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国際人権ひろば No.124(2015年11月発行号)

特集 3.11から4年-復興が不可視化するもの

3.11と「復興」─不可視化される被ばく被害─

鴫原 敦子(しぎはら あつこ)
環境・平和研究会共同代表、東北大学国際文化研究科元助手

 「復興」はどこへ向かっているか

 

 東日本大震災から4年8ヶ月が経過した被災地は、2015年度で集中復興期間を終える。復興庁設置法によれば、復興期間は10年。つまり、その半分が過ぎようとしているのである。この間投入された資金は25.5兆円、2016年度以降に予算として組まれた6.5兆円を合わせると、総額32兆円にものぼる。しかし、被災者の生活再建が順調に進んでいるかというと必ずしもそうとは言えない。むしろ「創造的復興」をスローガンにした開発事業への傾斜によって、人々の生活再建は置き去りにされているとの批判もある。

 「創造的復興」とは、もともと阪神・淡路大震災後に兵庫県知事が提起したものだが、3.11後、単なる「復旧」ではなく新しい時代にふさわしい日本、新しい東北を創生する復興ビジョンとして、財界の意向に沿う形で描かれている。その具体的な中身は、国際競争力強化のための一次産業の大規模集約化と効率化、企業が進出しやすい環境整備など、震災を「千載一遇の契機」と捉え、大胆な構造改革を可能にする復興施策だ。「被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない」と謳い、停滞する日本経済の再生と復興が重ね合わされている。被災三県の中でも特に宮城県では、この提言に忠実に沿った復興計画が策定された。

 しかし巨額財源確保のためには地域社会内での議論を短縮せざるをえず、防潮堤工事、集団移転、かさ上げ事業をめぐる自治体と住民の合意形成の難しさが浮き彫りになった。時間の経過とともに被災地からの住民流出は続き、当初のまちづくり計画も揺らぎつつある。他方、仮設住宅供与期間を5年で終える仙台市など5市町では、移転先未定者が750世帯にものぼることが明らかになり(河北新報2015年9月16日)、PTSDやストレスの多様化など、こころのケアに関する課題も表面化してきている。

 そしてこうした「復興」の陰で、宮城県にも降り注いだ放射能汚染の被害が、まったく見えにくくなっているという大きな問題がある。

 

 不可視化される被ばく被害

 

 東電福島第一原発事故からわずか10日後の2011年3月22日、宮城県知事は「空気中の放射線量が健康に影響ないレベルであることを考慮した」と説明し、県内の農畜産物に関する放射性物質検査を行わないことを決めたと発表、「宮城県の農産物を安心して食べてほしい」とPRしている(河北新報2011年3月23日)。その翌日、厚生労働省から放射性物質検査の強化に関する要請が出されたが、宮城県では県原子力防災対策センターが津波の直撃をうけ、放射性物質の測定機器4台が使用不能になっていることを明らかにした。宮城県の女川原発は、原子炉冷却に必要な外部電源5系統のうち4系統を津波で失っており、国会事故調報告書によれば「外部電源喪失回避は単なる幸運」にすぎなかったことがわかったのである。

 こうした中、宮城県でも3月下旬から放射線測定結果を公表し始めることになるが、5月に宮城県内の牧草から放射性物質が検出、7月には汚染された稲わらを供与された宮城県産牛肉から暫定規制値を超える放射性セシウムが検出され、国からの出荷制限指示をうける事態に及ぶ。この間、3月に県庁内に開設された原発事故関連の電話相談窓口には、9月までの約半年間で6,120件の電話相談がよせられたという。

 一方、福島県では数々の問題を抱えつつも県民健康管理調査が始められた。宮城県においても検診を望む声が高まっていたことから、2011年10月、「健康影響に関する有識者会議」によって、とりわけ汚染度が高い宮城県南部の丸森町2地区のみ甲状腺検査等が実施されている。しかしその報告書は、「現状では健康への悪影響は考えられず、健康調査の必要性はない」とのこと。これ以降、県は、風評被害対策としての食の安全PR、県民の不安解消のための「正しい知識の普及啓発」に努めるというスタンスをとることになる。その結果、宮城県としての公的な健康調査は未だに実施されていない。

