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国際人権ひろば No.116(2014年07月発行号)

アジア・太平洋の窓

ビルマ(ミャンマー)の移転住民がJICAに異議申し立て -「ティラワ経済特別区開発」で生活悪化-

土川 実鳴(つちかわ みなり)
メコン・ウォッチ委託研究員

 2011年に始まった「民政化」の流れをうけ、国際社会の経済制裁が軒並み解除されたなか、ビルマ(ミャンマー)への「投資・援助ラッシュ」が始まっている。日本国内でも、「アジア最後のフロンティア」という言葉が飛び交い、様々な企業の進出が見込まれている。なかでも注目を浴びているのは、日本が官民を挙げて推進中の「ティラワ経済特別区(SEZ)開発事業」だ。
 しかし、ミャンマーでは、環境・社会・人権に及ぼす悪影響を防ぐための法律等が整備されていないため、こうした開発事業によって、地元住民の生活や環境に取り返しのつかない影響が起こることが懸念されている。実際、すでに同SEZ事業の先行開発区域から68世帯が移転を強いられ、生活状況が悪化するなどの被害が出ている。2014年6月初旬、生計手段を失い、以前より苦しい生活を余儀なくされるようになった住民らが来日し、同事業の支援を行っている国際協力機構(JICA)に異議申し立てを行い、生活悪化の早急な改善を訴えたのである。
 本稿では、「オールジャパン」で取り組まれている同事業の現場で一体何が起きているのか、また、日本がどのように対応をしてきたのかについて報告する。
移転地.jpg
家屋が密集した移転地。一区画116㎡の居住区では、家畜の飼育も野菜の栽培もできない。(2014年4月)
 

 ティラワ経済特別区開発事業の概要と日本の関わり

 
 ミャンマーの最大都市ラングーン(ヤンゴン)市街地から南東約23キロメートルに位置するティラワ地区。その約2,400ヘクタール(東京ドーム513個分)を工場や商業用地域にするSEZ開発が、日本の「パッケージ型インフラ事業」の一つとして進められている。
 SEZ開発の先行開発区域(以下、フェーズ1。約400ヘクタール)はすでに2013年11月に着工し、2015年半ばをめどに供用開始を目指している。三菱商事、丸紅、住友商事の関わる共同企業体(JV)がフェーズ1の開発主体として、事業化調査と環境影響調査を2014年9月までに終わらせた。事業総額は不明だが、4月23日、JICAも政府開発援助(ODA)の民間向け「海外投融資制度」(産業界の強い要望で2年前に復活した制度)を活用し、フェーズ1に対して、企業との共同出資を決定した。また、日本貿易保険(NEXI)が日本企業への付保を検討中で、まさに同事業は日本の旗艦事業として進められているのだ。
 

 立ち退き命令と「合意」強要のケース

 
 「14日以内に立ち退くこと、さもなくば30日間拘禁する」。地元のヤンゴン管区政府当局から、ティラワSEZ開発予定地内の各世帯に同内容の通知書が突如届いたのは、2013年1月31日。地元の住民グループによれば、ヤンゴン管区タンリン郡とチャウタン郡の両郡を合わせて約1,100家族(4,300人超)が通知を受けたとのことだった。
 このときは、事態を問題視した住民・NGOの働きかけで、あまりに急な強制移転という最悪の事態は回避された。それ以降は、日本政府・JICAから、「国際水準」やJICAが策定した「環境社会配慮ガイドライン」(以下、ガイドライン)に則った移転が必要であるとの方針が繰り返し確認されてきた。しかしその後、「合意」手続きを踏んで移転したはずの住民の生活の回復は難航を極めている。
 
 「移転・補償合意文書に署名しなければ、家がブルドーザーで壊されるだろうと言われた」(40代女性)。
 2013年9月末、移転・補償計画が最終化されないうちに、政府当局がフェーズ1区域の移転対象住民から合意文書への署名を取り付け始めた。そのなかで、村長などの役人による脅迫とも受け取れる発言が複数報告されている。また、「土地の補償を求めるなら、裁判所へ行くように」との説明が住民協議会の場で政府当局からなされた。これも、長年の軍事政権下で裁判での勝ち目がないと身につまされている住民にとっては脅迫に等しい。
 結局、農地の補償はないまま、また代替の生計手段を確保するための生計支援プログラムや職業訓練等の計画が具体的に策定されないまま、2013年11月、住民は移転を余儀なくされることになったのである。
 

