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国際人権ひろば No.123(2015年09月発行号)

じんけん玉手箱

人権教育とエンパワメント

阿久澤 麻理子(あくざわ まりこ)
ヒューライツ大阪所長代理

 2011年末、国連総会で採択された「人権教育と研修に関する国連宣言」には、エンパワーとか、エンパワメントという言葉が3回も登場する。エンパワメントとは、変化をもたらすための内的な力(個々に内在する能力、行動力、自己決定力)を取り戻すことである。
 人権を学ぶことがなぜエンパワメントなのか。それは、自らの権利を学ぶことによって、自分自身が尊厳を持つ大切な存在だと実感できるようになるからである。そして、自らが権利の主体だと思えるとき、差別や抑圧を内包する社会を変えられる、という思いを強めることができる。
 マイノリティの立場性を生きる者にとっては、人権を学ぶことは自分自身の回復であり、解放である。パウロ・フレイレは『被抑圧者の教育学』のなかで、被抑圧者が抑圧者の価値観を内面化し、抑圧者に一体化しようとすることに触れているが、それはマイノリティが日常的に差別や抑圧にさらされることによって、マジョリティの価値観こそ「標準」だと思いこまされ、そのことによって自分自身を「非標準」としてスティグマ化してしまうからでもある。だからこそ、自らの尊厳と、権利の主体としての実感を取り戻すことは、「標準」という価値観から自分を解放し、人間性を回復することである。人権教育は、「自分らしく生きる」ちからを取り戻すという意味でもエンパワメントの教育である。
 
 「人権教育とエンパワメント」の視点からみれば、京都朝鮮初級学校襲撃事件において「在日特権を許さない市民の会」(在特会)会員らに対して出された2013年12月の京都地裁の判決は、とても重要である。在特会等が朝鮮学校の前で繰り返したヘイトスピーチを裁判所は人種差別と認め、在特会側に約1,200万円の賠償と街宣活動の差し止めを命じた。だが、それだけではない。2014年7月の大阪高裁判決では、民族教育を行う学校の教育環境、社会環境がヘイトスピーチによって損なわれたと指摘し、民族教育というマイノリティが「自分自身であるための学び」が権利であることを認めたからである。
 また、この裁判を支援した市民団体「こるむ」「こっぽんおり」では、判決の内容を学校の子どもたちにもわかるよう、イラスト付きリーフレット『京都朝鮮学校事件高裁判決―日本の裁判所はなんと言ったの?』にまとめた。「人権教育および研修に関する国連宣言」(第1条)に、「すべての人は、人権と基本的自由について知り、情報を求め、手に入れる権利を有する」とあるように、自らの人権について知ることは権利である。リーフレットづくりは、まさにその実践である。
 
 マジョリティ社会の「標準」の価値観を解体することは、マジョリティとして生きる者にとっても大切な営みである。だが、マイノリティから発信される、差別や抑圧の不当性を訴える言葉に対して、マジョリティは自らに批判の矛先が向けられたように感じ、身構え、マイノリティとマジョリティを二項対立する存在としてとらえてしまう。
 だが「標準」を解体し、そこから自由になることは、マジョリティにとっても、「生きやすさ」を手に入れることである。たとえば男性が、女性差別やLGBTに対する差別から自由になることは、社会が作り出した「男らしさ」の標準から自由になり、「男らしく」ではなく「自分らしく」生きる選択をできるようになることだ。「標準」を解体したいという思いを共有することによって、マイノリティとマジョリティは、つながり直すことができるのではないか。
 
 ところで、2014年度に世界人権問題研究センターが、近畿圏の大学生2,867人を対象に実施した「若者の共生意識調査」では、「マイノリティ出身の友人・知人がいるか」をたずねている。気になるのは、在日コリアンの友人・知人が「いない・わからない」と答えた者が6割弱(56.5%)、被差別部落出身の友人・知人については約9割(87.4 %)が「いない・わからない」と答えていることである。若者の多くが、当事者に出会わない・つながっていないのは、マイノリティが自分らしさを表現し、カムアウトできる学校・社会を私たちが築けていないからではないのか。学校・社会で行われる人権教育が、「差別はいけない」と教えていても、それがマイノリティの子どもたちのエンパワメントにつながっていないということではないのか。私たちが取り組む、これからの人権教育にとっての大きな課題を示唆しているように思えてならない。

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