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国際人権ひろば No.126(2016年03月発行号)

特集 グローバルな視野からみるビジネスと人権

日本の官民による海外での開発と人権 -インドネシアの火力発電事業で浮き彫りになった課題-

波多江 秀枝(はたえ ぼづえ)
FoE Japan 委託研究員

 日本が官民を挙げてインドネシアで推進しようとしているバタン石炭火力発電事業は、当初2012年に建設開始予定だったが、着工は大幅に遅れている。最大の理由は、地元住民の根強い反対運動と土地収用の難航にある。反対派住民や地権者に対する人権侵害の問題も繰り返し指摘されてきた。2015年12月には、インドネシア国家人権委員会から安倍首相および衆議院議長あてに、日本の投資に関する人権尊重を求める書簡が提出された1。この事業をめぐり日本の官民は大きな人権の課題を突きつけられている。

 

 バタン石炭火力発電事業の概要と土地収用の経緯

 

 この事業は、ジャワ-バリへの電力供給を目的に、インドネシアで初となる超々臨界圧ボイラーを利用した2,000メガワット(1,000 MW×2基)規模の石炭火力発電所を中ジャワ州バタン県に建設しようとするもの。総工費は約4,800億円で、東南アジア最大級の石炭火力発電所となる。日本のインフラ輸出の目玉案件として注目されてきた。

 事業者は、電源開発(J-POWER)(出資比率34%)、伊藤忠商事(32%)、インドネシアのアダロ・パワー社(34%)の3社が出資する現地法人ビマセナ・パワー・インドネシア社(BPI)で、2011年にインドネシア国有電力会社(PLN)との間で25 年にわたる電力売買契約を締結済みだ。PLNによる電力購入等はインドネシア保証基金(IIGF)・財務省によって保証されており、インドネシアにおける官民連携パートナーシップ(PPP) 第1号案件としても知られる。この陣容に加え、日本の政府系金融機関である国際協力銀行(JBIC)が民間銀行との協調融資(総事業費の7割)を検討中で、日本、インドネシア共にまさに官民を挙げた推進体制となっている。

 用地の確保については、事業者のBPIが個々の地権者との買収交渉を進めてきた。しかし、売却を拒否する地権者との間で交渉が難航。2014年には買収に失敗した土地に対して土地収用法を適用する方針に切り替えられた。反対派住民は、公共事業ではなく、民間事業への同法の適用は違法であると行政裁判に訴えているが2、PLNは強制収用の手続きを着々と進めている。

 

 反対派住民の異議申立て ―深刻な人権侵害の報告

 

 2015年7月29日、事業に4年間反対し続けている住民3名が来日し、国際協力銀行と『経済協力開発機構(OECD)多国籍企業行動指針』日本連絡窓口(NCP)3に異議申立書を提出した。彼らは、バタン県5村の住民が同事業から生活を守ることを目的に設立した地元の住民組織のリーダーだ。

 申立てでは、住民は、同事業が現在/将来、「生活悪化」と「人権侵害」を引き起こしてきた/引き起こすことから、『環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン』と『OECD多国籍企業行動指針』に違反している点を指摘している。そして、事業の中止を訴えるとともに、国際協力銀行に対しては、住民との直接対話を通じた問題点の精査、日本連絡窓口に対しては、日本企業への適切な対処の奨励を求めている。

 生活悪化、すなわち生計手段の喪失は、住民が事業に反対してきた一番の理由であり、基本的人権に関わる問題である。住民によれば、発電所建設予定地の地権者は約700世帯おり、そこで小作、農業労働に従事している農民は約3,000人という。その先祖代々の農地は非常に肥沃で生産性が高く、灌漑の整った水田では年3回収穫ができる。ジャスミン畑でも年中収穫が可能だ。また、事業予定地近くの村には、約2,000人の漁民が暮らしており、カニ、イカ、エビなどバタン水域の豊富な水産物に生計を依存している。反対派住民らは、同じジャワ島で日本の支援によって建設された石炭火力発電所の現場を視察し、農地収用や海域への排水などにより、主な生計手段を奪われかねないと懸念をいだき反対をしてきたのだ。

 しかし、この強い反対の声を抑えようとする現地企業、および、地元の政府機関によって、さまざまな人権侵害が引き起こされてきたのである。

 「私は身に覚えのない罪によって、7ヶ月間も投獄された。やっと釈放されたと思ったら、国軍が自分の農地の四方を盛土で囲んでしまい、灌漑用水がちゃんと流れなくなってしまった。私の土地は、まだ事業者に売っていないにもかかわらず」(50代地権者・農民)

