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国際人権ひろば No.116(2014年07月発行号)

特集 アセアンの人権保障メカニズムの現状

アセアンの人権を守るー課題と機会

Yuyun Wahyuningrum(ユユン・ワーユニングルム)
アセアン・人権担当シニア・アドバイザー、人権ワーキング・グループ

 2015年12月31日、アセアン(東南アジア諸国連合)は、2008年のアセアン憲章に基づき、法の支配やグッド・ガバナンスと並んで人権と民主主義をその正当な目的の基礎、共通の地域的価値および原則とする統合された地域共同体を発足させる1。憲章14条は、人権機関を設置することを義務づけており、アセアン政府間人権委員会(AICHR)がすでに2009年に設立されている。続いて、2010年には「アセアン女性と子どもの権利の促進・保護に関する委員会」(ACWC)が設立された。1967年のアセアン設立時の文書であるバンコク宣言には人権に関する規定は見られなかった。多くの政府は人権の真の尊重よりも国の安全保障、主権や領土保全に関心があったからである2
 これらの人権メカニズムの設立はアセアンにおけるパラダイム・シフトによるだけでなく、単なる経済協力にとどまらない、地域統合の異なる次元をも表している。アセアンの共同体への行程表(ブループリント)では、人権の促進と保護を支援する戦略や活動の概略をあげている。今では概念の社会化の一つの方法としての公式の議論3や、二国間や多国間協力の価値や議題として域外国とのさまざまな協力文書4において人権の用語をみることができる。この展開にはしかし課題がない訳ではない。
 本稿はアセアンの人権メカニズムは多数の制度的欠陥にも関わらず、アセアンにおいて人権に関する議論を拡大したと論じる。メカニズムの過程はまたアセアンの加盟国のいくつかのなかで社会運動を起こし、近隣のサブリージョンにおいても同様のメカニズムへの関心を高めた。
 

