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国際人権ひろば No.97(2011年05月発行号)

人権さまざま

天災、人災と人権

白石  理 (しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪 所 長

・これまで、自然災害では人道的支援が中心と考えられてきた。そこでは、人権保護の必要性に注目が集まることはあまりなかった。
・災害の影響が長引けば、それだけ人権侵害のリスクが高まる。
・災害時に起こりうる人権を損なうような事態は、意図的に人権を否定する政策や方針によって引き起こされるというよりも、多くの場合不適切な災害対処計画、災害への備えや、災害時の対応政策、施策のまずさ、あるいは単純に、自然災害への対処を考えない、準備しない、動かないということによる。
・災害人道支援活動における人権保護は、まず、人権被害が起こる前に防ぐ、起こった時に止めること、次に、被災、被害にあった人に、必要な、物資、サービスそして機会を確保すること、さらに、被災、被害にあった人が自らの権利保障を求めることができること、そして最後に、差別をしない、させないことである。
―自然災害時の被災者保護のガイドラインからの抜粋―(国連機関相互調整のための常設委員会 発行・2011年1月)

 2011年3月11日の東日本大震災。地震と津波それに福島県の太平洋岸にある原子力発電所(原発と呼ぼう)の崩壊。被災は東北、北関東に広がる。津波による被害の様子を見て私は言葉を失った。この前代未聞の事態に、未だに復興のすじみちが見えない。原発崩壊の場合は、天災の上に重なった人災であるともいわれる。放射能汚染が常態化している。最終的収束まで数年、なかには100年かかるという原子力発電の専門家もいるという。災害は尋常ではない。

 東日本大震災は1995年1月の阪神・淡路大震災の規模をはるかにしのぐ複合災害だ。被災地域の広さ、破壊力と被害の度合い、情報のないもどかしさ、どれをとってもけた外れに大きくひどい。そのとき私は国外にいた。テレビに繰り返し映し出される津波の様子、原発の崩壊にショックを受けた。平常心を失った。それが今も続く。

 こんな中、ある人権団体から政府にたいして、被災者の緊急人道支援の現状にかんがみて支援のあり方の改善を求めて提言が出された。災害直後の緊急時に、危険の中で必死に救助に関わる人びとに対して、「人権を護れ」と声高に言ってもよい結果は期待できないのではと思った。しかし、それはそれとして、日ごろからの災害の備えとして政府の政策、対処方針などには、当然、人を「人として護る」ための原則があるはずである。しかも復興のそれぞれの段階で被災者支援のあり方が変わっていくにしたがい、人権に対する配慮のかたちも変わっていく。このことで、人権を護り、尊重し、促進するために「主要な責任」を持つ国(政府)の注意を喚起するのは時宜を得ている。冒頭に引いた人道支援に関わる国連機関による常設委員会が作ったガイドラインでは、被災者の人権を護るということを復興過程の4段階に分けて提示する。

 まず、生命を守るための救助、救急、応急手当をし、被災者保護避難に際しては、家族が離れ離れにならないようにすることである。災害の直後には、このように生命に対する権利、安全に対する権利が何よりも優先される。

 次に、身の危険から脱したあとの食料、健康、衛生、適切な避難場所の確保、そして子どもの教育を含む精神的なケアである。これは緊急時の最低限の必要を満たすものから、次第に長期的な避難生活で必要になるものまで、人として生きるために必要な一人ひとりのニーズに応えるものに及ぶ。被災者の声を聞く、被災者の側に立って見ることが求められる。

 さらに、緊急状態から日常生活を取り戻す過程で必要となる住居、土地、財産、生活を支えていくための仕事などの確保である。仮設住宅の立地条件、元の地域コミュニティの人的つながりの回復、失われた土地や財産の回復または新たな取得、保育、学校教育、仕事の確保は被災者の回復と自立のためには重要である。この点、一人ひとりニーズも異なり、希望も異なることを十分考慮するのは、「人を大切にする」こと、人権尊重の配慮である。

 最後に、一旦生活が軌道に乗れば、市民生活を取り戻すための多岐にわたる行政サービスが必要になってくる。医療福祉サービス、復興した地域コミュニティに必要な上下水、電気などのインフラの復興整備、そこに暮らすための住宅の確保、その他の住民サービスなどである。これは経済的、社会的、文化的権利といわれる人権にかかわることが多いが、選挙権の行使など市民的、政治的権利といわれる人権にも関わる。

 災害の時には、戦争の時と同じように、社会的に弱い立場に置かれた人たちが忘れられ、排除されることが、これまでの歴史にはしばしば見られた。東日本大震災の被災者支援活動では、特にこのような人たちを対象に支援するグループがある。「社会的に弱い立場に置かれた人たち」といってもニーズはそれぞれ異なる。支援には経験と専門的な知識や技能を必要とすることが多いという。阪神・淡路大震災の時の経験、その後の自然災害の経験を通して、育ってきた支援グループが多い。希望をもたらす、鍛えられた善意がそこにある。