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国際人権ひろば No.101(2012年01月発行号)

人権さまざま

何のための人権か。

白石 理(しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪 所長

「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神を持って行動しなければならない。」
(世界人権宣言 第1条)

 最近「人権とは何か」を話そうとして、「人権を尊重して何の役に立つのか」と突っ込まれた。人権を語りたい、伝えたいと勢い込んでいた私に食い込んだボディブロー。出鼻をくじかれてしまった。「ためになる、役に立つものであれば、話を聞いてやってもよい。時間の無駄はいやだね。」ということか。今の世は、有用性、有効性が重視される。夢や理想はごめんである。
 数年前のこと。大阪のある企業関係団体に人権研修のことで協力をお願いに行ったことがあった。責任者に会って話をしたが、すぐに脈がないことがわかった。「大阪は余裕がない。この不況の折、人権をやっている暇はありません。」まるで、忙しいときに邪魔をしないでほしいといわんばかり。体全体からメッセージが伝わってくる。這這の体(ほうほうのてい)で逃げ帰った。「企業にとって何の役にも立たない『人権』というもの」と受け取られたに違いなかった。
 さらにある企業の幹部から、「企業は利益を上げて初めて成り立つもの。人権を経営に取り入れれば、企業の利益につながるということでなければ、我々にとって人権に魅力はありません。」正直な本音の話であった。人権は企業の役に立つものでなければならないのかと考え込んだ。「人権は企業発展の道具ではないのに」という内なるつぶやき。しかし、後になって、それは簡単に答えが出ることではないと反省した。
 人権は何のためか、人権は役に立つのか、人権を尊重して何かいいことがあるか、という疑問に応えるために、まず人権そのものについて見たいと思う。
 世界人権宣言第1条は、簡潔に人間とは何かについて語る。そこにある人間観を受け入れなければ、人権は危うくなる。「すべての人間は生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利について平等である。」そこには、人は一人の例外もなく、かけがえのない、大切な存在であるとする考えがある。まさか。歴史上、人が自由でも平等でもない現実が多くあったではないか。例えば、奴隷制。人の自由も平等も否定し、人間が物として売り買いされた。人がなにがしかの権利を持つのは、恵まれた、力を持つ者に限られていた。人の尊厳、自由、平等、そしてすべての人が生まれながら持つ人権というのは、長い人類の歴史で初めからあったのではない。少しずつ認められてきたのである。その過程で、多くの人が苦しみ、闘いそして命を失った。汗と涙、そして血で贖(あがな)われた人権。
人間は一人ひとりがかけがえのない、尊いものであるということから、いかなる場合にも踏みにじったり、無視したりしてはならない人権。これが世界的に認められたのは、第二次世界大戦後、国際連合ができてからであった。現在、人権の国際基準(国際人権)と言われるものは、世界人権宣言に端を発する。
 このような人間観と人権の考えが今の日本社会に広く受け入れられていれば、人権は何のためか、人権は役に立つのか、人権を尊重して何かいいことがあるか、という話に進むのは難しくない。
 人権は何のためか。それは、すべての人が大切にされるため、人の尊厳を護るため、人が人間らしく幸せに生きるためのものである。そのために個々の人権がある。すべての人の人権ではあるが、特に、社会で虐げられ、差別され、人間としての尊厳を保つことが難しい生き方をせざるをえない人々のためである。このような人たちにとって人権は最後の拠り所となることがある。
 人権は役に立つのか。企業の社会的責任が語られることが多くなってきた今、企業にとって、人権を企業経営に取り入れることは避けて通れない。企業内部で働く人に関連するばかりではなく、広く社会で企業の事業活動に関連する人権課題がある。例えば、企業活動による環境汚染事故によってこれまでどのような被害者が出てきたかを見れば、人権が企業にとってその社会的責任を果たす上で避けられないものであることは明らかである。人権を知りそれに沿った対応ができる企業は、それなりの評価を受けることになろう。
 人権を尊重して何かいいことがあるか。もちろんである。社会のあらゆる場面で人権が尊重されれば、これまで以上に住みよい社会ができるであろう。より公平で安全な社会、社会正義が実現される社会である。企業には直ちに利益が出ることを保証されるわけではないが、企業の質を高め、内外で高い評価を受けること請け合いである。「あの企業は人を大切にするいい企業だね。」
 ただし、「役に立つ」、「良いことがある」というのは人権を尊重することから生まれる「派生的効果」である。人権は、「私の出す条件に合えば護りましょう」というものではない。個人であれ、行政であれ、企業であれ、「いかなる場合にも踏みにじったり、無視したりしてはならない」のが人権であることを忘れたくはない。