アセアン政府間人権委員会

 
 「人権」という言葉が初めてアセアンの文書に登場したのは1993年7月に開催された第26回アセアン閣僚会議5の共同コミュニケにおいてである。その中でアセアン諸国の外相たちは「1993年6月25日のウィーン宣言にあげられた人権と基本的自由の尊重」へのコミットメントを繰り返した(パラグラフ16)。また、「アセアンは人権に関する適切な地域的メカニズムの設立を検討すべきであると合意」した(パラグラフ18)。アセアンは初めて、地域的人権レジームの発展に向けて踏み出すのである。
 クアラルンプールで開催された1997年の第2回アセアン非公式サミットにおいて、アセアン諸国の首脳は、配慮(ケア)し共有(シェア)する共同体であるアセアンをつくるという広範な展望を描く、アセアン・ビジョン2020を採択した。これに続いて1997年、ビジョン2020を詳細な行動で表したハノイ行動計画を採択した。そのうちの一つがアセアン諸国間で「国連憲章、世界人権宣言およびウィーン宣言および行動計画に沿って人びとの人権およびあらゆる基本的自由を促進・保護するために」(第IV章パラグラフ4.8)人権に関する情報の交換を拡大することであった。
 さらにアセアン諸国政府は2004年、ビエンチャン行動計画に女性および子どもに関する委員会の構想を取り入れ、人権の地域メカニズムの考えを具体化した。2007年にはこの地域では最初の人権宣言となる、移住労働者の権利に関するアセアン宣言が続いた。さらに、アセアン憲章の公表で前進することになる。憲章14条では、アセアンの人権機関の設立を掲げている6。憲章が外相に取決め文書(Terms of Agreement)に沿って設立するよう求めた機関が、2009年10月、アセアン政府間人権委員会(AICHR)という名称で設立されたのである。
 取決め文書で設立されたAICHRは人権に関する協議を行う、政府間7の機関であり、人権の促進・保護という任務を果たすにあたり拘束力を持たない8。委員会は各加盟国からの代表10人によって構成され、委員は3年の任期を務め、1回再任ができる。委員会は年に1度アセアン外相会議に報告し、公式には年2度の会合をもつが、他にも会合をもつことは可能であり、コンセンサスによって決定することができる。AICHRの代表はアセアン加盟国の独立、主権、平等、領土の保全および国民的アイデンティティの尊重とアセアン諸国の国内事項への不干渉の原則(2条)9などに基づいて活動する。AICHRは「アセアンにおける人権規範および基準の発展に貢献する進化的アプローチ」(2.5条)10をとる。
 委員会の機能は、人権の保護よりも促進に向けられ11、「まず促進、次に保護」のアプローチに基づいている12。AICHRの権限は人権に関する啓発、能力構築、人権条約加入の促進、人権の実施の促進、助言の提供、研究調査の準備、共通アプローチの促進、アセアンへの年次報告の作成と提出である。取決め文書は発効後5年毎に見直される(9.6条)13
 AICHRの委員はインドネシアとタイの代表以外は、公務員として政府に任命され、政府に報告するので、独立性はない。残念なことにAICHRの過去5年間の業務は透明、参加型、およびアセアンの人びとに対して説明責任を果たしているというにはほど遠いものであった。
 アセアンは、人権に関するアセアンとしての考え方や立場を提案する観点からアセアン人権宣言とプノンペン声明を2012年11月18日に採択した。しかしその起草過程は一般に開かれておらず、市民社会団体から「秘密に覆われている」と批判されていた14
 アセアン人権宣言は国際人権規範に抵触していると言われている。国連人権高等弁務官事務所は2012年11月19日のプレス・リリースで、この宣言に「国際基準に矛盾する言語が含まれている」として、国際人権規範に違反していると述べた。一方、キャサリン・アシュトン欧州連合外務・安全保障政策上級代表は、アセアン人権宣言の採択がアジアにおける人権の保護の強化に向けた重要な一歩であると述べた15。アセアン人権宣言公表にあたり、フン・セン・カンボジア首相は、「第21回アセアン首脳会議でのアセアン人権宣言の採択は、地域における平和、安全、和解と人権の保障をさらに促進するだろう。」と述べた16
 アセアン人権宣言は普遍的人権の多くを保障する17。しかし、一部の条文は、権利と自由の享有を、義務(6条)、地域および国の文脈(7条)、権利の制限(8条)とのバランスを条件とし、あるいは、たとえば、政府に参加する権利(25.1条)、投票権(25.2条)労働組合を結成し、参加する権利(27.2条)については国内法を条件としている。さらに、アセアン人権宣言は結社の自由の保障については触れていない18
 

ステークホルダーの役割

 
 市民社会団体はアセアンの民主主義国の民主化過程において重要な役割を担い、アセアンにおいてもより強力な地域人権メカニズムを求めてきた。地域の人権課題に積極的に取り組む団体として、「アジアの人びとのアドボカシー連帯」(SAPA)、人権と開発のアジアフォーラム(FORUM-ASIA)とのネットワーク、人権に関する東南アジア女性会議、アセアン人権メカニズムのためのワーキング・グループ(AWGHRM)、人権ワーキング・グループ(HRWG)などがあげられる。ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナルなどの国際的な組織も似たような問題に取り組んでいる。
 2005年以降、毎年市民社会団体が集まり、アセアン市民社会会議/アセアン民衆フォーラム(ACSC/APF)を開催している19。過去9年、ACSCはアセアンで最大の市民社会の集まりとなっている。この会議は開発、人権、女性のエンパワメント、子どもの保護、貧困撲滅、気候変動、社会的保護、移住労働者の保護、漁業および農業、情報の自由、民族的マイノリティおよび環境問題など地域における広範なアドボカシー活動に関する分野横断的なネットワークづくりや対話の場となっている。毎年この会議には世界中から参加者が集まる。2014年のヤンゴンでの会議には3,000人の人がアセアン内外から参加した。
 市民社会とアセアンの官僚との間の対話も始まった。戦略国際研究センター(CSIS)とHRWGは2009年から毎年市民社会とアセアンの事務局長やアセアン常駐代表委員との人権に関する対話を開催している。多様な形式やアプローチを通して市民社会はアセアン人権メカニズムに対して声無き人に声をもたせ、社会的な結束と平等を促進し、社会の能力を強化し、アセアンの改革を呼びかけ、アセアンが説明責任を果たすよう確保し、地域の人権の促進と保護のために重要なチェック・アンド・バランスの機能を果たせるようそれぞれの役割をつくっている。
 アセアン内の無所属の、積極的に発言する議員や影響力のある人びとも人権の課題に地域的な対応をしようとアセアン人権のための議員連盟(APHR)を設立し、この動きに加わった。
 人権は国境を越えた問題であるので、国内および地域メカニズムの相互強化および協力が必要である。2014年6月現在、アセアンではインドネシア、マレイシア、ミャンマー、フィリピンおよびタイの5カ国が国内人権機関を有している。それらが集まり、東ティモールのオンブズマンも含め、東南アジア国内人権機関フォーラム(SEANF)をつくっている。ミャンマー以外の国内人権機関は国内人権機関国際調整委員会(ICC)によって、独立しており、人権の促進・保護を担うのに信頼できると国際的に認められている20。この4カ国の国内人権機関は被害者からの申立てを受理し、人権の実施をモニターし、問題のある状況を調査し、事実認定のために現地調査を行い、提言により救済を提供することができる。しかし、設立から5年がたってもAICHRは、国内人権機関とは2014年4月29日に取決め文書に関する協議の間に公式に会っただけである。
 

