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国際人権ひろば No.121(2015年05月発行号)

特集 女性差別撤廃条約と日本のマイノリティ女性

マイノリティ女性に対する複合差別と国際人権基準

元 百合子(もと ゆりこ)
大阪経済法科大学・反差別国際運動

複合差別とは何か

 
 ほぼすべての人は、周囲の人々や社会と複数の関係をとり結びながら生きている。一人ひとりのアイデンティティもそれを反映して、民族的出身、性別、宗教、職業、法的・社会的地位など、複数の要素から成り立っている。それらは同時に、人々を分類する社会的カテゴリーでもあり、そのほとんどに抑圧と序列化の力関係が内在するから、複数の事由に基づく偏見や差別、周縁化を経験する人も少なくない。特に、社会的に抑圧・差別される集団またはカテゴリー(マイノリティ)に属する-ないしは、属するとみなされる-女性(以下、マイノリティ女性)は、集団内外での女性差別に加えて、「人種」(※注)、民族的出身、国籍や宗教、或いは障碍、性的指向など、他の事由による差別が重なり、絡み合う複雑な抑圧構造の中で生きることを余儀なくされている。複数の差別は、密接に結びつき、有機的に相互作用するため、差別事由ごとに分解した対応では改善も解決もしない。
 マイノリティ女性が置かれている状況は、マジョリティ女性や同じ集団の男性とは異なる。経験や抱えている問題、ニーズも異なるが、それらは認識さえされずに放置されがちである。女性を代表するのはマジョリティ女性であり、民族、難民、移民、移住労働者、障碍者といったグループを代表するのは男性であって、「女性」という括りにおいても、それらの集団においても周縁化され、不可視化されがちである。マイノリティ女性が、「マイノリティの中のマイノリティ」と言われる所以である。同一グループ内の多様性と不均衡な力関係-抑圧と被抑圧、支配と被支配といった関係-は軽視・隠蔽されがちであって、マイノリティ女性の抱える問題は、集団全体の目標が達成されれば自動的に解決される付随的問題とみなされる傾向も強い。マイノリティ女性が支援や救済を求めようとしても、適切に対応するための法的・制度的枠組みを備えている国は少ない。
 

 国際人権保障システムにおける変化と国際人権基準の発展

 
 こうした複合差別の問題は、その深刻さにもかかわらず、国連を中心として20世紀後半に目覚ましい発展を遂げた国際人権保障システムにおいても長い間、軽視され、適切な対応がなされて来なかった。差別事由ないし女性、先住民族、障碍者、移住労働者といった権利主体ごとに分離した対応が採用されてきたのである。国内裁判所等でも同じだが、たとえば人種差別と女性差別は、同一の個人が同時に経験している場合も、切り分けられ、別々に扱われてきた。そうしたアプローチでは、複合差別による人権侵害の実態と本質が正確に把握されず、効果的救済がなされないばかりか、差別の複合状態が隠蔽され、維持されてしまうといった弊害さえ起きる。
 ようやく近年、特に北京女性会議以後の20年間に、国際社会とくに国連では、複合差別の視点を導入した活動が増えてきた。複数の人権機関が、各国政府に対して、マイノリティ女性に対する複合差別の状況の調査と報告、状況改善を図る政策の策定と実施などを求める勧告を繰り返してきた。とりわけ人種差別撤廃委員会と女性差別撤廃委員会は「人種差別のジェンダー関連の側面」と題する「一般的勧告25」および「(締約国-条件加入国-の義務に関する)一般的勧告28」をそれぞれ発表してその姿勢を明確にしている。後者は、複合差別とそれがおよぼすマイナス影響を認識し、法的に禁止すること、複合差別の発生防止のために必要に応じて暫定特別措置を含めた政策や計画を採用・推進することを義務と位置づけ、「政策では、締約国の司法管轄下にある女性(非市民、移民、難民、亡命者、国籍のない女性を含む)を権利保有者と認識しなければならない。その際、社会的に無視され、あらゆる形態の複合差別を受けている女性グループを特に重視すべきである」と勧告する。
 日本が2014年批准した障碍者の権利条約や2014年開催された先住民族世界会議の成果文書にも、複合差別の視点が入った。人権理事会がマイノリティ問題を議論する際も、もはや複合差別の視点が欠落することはない。なお、こうした展開は、世界各地のマイノリティ女性たちが、多大な困難に遭遇しながらも勇気を持って発言し、国際連帯して粘り強く勝ち取ったものであることを特筆しておきたい。
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提言を携えての政府交渉(2007年)提供:反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)

 日本政府のかたくなな姿勢

 
 日本では、政府が一貫してマイノリティ女性に無関心であり、こうした進展からはるかに遅れたままである。国連人権機関から繰り返されてきた勧告を事実上無視し、実態調査さえ行わず、マイノリティ女性の人権状況を国連に報告せず、国内での女性政策や関連する措置の策定・実施においても考慮に入れないことが続いてきた。マイノリティ女性に影響する事柄の決定過程に、当事者の効果的参加を保障することもない。マイノリティ女性の人権状況の改善にとって有益な施策も制度上の改革も、ほとんど見られない。
 意図的ネグレクトとでも言うべき、政府のそうした姿勢を前に、アイヌ民族、被差別部落、在日コリアンといった主要なマイノリティ集団に属する女性たちは、2004年から2005年にかけて「マイノリティ女性自身による複合差別の実態調査」を実施した。その結果明らかになったのは、教育・識字、就職・労働、社会福祉、健康、暴力、差別など、生活全般におよぶ複合差別の影響である。それでも政府は動かなかった。以後、それらの女性たちは、調査結果を引っさげて共同で省庁交渉を重ね、包括的政策の策定と具体的な措置の実施を粘り強く求めてきたが、毎回、徒労感だけが残る結果に終わってきたという。内閣府には、女性差別撤廃委員会の勧告への政府の対応の進捗状況を監視する専門調査会が設置されているが、そこで実態調査の結果を説明させて欲しいという要望さえ拒まれ続けてきた。障碍女性たちも、類似した調査を自ら実施し、暴力、性暴力、性・生殖・健康に関する被害、性別役割分業、労働に関する性別格差などの実態を公表し、政策提言活動などを活発に繰り広げているが、壁は厚い。
 2008年と2015年の女性差別撤廃委員会に対する政府報告書には「マイノリティ女性」の項目、第3次男女共同参画社会基本計画(2010年)には複合差別に触れる記述が入ったが、いずれも内容は極めて不十分である。政府は、「女性政策の対象にマイノリティ女性は含まれている」と言うが、同時に「特別な施策の枠組みは設けず、一般的な枠組みの中で対応する」という方針にこだわる。実態調査の意思も示さない。
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日本のマイノリティ女性たちは自ら実態調査報告をして出版した(2007年)<発行/反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)>

 まとめ

 
 日本では、複合差別に対する闘いは、もっぱらマイノリティ女性が担ってきた。その中では、日本の女性運動史上はじめて、マイノリティ女性たちが、従来の分断を乗りこえて連帯し、その協働が広がりつつあるという大きな成果ももたらされた。しかし、複合差別は、社会のすべての構成員、とりわけマジョリティ女性、マイノリティ集団の男性が、複数の抑圧構造における自己の地位、優越性、特権、加害性を自覚し、あらゆる抑圧構造の解消と実質的な平等の実現にむけた努力を不断におこなわない限り、改善も解消もしないことを強調しておきたい。
 
 

 人間を、肌の色や容貌といった外形的特徴で数種に分類できるという考え自体、非科学的であり、差別的であるというのが、国際社会で確立した知見である。その意味でカッコにいれる。