き起こされたにも関わらず、大気汚染公害の記憶は急激に風化し、次世代にあまり伝えられていない。現在の大気汚染の問題が、目に見えないPM2.5に代表されるSPM浮遊粒子状物質だということも一因だろう。しかしWHOでは現在、大気汚染はこれまで考えられていた以上に深刻な問題を引き起こしている可能性があるとして研究を進めている。また、世界の工業発展を進める地域では、かつて日本が体験した公害が繰り返されている。公害の経験を「なかったこと」にさせないための発信と、公害教育の必要性が高まっている。

 福島原発事故以降の公害教育への関心の高まりを受け、2013年度には「公害資料館ネットワーク」(事務局:あおぞら財団)という全国組織が立ち上げられ、環境教育の中に公害教育をどう位置づけるかという議論が活発になっている。

 公害資料館ネットワークによる「公害資料館連携フォーラム」は、今年は熊本県水俣市、2017年度は大阪で開催される予定だ。人権教育の活発な大阪での開催によって、未来に向けた教育として再構築されつつある公害教育に、人権教育の豊富な蓄積が新たな風を吹き込んでくれることを期待している。

 

第4回公害資料館連携フォーラム in 水俣

日  程:12月16日(金)~18日(日)

会  場:水俣市立水俣病資料館 ほか

お申込先:現地実行委員会事務局 (水俣市立水俣病資料館)

E-mail: mimuseum195651@gmail.com

公害資料館ネットワークURL:kougai.info