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国際人権ひろば No.110(2013年07月発行号)

肌で感じたアジア・太平洋

イスラエルとパレスチナを訪れて

野沢 勇(のざわ ゆう)
ヒューライツ大阪 インターン

日本人のイスラエルに対するイメージ

 
 日本人の多くが抱えているイスラエルのイメージと言えば、メディアなどで報道されている「紛争が多発する危険な国」ではないだろうか。確かに、中東戦争はイスラエルとその他のアラブ諸国との戦争であり、和平交渉は難航している。また、国連人権理事会や国連総会でパレスチナに対する占領問題や、ガザ地区に関する決議が採択されている。国際法と人権に興味のある私はイスラエルの本当の現状やパレスチナの人権状況、そしてイスラエル人とパレスチナ人の関係を自らの目で確かめてみたいと思い、2013年3月から1週間の予定で旅行に行った。イスラエルはアラブ諸国と対立しているため、日本からの直行便のフライトは無く、トルコのイスタンブールを経由してのフライトであった。
 私が今回、イスラエルとパレスチナに旅をして感じたこと、見たものの捉え方、話した人たちの考えは全体からすればごく一部である。私の投稿は決してイスラエルとパレスチナの問題を客観的に捉え切れていないこと、また私の知識ではその問題の本質を深く捉えきれていないことを予め断っておきたい。
 

 イスラエル人の素顔

 
 イスラエルのテルアビブに着いて驚いたことは、ライフルやサブマシンガンを抱えた兵士がそこら中にいることだ。このような場を見る機会がない私にとって彼らは近寄り難い存在であったが、大きなカメラを抱えていた私に向かって「写真を撮ってくれよ」と気さくに声を掛けてきたり、ジュースを奢ってくれたりと、彼らの多くは人懐っこい性格であった。もっとも、彼らの大多数は徴兵制度によって任務に着いているのでプロの兵士ではない。
 テルアビブの雰囲気は近代的な都市に流行好きの若者が集まっているという感じであった。イスラエルでは、土曜日は日本の日曜日に当たる安息日である。エルサレムでは多くの人は外出せず、自宅でゆっくりしている。
 それに対して、テルアビブでは外食を楽しみ、夜遅くまで外出して皆で騒いでいる。3月上旬であったにも関わらず、最高気温が35℃まで上がり、ビーチでは日光浴をしている人や泳いでいる人がたくさんいた。
 また、ビーチでは三味線を弾いているイスラエル人と出会うことができた。彼は2年間日本に語学留学を経験している。留学中、イスラエル出身と日本人に言うと「危険な国じゃないの?」とよく聞かれたそうだ。彼は日本人が抱いているイスラエルに対する先入観が、現実とは全く違うことに残念がっていた。
 主に若者に対して話しかけ、パレスチナ人の事をどう思っているかと聞くと、少なくとも、私が聞いた人たちに限ってはパレスチナ人に対する憎悪や偏見はあまり見受けられなかった。
 