アセアンの課題と機会

 
 憲章に人権が取り入れられたことや上記の機関がつくられたことから、アセアンに向けられた期待は大きい。現在の課題は人権の制度化を越えてアセアンにおける人権の真の保護と実施の実現に進めていくことにある。
 アセアンのさまざまな文書の中で、人びとへの参加が言及されているにもかかわらず、AICHRにおいては人びとの参加が制度的に確立していない。過去5年間、AICHRはステークホルダー、特に制度に対して正当な関心を有する人権侵害の被害者と共に活動することに消極的であった。そのことがAICHRの地域における人権保護機関としての正当性の欠如につながっている。正当性が欠けるということは、AICHRの包括的な機関としての機能を脅かすことになり、AICHRは地域における人権問題に対応するにあたり実効的な指導的役割を担うための資源や政治的意思を集めることができなくなるかもしれない。
 地域の人権を保障するにあたってAICHRにとって大きな障害となるのは、AICHRを人権保障機関として強化するという加盟国の政治的意思の欠如である。また、人権の促進・保護の活動の資金も不足している。さらに、アセアン加盟国の中で民主主義でない国があること、人権を国内事項として不干渉原則を過度に援用することなどもAICHRが信頼できる人権メカニズムとして進化する妨げの要因となっている。
 AICHRの取決め文書の9.6条は、文書の発効5年後、つまり2014年に見直すと規定している。見直しはAICHRにとって肯定的、否定的両方の影響を及ぼし得るが、見直しによってAICHRに現在欠けている保護に関する権限を改善するための明確な目標や基準を入れることになるかもしれない。またステークホルダーの貢献を認め、継続的な関与と対話を促すよう努めなければならない。進歩的な政府、市民社会、被害者とメディアとがそれぞれ補完的な役割を担うことにより、取決め文書を見直す過程を通して人権メカニズムの強化を後退しないものとすることができる。
 一般的に地域人権メカニズムの創設は地域において人権レジームの変化をもたらすものとなり得る。人権メカニズムよって機関、公の議論、規範設定、公に人権を議論できる安全な場や社会運動の複雑なネットワークが次第に生まれてきた。変化の強度や質はその過程に関わっている人によって形づくられる。従って、人権メカニズムの存在が現場や人びとの生活に違いをもたらすかという問いが常に問われなければならない。
 
 
 
