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国際人権ひろば No.105(2012年09月発行号)

国際化と人権

最近のビルマ情勢に浮かぶ複数の「フロンティア」

箱田 徹(はこだ てつ)
ビルマ情報ネットワーク

 

2030年にビルマは中所得国へ?

 
 2010年11月7日の総選挙と同月13日のアウンサンスーチー氏の自宅軟禁解除、2011年3月のテインセイン政権の誕生による「民政」移管と一連の改革策の提示、クリントン米国務長官の訪緬を経た2012年1月の政治囚651人の釈放、そして4月の補欠選挙でのスーチー氏の当選という政治的流れは、訪問した先々でユーモアを交えた骨太の演説を行う氏の姿と重なり、ビルマ(ミャンマー)の「明るい未来」を連想させるに十分にも思える。
 これを裏付けるように、アジア開発銀行は2012年8月刊の報告書『移行期にあるミャンマー』で、一定の条件下で年率7~8%の経済成長を確保すれば、2030年にビルマの一人あたりGDPは3倍強の3,000米ドル(現在のインドネシア並)に達しうるとの見通しを示した1
 

「ビジネス・フロンティア」に殺到する 国際社会と日本

 
 2012年に入ると、民主化努力と改革を後押しするためとして、西側諸国は経済制裁措置を相次いで緩和した。4月に欧州連合はビルマでの経済活動に関する規制を全面的に一時停止し、7月に米国は対ビルマ新規投資を許可している。
 日本でも官民共に数年来、経済関係強化をにらんだ動きが活発だ。2012年4月21日の野田・テインセイン首脳会談は、25年ぶりの新規円借款再開と約3,000億円の債務免除に合意した。この時行われた第4回日本・メコン地域諸国首脳会議では、日本がかねてから関心を示す、インド洋への玄関口ダウェイ(タヴォイ)港と同経済特区の開発への日本の関与も確認された。他方で7月末には、官民の働きかけで、ラングーン近郊ティラワ地区の経済特区開発を三菱商事・住友商事・丸紅など日本連合が受注するとの合意をビルマ政府から取り付けている。懸案事項である電力確保も、既存発電所の補修と新規発電所建設で支援する構えだ2
 人口6,200万人のビルマは、いまや「アジア最後のフロンティア」(この用法には植民地主義の響きがある)として世界の産業界から、各国や国際機関の開発事業を巻き込んで熱いまなざしが向けられている。
 

天然資源と民族問題 いまだ不安定な国境地域

 
 しかし、こうした「ビジネス・フロンティア」だけに関心を向けるのではなく、ビルマ国内の国境地域の動きにも目を向けなければいけない。ビルマには石油・天然ガスなど豊富な天然資源があり、国際的な関心も高い。だが天然資源は人口の4割弱を占める非ビルマ民族の居住地域に偏在する。多民族国家ビルマは、独立直後から今日までいくつもの民族武装勢力が政府軍と内戦状態にあり、今も全面和平は実現していない。資源管理・開発は内戦とそれに伴う人権侵害の一大要因となってきた。
 テインセイン政権成立後に和平交渉が進んだ側面もあるが、戦闘や人権侵害などが原因で発生した国内避難民や難民が帰還できる状態にはない。ビルマ南東部とタイ・ビルマ国境に限っても、国内避難民は45万人を数え、難民キャンプ10か所と国内避難民キャンプ7か所に約16万人が住む3。またタイだけで100万人を越える移住労働者が生活し、多くは低賃金労働に従事する。
 

電源開発 北部カチン州での戦闘の背景

 
 本国に帰還できない人はむしろ増えている。新たな戦闘が起きているからだ。2011年6月に中緬国境に近いカチン州で発生した、カチン独立軍とビルマ国軍との戦闘は依然収束していない注4。発端は、同州で中国企業がビルマ電力省と開発する水力発電ダム付近での交戦だった。有力な民族勢力の一つカチン独立機構(カチン独立軍は軍事部門)と政府との17年に渡る和平協定は崩壊した。戦火の影響で7万人以上が国内または越境して中国側に避難した。中国雲南省に避難した数千人に対し、中国側は様々な形で帰還圧力を強めており、8月下旬にカチン側は4千人の帰還民受入を強制されたとの報道もある。
 様々な資源に恵まれるカチン州では近年、水力資源が大規模開発の対象だ。イラワディ河には7本の巨大ダムが建設される予定だが、その一つミッソン・ダムは、様々な反対の声を受け、2011年8月にスーチー氏が「イラワディ・アピール」5として開発に懸念を表明し、9月にテインセイン大統領が凍結を発表したことで有名になった。このダムだけで1万人以上が強制移住の対象となっている。
 

