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国際人権ひろば No.125(2016年01月発行号)

「五七五で詠む差別問題」選評

特選

 見上げれば分け隔てない青い空       長峯 雄平

 どの種も懸命に問う生きる場所          森 沙恵子

 

入選

 「ふるさと」は一人の時に歌います      松田 龍彦

 父匿すハングル文字のパスポート      松澤 龍一

 差別して 一体何を 守りたい          むーむー

 まっさらな朝だよ同じ陽を受けて       吉備団子

 木登りの少女 少年かもしれず         市川 唯子

 

選外佳作

 ありのまま私の色で凛と咲く           橘孔雀

 

(高鶴 礼子・白石 理 共選)

 

※ 二〇一五年は、日本の人種差別撤廃条約加入20周年、女性差別撤廃条約批准30周年の節目の年です。ヒューライツ大阪は差別問題について考えるために、五・七・五の句を募集しました。

 今回は二一四名の方から六九九句のご応募をいただきました。選考の結果、上記受賞作品が決定しました。ご応募いただいたみなさまにお礼を申しあげます。

 

高鶴 礼子
川柳ノエマ・ノエシス主宰 日本文藝家協会会員

 重篤な差別の問題、それを一つずつ解(ほど)いていくためには、問題の存在自体に、まず気づくということが肝要です。その上で、自分がそうした事柄をどう捉えるか、それに対してどうあろうとするのかを考える、差別問題について《書く》ということはそうしたことでもあると言えましょう。十七モーラの小さな詩型に描かれたヒト・コト・モノを通して、明らかとなる《それを書いて下さった方の心の現在地》。大勢の方々のそうしたご自身との格闘を今回も嬉しく拝読しました。

 惜しむらくはカタカナ語の安易な使用や説明・報告で止まってしまっている作品が多々見られたことです。句材はしっかりと消化しましょう。そうすれば、せっかくの御句が薄っぺらになってしまうことはありません。では講評です。

 特選一句目、広がりゆく空間の中、美しい空の青と、それをじっと見つめている人のまなざしが見えます。ここに描かれた「空」が美しいのは晴天や爽風といった天候のせいではありません。雨は人を選んで降りはしない――。それは「空」が、決して「分け隔て」をしないがゆえの美しさなのです。空を見上げる《その人》は、「分け隔て」されることによって心底辛い思いをしている人(=当事者)であるとも解せれば、「分け隔て」のある現状に心を痛めている人(=目撃者)であるとも解せましょう。いずれにしても、万物が与えてくれている激励に気づくことのできた《その人》は、まっすぐに顔を上げて、《生きる》の方向へと再び歩を進めていけるに違いないのです。句想の中心に置かれた人物の造型が《時代の証言者》としての二つの相を余すことなく示しうるものとして措定され、透明感のある抒情とともに差し出されているところが魅力でした。

 特選二句目、一方を書くことによってそれを阻害する他方を暗示し、その制止を訴える叙法が効果的です。懸命に問うている「種」が探しているのは、自分が一番自分らしくいられる場所であり、生き方なのでしょう。それを見つけようとすることは誰にも邪魔をされることのない大切な権利であると、この句は改めて私たちに示してくれているようです。それを、芽吹く前の事物、即ちどんなふうにも育っていける――その反面、場合によっては抵抗すらできず排除されてしまう――「種」に託して語ったところが眼目でした。

 入選一句目、一人の時に歌う歌が「ふるさと」であるということが指し示す状況の切なさ、重さを思います。同時代を生きておられる母語と母国語が異なる方々の存在、そしてそのことが持つ意味を、マジョリティの位置にいる者はしっかりと心に刻まねばなりません。

 以上に加え、「匿す」父とそんな父の姿を見つめる子という二者の対峙から、両者の生き方までをも彷彿させ問題を提起する入選の二句目、直截な言い切りによって差別する側が秘め持つ弱さを炙り出してみせた三句目、希いにも似た切ないほど美しい意志の表出を刻んだ四句目、思い込むところから一歩離れて自身の心を見つめ直すことがもたらすものを示唆した五句目と、出来事の単なる報告や説明に留まらない作品に出会うことができました。感謝と賛同を捧げます。

 

白石 理
ヒューライツ大阪顧問

 二〇一三年の「五・七・五で詠む自由権」の応募作総数が四五五句だったときには、その数の多さにおどろいたが、今回の「五・七・五で詠む差別問題」には六九九句もの応募があり、予想外のことに大変驚き、また嬉しく思った。これは、多くの人が特に今の社会にある差別に懸念を抱いていたり、実際に差別を受けたり、あるいは、差別に苦しむ人が身近にいたりといった様々な関わりから、それぞれの思い、考え、 あるいは心情を、五・七・五の形にして、送ってくださったのではないだろうか。

 日本社会ではこれまで、人権といえば「差別問題」を考えることが広く一般的であったように思う。深刻な人権侵害である差別問題が、これまで日常的にまた頻繁に起こってきたことを知れば、「人権問題すなわち差別」と捉えるのも無理からぬことであろう。もちろん人権は、差別ばかりではなく、ほかの人権課題をも含んでいる。このことは、これまでの「五・七・五で詠む」が、社会権と自由権を取り上げた際にくわしく述べた。

 しかし、「差別問題」が世界中いたるところで起こってきたこと、そして現に起こり続けていることを見れば、この問題が人権課題の中でも特に深刻なものであることがわかる。そのような現実を踏まえて、世界人権宣言は第一条で、すべての人が権利と尊厳において平等であることを掲げ、第二条で、どのような理由によっても差別は許されないことを確認している。

 今回の応募作品では、特に差別を乗り越えたところにある幸せな世界へのあこがれ、自らの差別体験、差別することがいかに人間性を否定するものであるかを心の叫びとして詠ったもの、差別の被害当事者としての辛さや苦しさをつぶやくように詠ったものなど、深く印象に残るものがあった。中でも、今回選ばれた句には、「差別問題」に傍観者としてではなく、何らかの形で関わっていこうとする思い、考え、そして心情がよく表現されていた。


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