 

 新しい時代のものさしづくり

 

 言うまでもなく、放射性物質の拡散に県境は関係ない。宮城県内にも、年間の追加被ばく線量1mSvを超える地域を含む「汚染状況重点調査地域」に指定された自治体が8市町あり、健康影響への潜在的な不安を抱える人は少なくない。事故直後のヨウ素被ばくや食品などを通した内部被ばく、あるいは長期的な低線量被ばくが健康にもたらす影響、そして次世代への影響についてもまったく未知数である。さらに健康被害の有無や、因果関係の有無にかかわらず、そうした被害が今後起こりうるかもしれないという不安を、私たちは生涯抱えていかざるをえない。

 見ようとしなければ見えてこない、そうした被害に目をむけず、「復興」という希望が人々の「絆」の象徴として語られることは、心配や不安を抱える人々を同調圧力のもとにさらす。多くの人が計り知れぬ不安を抱え、日常の中で望まない無数の選択を強いられているにもかかわらず、そうした選択はあくまでも自主的選択として扱われる。賠償をめぐっても、加害者が被害者を査定するという不条理なしくみの中で、被害実態には極めて程遠い事故処理がなされているのだ。

 こうした中、被災地内外では放射線に関する学習会、空間線量の自主測定、検診活動など自らの手で現状を見極めたい、本当のことを知って一緒に考えたい、壊されてしまったつながりを取り戻したい、という思いをもつ市民が動き始めている。

 宮城県南部の大河原町にも、2011年秋、「市民と農民による小さな町の測定室」を目指した、みんなの放射線測定室「てとてと」がオープンした。宮城県南部の農家の方が中心になって立ち上げ、食品や土壌などの測定を継続的に行ってきている。毎週土曜日には、測定結果表示の野菜や手作り加工品が並ぶ産直市「てと市」を開催。この測定室を拠点に、様々な交流会やワークショップなどの催し、独自の調査研究がなされており、地域の人が気軽に立ち寄って学び、語り合える、いまや地域のプラットホーム的な存在である。

 真実を覆い隠したままの「安心・安全」PRではなく、自分たちで事実を見極め、いのちの尊厳を守り、生きるための基盤をいかにして再生させるか。新しい時代にむけて、人と人、人と自然のつながりを「いのち」に立脚して紡ぎなおす試みでもある。

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みんなの放射線測定室「てとてと」

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生産者が測定して販売する「てと市」


 3.11が問いかけたもの

 

 戦後の日本は、米国の核の傘の下、ひたすら経済成長を目指すことで平和な社会を享受できるという信奉のもと、いのちや環境よりも経済的価値に優先度をおく社会を作り上げてきた。そこには地方社会でのリスクの引き受けが、経済的見返りによって相殺されるかのような制度が内在化されてきた。3.11は、この平和観を根底から覆したはずだ。

 しかし広島・長崎での被ばく被害を矮小化したまま導かれた「安全基準」は、3.11以後、被ばく被害を科学的装いのもとに許容させるために利用されている。政治的に引かれる「被害認定」のための線引きが、地域社会を分断していく構図は、公害問題と何ら変わりない。またもや被害者の切り捨て、早期幕引き、救済には程遠い「解決」という公害問題と同じ図式に持ち込まれようとしてはいないだろうか。3.11が露呈した、こうした問題を不問にし、「復興」のもとで再び蓋をするならば、原発事故の被害を福島だけの問題に限定し、それすらも小さく見せたい国の意図を黙認することになろう。

 復興推進委員会の提言のおわりには、2020年の東京オリンピックを、「世界の人々に向けて、『新しい東北』の実現を目指し着実に震災から復興している姿を発信する絶好の機会」と書かれている。しかし震災で失ったものは、目に見えるものだけではなかったはずだ。最先端の未来社会を世界に見せるための復興ではなく、ひとりひとりの人間、いのちが、大切に生かされる社会を目指さなければならない。この復興の、眼差しのありかが問われている。


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