資源開発に向けられてきた厳しい目

 
 ビルマでの大規模開発事業には当事者や環境団体、人権団体からつねに疑念の眼を向けられる。これには十分な理由がある。土地の強制収用のほか、地雷敷設や国軍部隊の駐留に伴う人権侵害が起きているからだ。1990年代前半のビルマ南部でのヤダナ天然ガスパイプライン開発事業では、米石油企業ユノカル(現シェブロン)の人権侵害への関与が米裁判所での法廷闘争に発展したことはよく知られている6
 ビルマの経済発展には電力供給の安定が不可欠なことはあらゆる機会で指摘される。しかし日本が1950~1960年代に戦後賠償第一号として建設したバルーチャウン水力発電所の問題に象徴的なように7、地元には電力が行かず、恩恵を受けるのは都市部と産業界という構図が続くなら、経済開発にまつわる長年の不公平感は今後も絶対に解決されない。
 現実にアジア開銀の前掲報告書によれば2011年時点で、地方と都市部での電気利用人口割合はそれぞれ34%と89%と大幅な開きがある。またスーチー氏が国際労働機関での演説で、国際社会は透明性とアカウンタビリティを欠いた企業には投資すべきでないとしてミャンマー石油ガス公社を名指しで批判したように、巨大な利権を生む資源開発には様々な面で不透明さが存在する。
 

西部ラカイン州での「宗派間」対立の発生

 
 またビルマ西部のバングラデシュ国境に目を転じれば、今年6月以降のアラカン(ラカイン)州北部でのムスリム・ロヒンギャとアラカン人仏教徒との暴力的な衝突、および国境警備隊や治安部隊によるロヒンギャへの攻撃は多数の犠牲者と甚大な被害を出した8。国際連合人道問題調整事務所によれば8月中旬時点で7万人近くが国内避難民となっている9。このほかバングラデシュ側にも相当数の人々が避難する。
 人口80万人とも言われるロヒンギャは差別的な国籍法の規定により現在も国民とは認定されていない。これまでも主として政府や国軍による過酷な迫害の対象となっており、バングラデシュ側には公式・非公式キャンプの内外を合わせて20万人以上が生活する。民主化運動や民族運動でも周辺化される場合が多く、民主化活動家や民族主義者にはロヒンギャ(およびムスリム)への差別や敵意を公言する人々も根強く存在する。今回バングラデシュ側では国境の川を渡ってきた難民をビルマ側に押し返し、人道団体の活動を制限するなどの国際法違反行為が発生しているほか、ビルマ側でも国連やNGOによるロヒンギャ居住地区への立ち入りが制限されたり、援助要員が突然拘束されたりする問題も起きている。
 

ビルマ政治の最前線はどこにあるのか

 
 こうした国境地域での出来事が、「ドラマチックな」改革やスーチー氏の動向に覆い隠されているとの批判はその通りだ。他方で、現行の2008年憲法は軍による国家支配を、軍服を脱いだ「民政」として恒久化するものであり、議席の大半を軍関係者が占める。したがって民主派政党や民族政党と連携しても、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟は次回2014年総選挙までそう打つ手がないとの見方もある。議会活動としては確かにそうだろう。他方、いまだ獄中には数百人の政治囚がおり、現在も人々が逮捕され、身柄拘束後の人権侵害も続いていることも強調されるべきだ。本稿作成中に刊行物の事前検閲廃止を伝えるニュースが入ってきたが、発行後の弾圧可能性は依然存在する。
 一方で、ようやく合法化された労働組合の活動が盛んになったり、開発を目的とした土地の強引な収容に対し、抗議した住民や活動家が逮捕される事件が相次いだりすることは目を引く。議会政治とは別のところで権利を主張し、形にする運動は健在だ。こうした様々な動きこそがビルマ政治の最前線を構成し、人や市民社会を育ててきた。歴史を見れば議会や政府の動きはその後追いでしかない。
 私たちは日本や海外で、途上国での経済開発が地域社会や住民にどのような不均等な結果をもたらすかをいくつも目の当たりにしてきた。ビルマという「アジア最後のフロンティア」の行方は、ビルマの人々自身の決定に委ねられるべきだ。しかし私たちは「分かっているはずの」過ちが繰り返されないよう、また独自の取組が行われるよう、様々な関わりを持つことができる。それこそが民主化に向けた変化を後押しすることになる。
 
 
 
 
 
注1: Asian Development Bank, Myanmar in Transition: Opportunities and Challenges, August 2012. [http://www.adb.org/publications/myanmar-transition-opportunities-and-challenges]
 
注2: 「ミャンマー大型特区受注、三菱商・住商・丸紅など日本連合、インフラ輸出弾み。」(『日本経済新聞』、2012年8月1日朝刊)
 
注3: タイ・ビルマ国境援助協会のウェブサイトを参照(http://www.tbbc.org/)。
 
注4: ヒューマン・ライツ・ウォッチ「中国/ビルマ:援助不足と人権侵害に苦しむカチン難民」(2012年6月26日)
[http://www.hrw.org/ja/news/2012/06/26]
 
注5: 日本語版はビルマ情報ネットワークのサイトに掲載。[http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=0&articleid=532]
 
注6: 秋元由紀「軍政下のビルマでの環境破壊」(Burma Debate 誌、2001年12月1日)[http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=1&articleid=187]
 
注7: メコン・ウォッチ「バルーチャウン水力発電所への政府開発援助(ODA)に関する要請」(2012年3月21日)[http://www.mekongwatch.org/resource/documents/rq_20120321.html]
 
注8: ヒューマン・ライツ・ウォッチ「ビルマ:政府軍がロヒンギャ民族を標的に」(2012年8月1日) [http://www.hrw.org/ja/news/2012/08/01]
 
注9: UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs, 'Myanmar Displacement in Rakhine State, Situation Report No. 7,' August 16, 2012.

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