(注)
1  アセアン共同体は、経済、社会・文化、政治・安全保障を三つの柱とする。
2  Muntarbhorn, Vitit, Legal Cooperation among ASEAN Countries, Institute of Security and International Studies, Bangkok, 1997
3 国際的な国家共同体におけるASEAN共同体に関するバリ宣言(バリ・コンコードIII) 2013-2017、アセアン共同体における障害のある人の役割と参加の拡大に関するバリ宣言(2011)AMM共同コミュニケ、議長声明など。
4  例えば、アセアン・中国平和と繁栄に向けた戦略的パートナーシップに関する共同宣言実施のための行動計画(2011-2015)は中国とアセアン間の人権に関する協力に言及する。同様の例がアセアンとEU、ニュージーランド、オーストラリアや米国との間の協力にも見られる。
5  インドネシア、マレイシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ。
6  第14条 人権および基本益自由の促進および保護に関するアセアン憲章の目的および原則に従い、アセアンは、アセアンの人権機関を設立する。
2. アセアンの人権機関は、アセアン外相会議によって決定された附帯条項(Terms of Reference)に従い活動する。アセアン憲章、アセアン事務局、ジャカルタ2008。; http://www.aseansec.org/ 
7  「政府間」という用語で、市民社会とは別のアセアン諸国政府による機関であることを強調している。そのため、委員は中立でなければならないとされているが、活動の独立性(つまり政府からの独立)の保障はない。
8  AICHR取決め文書1条4項は「各国および地域の特徴、異なる歴史的、文化的および宗教的背景の相互の尊重を念頭におき、権利と責任のバランスを考慮しながら、地域の文脈において人権を促進すること」と述べる。
9  AICHR取決め文書、アセアン事務局、ジャカルタ、2009 www.aichr.org
10  同上。
11  活動開始以来、AICHRの業績はそのような傾向を示している。当初から、非政府組織(NGO)はAICHRが地域の個人や集団から人権の侵害に関する申立てを受理するかどうか試みている。しかし、AICHRは権限外であるとして受理を拒否している。委員会は活動の最初の段階を活動計画作成にあて、業務に関する内部文書を検討していた。
12  委員会は個人、組織や集団から侵害について情報を受けるような通報制度をもたない。AICHRの運営は年2万ドルの加盟国の拠出金による。AICHRは人権の保護の目的のために外部から資金を受け取ることはできない。
13  AICHR取決め文書、アセアン事務局、ジャカルタ、2009 www.aichr.org
14  A Commission Shrouded in Secrecy, Solidarity for Asian Peoples’ Advocacies (SAPA) Task Force on ASEAN and Human Rights and Asia Forum for Human Rights and development (FORUM-ASIA), Bangkok, 2012.
15  プレス・リリースhttp://www.consilium.europa.eu/uedocs/cms_Data/docs/pressdata/EN/foraff/133682.pdf
16  The Jakarta Post, 19/11/2012
17  宣言は、尊厳および権利における平等を保障し、差別を禁止、人の生命の保護、名誉、家族、財産の保護、教育、医療および社会保障、環境の権利を掲げ、開発を人権の不可分の一部とし、すべての人の平和の権利を促進するとしている。
18  当初は24条として平和的集会の自由とともに起草されていた。人権宣言の権利の主体から、民族的マイノリティや先住民族も抜けている。
19  ACSCは、人びとの人びとによる、人びとのための、人びとからの参加による会議である。従って、会議の声明は、アセアン地域で起る、人びとが関心を持っている問題に関する人びとの考えや懸念を表す、アセアンの人びとの声明であると考えられる。この会議は当初マレイシア政府によって始められた。
20  国内人権機関国際調整委員会は、透明性、厳格制および独立性の原則によって認証制度を実施している。認証制度は国内人権機関の活動を5年毎に審査し、勧告により焦点を当て、認証に関する小委員会の勧告を国内人権機関や他のステークホルダーにより広く周知させることにより、国内人権機関の活動を向上させようとするものである。現在認証には3段階あり、「A」に続いて、「B」の資格では国際的や地域的な事業や会議にオブザーバーとして参加できる。しかし、投票権を持たず、事務局を務めたり、小委員会の委員となったりすることはできず、NHRIバッジはなく、人権理事会において発言したり文書を提出したりすることはできない。「C」は、その国内人権機関がICCや国連の機関で国内人権機関としての権利をもたないことを意味する。しかし、ICC事務局長の招待でICCの会議に参加することができる。