 移転地での生活水準の悪化

 
 「補償金でまず家を作った。その後、仏壇と台所を作るのに補償金を使い切ってしまった。今は仕事もなく、娘のアクセサリーを売ったり……借金だらけだ」(62歳男性)。
 移転地へ足を運ぶと、フェーズ1の工事現場から立ち退きを強いられた68世帯(約300人)のなかでも、代替の生計手段を見つけることができぬまま生活の糧を失い、以前より苦しい生活を余儀なくされている住民が、「話を聞いてほしい」と窮状を訴える。
 彼の家族も含め、以前、日雇いの仕事をしながら、家の周辺で野菜などを作ってきた世帯は少なくない。しかし、約6km以上離れた移転地から元の仕事場に通うのは、交通費が嵩み、純益が減ってしまうため困難だ。住み慣れない場所で、新たな日雇い仕事を見つけるのも難しい。
 また、移転地で各世帯が提供された116 ㎡の区画もお互いに密接しており、野菜も植えられない。当局の準備した職業訓練は成果があがらぬままだ。結果として、受け取った補償金を使い切り、借金を余儀なくされている世帯や、それどころか、家屋を売却して移転地を後にする世帯が出てきている始末だ。
 農家は作物に対する補償金をもらっており、まだ手元に幾ばくかの補償金が残っている世帯もあるが、農地を失いコメを作ることも家畜を飼育することもできなくなったため、新たな生活の糧をみつける必要がある。もし、このまま適切な生活支援プログラムや職業訓練が提供されなければ、早晩、借金漬け、もしくは新しい生計手段を求めて移転地を出て行くしかなくなる農家が出現することが予想される。
 移転地での問題は、生計手段の喪失にとどまらない。以前の場所では、近隣の溜池や井戸で清潔な飲料水を確保できていたが、移転地内に用意された井戸の水は、泥の混じった茶色の水、あるいは、藻の浮いているような水で、飲料には適さない。それでも、ミネラル・ウォーターを購入する資金がない家族は、その水を飲まざるを得ない状況にあり、特に子どもの健康面での懸念が膨らんでいる。
JICAに異議申し立て.jpg
JICA審査役に異議申立書を提出する住民グループのリーダー。(2014年6月2日、東京)
 

 住民を無視したJICAの支援決定に異議申し立て

 
 現地住民グループは、ミャンマー政府当局に問題解決を求めてきたが、抜本的な対策をとらないため、JICAにもレターをたびたび提出し、住民の生計が悪化していることを指摘したうえで、問題解決のための会合を要請してきた。しかし、JICAは移転の一義的な責任は現地政府にある、あるいは、ミャンマー政府当局がガイドラインに則った適切な措置をとっていると主張して会合を拒否し、レターへの書面回答もしてこなかった。
 直近では、住民グループが2014年4月23~25日のいずれかの日程で会合を申し込んでいたが、JICAは一切回答せぬまま、4月23日にフェーズ1への出資を決定してしまった。これは、「ステークホルダーの意見を意思決定に十分反映する。なお、ステークホルダーからの指摘があった場合は回答する」というガイドラインの規定に明らかに違反する。
 また、移転地の住民が生計手段を喪失したり、清潔な水へのアクセスを喪失するなど、貧困化している状況は、「以前の生活水準や収入機会を改善、少なくとも回復する」と規定したガイドラインにも違反している。現地政府やJICAが繰り返し示してきた「国際的な水準に則った措置」がとられているとは到底言い難い状況だ。
 こうした住民の声を無視したJICAの態度に対し、6月2日、事業の影響を受けている住民3名が来日し、JICAの独立審査役に異議申立書を提出したのである。JICAガイドラインが遵守されておらず、結果として、住民の生活が悪化している点などにつき調査と問題解決を求めた。これは、2008年のJICA統合(円借款部門を担っていた旧「国際協力銀行(JBIC)」との統合)以降、初の正式な異議申し立てとなる。今後、審査役は申し立てた住民の適格性を1ヶ月以内に審査。その後、本格的な調査を1~2ヶ月行ない、JICAガイドラインの遵守状況に関する調査結果が出される見込みだ。
 ティラワSEZ予定地の残り2,000ヘクタールの開発では、さらに1,000家族以上が移転を強いられることになる。現在の移転・補償措置の改善が、今後の事業実施にとっても重要な試金石となることに鑑み、JICAはこれ以上、影響住民の生活状況が悪化することのないよう、住民の異議申し立てを重く受け止め、早急に適切な対処をとるべきである。