 申立てに来日したリーダーは、反対運動と土地売却を拒否するなかで直面してきた経験をそのように生々しく語った。

 申立書では、犯罪者扱い、不当逮捕、不公正な裁判、賄賂の企て、精神的苦痛に加え、軍・警察・民間警備員・チンピラによる暴力行為・脅迫・嫌がらせ・不法侵入・資産破壊など、人権侵害の例が列挙されている。以下はその一部である。

・2012年の環境影響評価(EIA)に関する住民協議時に1,000人以上の軍・警察が警備。反対派住民の多くは会場に入れなかった。

・2013年半ば頃まで、事業者による土地買収交渉時に軍・警察が同行。精神的な威嚇となったばかりでなく、地権者が口頭で直接脅迫されたケースもあった。

・2013~2014年にかけて、抗議活動に参加する住民に対する軍・警察などによる暴力行為。実際に合計数十名近くの負傷者が出た。

・2015年4月、国軍・工兵隊が既買収地のみで更地化の作業を開始。地権者が自分の未売却の農地に入ろうと近づくと、警備兵が罵るなどの嫌がらせを受けた。

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参議院議員会館で国際協力銀行の担当者に異議申立書を手渡すバタン県住民(2015年7月29日、FoE Japan撮影)

 

 日本の官民の人権対応と課題

 

 人権侵害の申立てについて、日本での国会審議や議員への個別説明の場における国際協力銀行の回答は次のようなものだ。

 「(土地買収過程で)安全確保のために現地で軍や警察の護衛を付けることがあるものの、脅迫や強権的な手段を用いている事実は認定できていない」

 「警察・検察に確認を行い、土地取得において脅迫行為があったと認識していないこと、また、事業者にも脅迫行為への加担がないことを確認」

 「(更地化作業の工兵隊の起用について)国軍法上、政府から公共の利益の為に指示された任務を実施している場合は許容され、違法性はないことを事業者より確認。弁護士にも確認済」

 しかし、加害者とされている当事者が「脅迫の意図はない」などと主張していることをもって、「人権侵害はない」と結論づけるのは余りにも短絡的である。銃器をもった軍・警察の存在が、インドネシアにおける住民の自由な発言・意思決定をどれほど阻害するものか。警備および事業地の更地化作業は民間でも十分に可能であるにもかかわらず、なぜ軍・警察の起用が必要なのか。現地の状況が法的観点から妥当であると言えるのだろうか。本件の人権をはじめとする状況を確認するにあたり、国際協力銀行は多くの考慮すべき事項を直視していないようだ。

 私たちNGOとの面談のなかで、日本の関連企業も総じて国際協力銀行と同様の認識を示してきたが、両者が人権デュー・ディリジェンス(相当の注意)の第一ステップとも言える人権状況の適切な把握・評価ができていないのは、国家人権委員会といった政府の独立機関による意見を十分に考慮できていないこと、インドネシアの政治社会・人権状況に関する背景知識の不足などにあると言える。また、人権侵害への「加担」という当事者意識の低さ、ひいては、リスク認識の低さがあることも否めないだろう。

 現場では、事業者が既買収地のみでの国軍による更地化の開始に踏み切ったため、土地売却を拒んでいる約60名の地権者の水田・畑のみが事業予定地内に飛び地の形で取り残されており、地権者への精神的な圧力は計り知れない状況となっている。

 こうした現状をどうやって打開すべきか―国家人権委員会のような第三者の指摘を重視し、インドネシアの人権状況に詳しい専門家の意見も取り入れながら、本件に係る人権状況について見直すこと、そして、人権状況の改善に向けたあらゆる影響力の行使を模索することが日本の官民に求められている。

 

 

 

1:書簡の日本語訳はFoE Japanのサイト(http://www.foejapan.org/)の「インドネシア・バタン石炭火力発電事業」のページに掲載。

2:地方裁判所で住民敗訴。2016年2月中旬までに最高裁の評決が出される予定。

3:『OECD多国籍企業行動指針』の実施に関連して生じた個別の問題解決に寄与し、指針を効果的にするため参加各国に設置している。日本NCPは外務省、厚労省、経産省の各担当課で構成。




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