分離壁.jpg
イスラエルの街並み

 分離壁をめぐる葛藤

 
 イスラエルで私が唯一、日本人と出会ったのは現地で働いている女性であった。彼女は主にパレスチナ人に対して技術支援を行っている団体の一人である。彼女と私の共通の友人で、バルイラン大学に所属しているジャコブ博士と3人で食事をしていた時に分離壁の話題となった。イスラエル政府の主張によると「分離壁とはテロリストの侵入を防ぐため為にパレスチナ自治区を覆っているセキュリティー・フェンス」である。イスラエルの問題を扱う時はこの分離壁とガザ地区のことが主に報道されていると感じられる。国連においてもたびたび議題にあがっており、国際司法裁判所は2004年7月9日にこの分離壁を国際法違反として勧告的意見を言い渡している。また、国連総会でも分離壁の撤去を求めるように決議が採択されている。しかし、イスラエル政府がこの分離壁を撤去する予定はなく、イスラエル国防軍のウェブサイトでは「セキュリティー・フェンスの建設によってテロが劇的に減少した」と公表している。
 分離壁をめぐる対話の中で、友人の女性の意見は「分離壁は国際法違反であり、人権侵害を引き起こしている。壁はなくすべきである」と語った。一方で、私とジャコブ博士は「確かにパレスチナ人の人権侵害を引き起こしている分離壁はなくさなければならない。だが、壁をなくせば、再び爆破攻撃が多発する可能性がある。分離壁が問題なのは理解できるが、では安全はどうやって確保するのか」という話をした。国際司法裁判所の勧告的意見ではイスラエルの「テロリズムからの自由」という主張は退けられたものの、実際にイスラエルに居住している者からすれば、爆破攻撃は恐怖である。国際人権法を学び、人権というものは絶対的に守られなければならない、と考える私でも即時に分離壁がなくなったことを考えると安全の問題を気にしてしまう。分離壁の建設と撤去をめぐってメディアや国連で非難されている情報と、現地で肌で感じる安全と恐怖は大きく違っており、人権保護に関心を持っている一人として葛藤を感じた。この葛藤に対して私自身の答は未だに出ていない。
 
分離壁.jpg
分離壁
 

 パレスチナ自治区の人々

 
 外務省海外安全情報では私が渡航した2013年3月時点で、パレスチナ自治区のへブロンへは「渡航の延期お勧めします」と注意を喚起している。ただ、やはりパレスチナの現地の住民たちと直接話さなければ現状の認識はできないと思い、パレスチナ自治区の分離壁があるベツレヘムとへブロンの難民キャンプを訪れることにした。ベツレヘムでは分離壁を見た後、タクシーの運転手に手伝ってもらい現地の人々と分離壁に対する思いや生活状況を聞いた。彼らとの対話の中で、分離壁の存在は移動の自由を侵害されている感覚よりも、移動することが難しくなったという感覚であった。
 また、生活状況の話をすると口を揃えて「我々は貧しい。仕事も無い。そこら中にイスラエルの兵士がいて、うんざりする」という。確かに彼らの住居はイスラエルに比べると質が良いとは言えないし、雇用状況も良くない。さらに、イスラエルの兵士たちは目を光らせて警備している。実際、イスラエルの兵士によるパレスチナ人に対する暴行事件は問題となっている。しかし、彼ら自身が人権侵害を受けているという主張はほとんど聞かなかった。そもそも人権という概念が彼らの中で熟成されて、人権侵害を理由にイスラエルに対して爆破攻撃に走っているという印象は受けなかった。一部の人間が彼らを扇動してイスラエルに対して憎悪を作り上げているのではないだろうか。その点に関して、国際社会も同じような状況に直面しているように感じられる。時として、一部の偏った報道や扇動に対して、それらの情報がまるで全ての真実を語っているように伝えられる。ともあれ、イスラエルとパレスチナの民間レベルでの問題は草の根の交流から始めることが重要であると感じた。現地に行った事で私自身のイスラエルとパレスチナに対するイメージが大きく変わった旅であった。
 

 帰国後の所感

 
 日本に帰国後、改めてイスラエルとパレスチナの問題について考え直した。特に、イスラエルとパレスチナで話し、触れ合った人々の会話や雰囲気を思い出していた。たとえ、政府の間に紛争があっても、現地の住民達は争いを好んでいるわけではない。争いを解決するためにどのような武器を使っても結果的に生命を傷つけることになる。人の命は誰にとっても大切であり、またすべての人びとがそう思っていることを信じたい。彼らの心には共通のものがあり、多様性と寛容な精神をもち、現地の住人同士で話し合ったならば、イスラエルとパレスチナ問題は大きな進展があると感じる。衝突が不可避であると考えることは正しいとは言えない。そればかりか、対立の構図を安易に固定化させてしまう危険性がある。
 ともあれ、イスラエルとパレスチナに行き、この両者にさらに関心を抱き、抱き続けることができるようになった旅であった。